14話:なぜ彼は……。
翌日。
スカイ伯爵家で行われる晩餐会。
そこには王都の有力貴族が集結している。
公爵家や侯爵家からも参加者がいて、彼らは自慢の娘を連れて来ていた。
船を使った交易は、今や国益にもなっている。
国内で三番目の規模を誇る港。その港が領地にあるムーンライト子爵家は、ここにきて脚光を浴びていた。そしてその若き当主が未婚となれば……。
「こちらが我が娘のヴェロニカです。十六歳で先日社交界デビューしたばかり。現在婚約者を探しているのですよ」
「ご覧ください。カイリーです。十八歳で、春に女学校を卒業します。首席で卒業間違いなしと言われている才女です」
兄への娘のアピール合戦だ。
娘を子爵夫人にして、港の利権を享受したいと考える貴族は、五万といてもおかしくない。
通常は、舞踏会用に使うホール。そこで晩餐会となったのは、予定より出席者が増えた結果だろう。なぜなら一枚の招待状で、二名来場がセオリー。ところが娘を連れてくれるとなると、一名オーバーする。塵も積もれば山となった結果だ。
だが舞踏会と違い、晩餐会なのだ。
兄の周辺の席に座れる貴族は限られる。
当然、公爵家と侯爵家が優先され、伯爵家や男爵家は兄から遠い席。
親族である私やアトラスは、席を公爵家に譲った結果、スカイ伯爵夫妻とも兄とも離れた席になっている。
さらに晩餐会が終わると、男性達はお酒を楽しむ時間だ。
隣室へ移動し、ブランデーやウィスキーを、葉巻と共にまったり楽しんだりする。そして令嬢やマダムは、フルーツや焼き菓子を、紅茶やコーヒーと共にいただき、おしゃべりに花を咲かせるのだが……。
「スカイ子爵! 晩餐会では席が離れていましたので、改めてご挨拶をさせてください!」
「子爵、どうか娘と話す時間を、少しだけでもいただけませんか」
兄を囲み、これまた娘の紹介合戦になっている。
この様子を見て、私は思う。
お兄様は独身貴族を卒業し、せめて婚約をすればいいのに、と。
「あ、若奥様! お話をしたいと思っていたのです。兄君のスカイ子爵様について、教えていただけませんか!」
兄とはなかなか話せない令嬢やマダムに囲まれてしまう。
正直、兄の好みの女性のタイプなんて、私に分かるわけがない。
どうしたものかと辟易していると……。
「歓談中、申し訳ないです。妻に頼みたいことがあるので、少しよろしいでしょうか」
アトラスに声をかけられ、脱出ができた。
だが頼みたいこととは……?
「書斎に飾っている花が、痛んできていたので、処分をしてもらえるか?」
え、そんなことを今、頼むのですか……?
「もうすぐ二十二時になる。お開きの時間だ。終わったらそのまま部屋に戻って構わない。兄君はまだまだ解放されないだろう」
「! あ、ありがとうございます。そうさせていただきます」
痛んだ花の処分は口実だ。私が困り切っていることに気づき、さりげなくこの場から退出する理由を作ってくれた……。
離婚を考えている妻に対する気遣い。
……違う。
いつもそうだった。
木漏れ日みたいなアトラスは、これまでもこうやって助け舟を出してくれていた。
結婚式の時だってそうだ。
例え離婚する相手でも、アトラスは自身の善性に基づき、気遣ってくれるのね……。
そんな優しさがあるのに。
なぜ彼は……。
いくら考えても無駄なことだ。
生きるために。
情に流されてはいけない。
◇
兄は王都に一週間滞在すると、領地へ戻ることになった。
バカンスシーズンの時は、二週間滞在していたのだから、今回はあっという間だ。
駅まで見送りをした私は、兄に思わず尋ねていた。
「お兄様は旦那様……アトラス様と初日の夕食会の後、書斎でお話をされていましたよね。それはきっと私にも関係することだと思うのですが……。どんなお話をされていたか、聞くことはできますか?」
アトラスは兄に、離婚の件を切り出したと思う。だが赤裸々に事情を打ち明けたのか。つまりは子供ができないこと、子供を作るつもりが私にないことで、離婚を考えている――そうズバリ話しているのか。
そこが気になり、兄なら教えてくれるかもしれないと、尋ねてみたのだ。
「セレナ……。それは……確かにセレナにも関わることだ。本来はセレナとアトラスでまず話し合った方がいいと思ったよ。でもセンシティブなことだ。話しにくかったのだろう。だからわたしに相談したのだろうな。だがしかし。そこで何を話したのかは……いや、あれは……わたしの口からは言えないよ。さすがに。それにアトラスとは口外しないと約束したから。すまないね、セレナ」
センシティブなこと……。
それはそうよね。
基本、この世界では、離婚が認められていないから……。
「分かりました、お兄様。でもその通りですね。本来夫婦でまず話すこと……。ただ、どんな結果であれ、お兄様もお父様もお母様も、受け入れてくれますよね?」
「それは勿論だ。それだけがすべてではないはず。そこはアトラスも分かっていると思う。ともかく体を大切にし、無理はしないこと。焦らず、アトラスともちゃんと話し合い、進めていくといい」
子供の件だけではなく、他にも何か問題があって、離婚を考えた……ということなのかしら? でももはやそれを気にしたところで、離婚が覆ることはないだろう。
あれだけ離婚したいと願ったのに。
いざアトラスが兄に打ち明けたと思うと、どうしてこんなに……。
ううん。そんな風に考えてはダメ。
前進しているのだ。
「そうですね。ありがとうございます、お兄様!」
「うん。セレナも幸せになるんだよ」
改札を入って行く兄の後ろ姿を見送る。
これでいよいよ私の実家にも、つまりは両親にも。
私に離婚話が出ていることが伝わる。
両親はきっとショックを受けると思う。
もしかしたら王都まで、会いに来るかしら?