10話(2):なんだか妻の様子がおかしい
アトラス視点です。
僕には勿体ない程の、実に素晴らしい女性であるセレナ。
そんな彼女を抱くことが許される日。
前日からそわそわしていた。
そしてその時間となり、胸を高鳴らせ、部屋へ向かう。
「それではいいか」
いつも通りで声をかける。
「お断りします」
これには驚いた。
驚き、残念という気持ちが高まる。
だが、セレナは僕には勿体ない程の女性なのだ。
その彼女が今日は断ると言っている。
何か事情があるのだろう。
月のものは、そのサイクルが狂うとも聞いている。
それにお腹の調子が悪いとか、何かあるのだろう。
僕の欲だけを、通すわけにはいかない。
「……そうか。気分が乗らない日もあるだろう。無理はするな」
セレナは僕の言葉に、なんとも言えない表情を浮かべている。
何か、言葉の選択を間違えたのだろうか?
「そ、そうではなく! お断りは金輪際ずっと、です!」
「金輪際ずっと!?」
これには茫然とし、次の言葉が出ない。
今回の「お断り」だけでも、相応のダメージを受けている。
それなのに「金輪際ずっと」だなんて……。
気づいたら執務室にいて、その椅子に座り、補佐官のクルースを呼んでいた。
彼はこの屋敷に部屋を与えられ、そこに住んでいる。よっていついかなる時でも、呼べば駆け付けてくれた。
とはいえ、今日はセレナと夜を過ごすと分かっていたのだ。
よって執務室に来たクルースは、既に寝間着で頭にナイトキャップを被っている。
「若旦那様、どうされましたか……?」
欠伸をかみ殺し、クルースが尋ねた。
とりあえず僕自身もソファに座り、対面のソファに座るよう、クルースに告げる。
そしてメイドに頼み、コーヒーを用意させた。
クルースは長話になると悟ったようだ。
眠そうな顔から一転、真剣な表情に変わる。
そこで僕は先程のセレナとの寝室での一幕について話した。
するとクルースは「ああ」と深々と頷く。
「若旦那様。若奥様は、跡継ぎができないことを悩んでいました。そのために男娼にどうやったら跡継ぎができるのか、相談していたこともあったのです。聡明で賢妻と言われる方ですよね、若奥様は。なんとか跡継ぎをもうけるために、努力されていたのだと思います」
「そうだったのか……!」
「若奥様はそこまで努力されていますが、若旦那様はどうですか? どうやったら跡継ぎができるか、勉強されています?」
いきなりクルースとこの件に関し、こんな風に話すことになるとは思わなかった。
跡継ぎがどうしたらできるのか。
そのための勉強。
そのための勉強など、したことがなかった。
「ご結婚される前に、何冊か本はお渡ししましたよね。夫婦の夜の営みに関するものです。でもあれは生物学的な妊娠のメカニズムの紹介や、学術的な解説が中心。実践的な情報は少なかったと思います。そして実際、いわゆる若奥様の体の周期にあわせ、夜を過ごすようにされていますが……」
そこでクルースは咳払いをして、とんでもないことを尋ねる。
「若奥様が、普段あげないような声を出されたり、若旦那様の背に爪を立てたりするようなことはありましたか? 『もう無理、止めて、ダメよ、アトラス!』と叫ばれたことはありますか?」
「……! クルース、なんてことを言っているんだ!?」
「いえ、重要ですから、若旦那様。答えていただけないと、なぜ若奥様が『金輪際、ずっとです』と言ったのか。その答えに辿り着けません」
これには「ううっ」と唸るしかない。
夫婦間の極めてプライベートなことなのに。
話さないとならないのか!?
だが……。
「お断りは金輪際ずっと、です!」
「金輪際ずっと!?」
先程の出来事が脳裏に浮かび、意を決し、答える。
「妻は……セレナはいつだって優雅だ。そんな叫んだり、爪を立てたりすることなど、あるわけがない。娼婦ではないのだ。そんな乱れた言動をするわけがない」
娼館など行ったことがない。
娼婦にも会ったことはなかった。
よってこれは、伝聞によるイメージに過ぎない。
だがクルースの言うような酔狂な言動を、あのセレナがするわけがなかった。
それを何とかクルースに伝えたいと思い、引用したまでだ。
真面目に答えた僕に対し、クルースは盛大なため息をつく。
「不躾を承知で申し上げます。こんなことを若旦那様に進言できる人間は、他にいないでしょう。クビを覚悟で申し上げます。もしかすると若旦那様は、あちらがものすごく下手くそなのではないですか?」
「な、何……!?」