智華の邂逅 2
「どうしてこうなった…」
仕事が終わって締めの作業をしていたら追加で仕事が増えた怒りといえば伝わるか?と言うか伝われ。学生なら、その日最後の授業が終わったのに、急遽コマが一つ増えた恐怖と絶望感。
予想と予定が実際に反映されることはなく、横槍を入れられてしまって行き場のない何か。
有終の美…は盛ったが海への入水の前向きな姿勢も仰け反ってしまい、帰宅のときも彼女…?と駄弁りながら帰ってはきたけど、追い返す術もなく自室へ。
初対面のやつを家とか部屋に入れるなって?俺だってそうしたいよ。
でもさ、文字通りに宙に浮かんでついてくるんだよ?どうやって振り切れと?妙案があるなら受け付けます。もう手遅れだけど。
守護霊でもあるまいに。地縛霊じゃないだけましか。呪われたり不幸にならないよね?痛いのとか苦しいのは勘弁です。
「荷物少ないねー。実家だよね?引っ越ししたてとかじゃなく…。とは言え男の部屋ならエロ本はあるのが常識でしょ?ベットの下?本棚の裏とか、見えないように細工してるでしょ?」
「発想が思春期の男子かよ。って除くな馬鹿野郎。この歳になると必要無くなるんだよ。酒と煙草で事足りるし、必要なら実物で済ます」
「そっか。じゃあスマホの中身でも拝見を…ってごめんごめん、そんな睨まないで見ないから安心して」
「プライバシーを守れやゲバ女め。死ぬ前に…いや、もう今にでもフォーマットして消すべきか…?」
「嫌がることはしないし私はケバくないですよーまだピチピチの18歳ですよー」
「笑えるー」
「いや棒読みで返すな。ちゃんと突っ込んで?可憐な美少女って褒め称えて?」
「…それ、自分で言ってて悲しくないか?」
「そうシミジミとツッコまれると……うん、わりと。だから無視はやめてね?泣くよ?」
ため息をいれ一息入れるとゲバ女…訂正、死神こと智華は表情を引き締めた。
あのあと不審者として後ずさる俺に、智華は音も立てずに接近をする。歩くときの人の動きではなく、空港とかの水平のエスカレーターの動き。呪い?祟り?殺されるのかと思えば神妙な顔つきの人……というか俺がいたから暇つぶしで来たとかなんとか。何だそれ?実体だったら右ストレートをしていたな。今は男女平等だし?レディファーストの精神は仕込まれなかった。男尊女卑と身分の差なら体験済みです。
当初は無視していたが、智華がそれに勘付くと就寝時にも話しかけるの脅しで降参して、道中のやり取りで愚痴とか話を。様子見で話していたんだがあれだ。テレビに一人ごとをするようなやり取りが心地よさがある。
今ならシリとかAIと話す感じかもしれないけど、感性が似てる人?とのやり取りは久しぶりだ。大人になると仕事に対人、それ以外にも愚痴に人の色恋に泥沼な裏側もあって周りだけ変わっていく。自分を置いて。
俺もそんな話題を出来るっちゃ出来るけど、家でも外でも気を抜けないとなって億劫になって避けるようにしました、てへっ。
だから友達もいないというか、連絡を取らなくなっていって、自然消滅のカップルみたいになった。
智華とのやり取りはテンポの良い会話は楽しく過ぎるが、どこか他人事だ。自分というのが居て、頭の中でそれをモニターしている。
操作と思考が別々で、俯瞰的に見れてるだけなんだ。説明が難しいが、わかってもらおうとも思っていない。
それが普通なのか異端なのかの問いの精査はまた後日として、いまこの現状をどうするべきか…。
「で、ここまで来てなんか用事か?」
「いやだって、海岸線で死にかけの人を見たら気にはなるよ?お姉さんに話してみ?」
「お姉さんて…まあおそらく?時間ではお前の方が長いんだろうけど。海はただ眺めていただけだ。現になにもなかったでしょ?」
「今はね?でも実際、もしかしたらだけど私が声をかけなければ海の藻屑になっていた可能性もあるわけでしょ?…初めて人との会話で海の藻屑って言葉を使った」
「そりゃ使う用途がなけりゃ使わないだろう」
言うとしたら主人公とか悪役くらいじゃないのかな?脇役も…考えたらなくはないか。リアルな付き合いではほぼほぼない。むしろ乱用していたらドンびく。
探偵とか推理で聞くイメージはある。
「で、死神さんはどうしたいの?いつまでも居るわけじゃないんだろう?」
こんなつまらない、特徴もない一般人に時間を割くわけにもいくまい。知らない業種?の内情はしらんけど。
「まあね。君に興味が湧いたから付いてきてるだけだし」
「はぁ?どこにそんな要素が?」
「蓼食う虫も好き好きと言うでしょ?言って共感をもらったり変に意識させるのもなんだし、気にしないでー。だからまあ飽きるまではいるよ。よかったねーぱちぱちー」
蓼って…言動がストレーナなことで。
「いや仕事しろよ。…仕事であってる?」
「合ってるような、ニアミスというか……ここには空き時間とか休み時間でくるから大丈夫!よかったねぇ」
「こっちは、だいじょばないんだよなぁ。いつまで居る?つもりなんだ?」
「さぁ?」
んー、これはプライベートが無いと宣言されたものだ。四六時中とまではいかないが、例えば恋人と居るのに親フラとか気にしたら何もできないようなもの。実家だからそんなことはしないけど、事前の予兆もない。
両手を叩く死神に何言ってるんだと胡乱な目を向けるとすっと目をそらす。あー、こいつは都合のいいことには胸を張るが、悪くなると受け流してないことにする魂胆だな?長髪なのに癖がなくさらっと流れるのを目で追いながら、頭をかきつつ思考を巡らす。
海辺から家まで一時間もかかってないけど片時も離れずに付いてこられた。他に寄り道も無かったし、向こうは不眠不休でも動ける霊体だ。しかも任意で触れてすり抜けることも出来るというんだぞ。セコくない?異世界チートかよ。まだしてないし、架空の夢の語りは夢でしかないけど。
聞くと疲れと眠気のないのは羨ましいが、気分の上げ下げはあるようだ。
釘をさすが、連れてきたんじゃなくて付いてきた。ここは間違えないでほしい。下手なストーカーや地縛霊より厄介じゃない?専門家の友達は都合よくいないです。むしろそんなご都合主義なやつがうらやましい。
しかも話も通じるし会話は通じるが、説き伏せる自信はない。だって人生?経験値で負けているし、この場は癇癪を起こさず大人しく流されておいたほうが安牌だろう。この状況の対応方法は想定してない。まだ異世界転生、転移の方が夢がある。
そしてここまでの道中、他にも気になって質問をしても知らぬ存ぜぬでかわされたので不貞腐れて寝ることにした。
終活とはいえベットまではして無くて僥倖だった。というか、そこまでするのはあからさますぎた気がした。
シーツをキレイにしていたが、またシワを刻ませるとは。
まぁ飽きて数日もしない内にいなくなるだろう。夢へ旅立つ前に「おやすみ」と声が聞こえた気がしたが、それから姿を消してこの日は終わった。