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智華の邂逅

世界に絶望していた。……うん、いや、それは言い過ぎた。もっと簡潔にスマートに言い換えよう。

今の生活に、人の生き方に飽き飽きしてしまっている。

日々を楽しむのは自分自身とは言ったり聞く。でも、常識の範囲内となると人の生き方は窮屈で、味気のない。周りを気にしすぎたり唯我独尊にならず、平穏で問題も危険もない日々。

別に今の日本に直近の飢饉が襲ったとか戦争があるからではない。それは昔でも今でも世界の至る所にあって、規模も子供の口喧嘩から国同士と幅も広くある。日本や身近ではないが、敢えて挙げるなら政治とか税金云々はあるけどそれくらい。

それはさておき、人が普通に生きるという普通さえ、普通では無いことを知った。

特別、秀でてる、優秀。秀英。

無難、平穏、凡庸、普通。

下手、ボンクラ、役立たず。

そんな言葉が出来るほどなのに、いつだって人はそれに入らない。入りたがらない。誰だって自分は特別でありながら、しかしどうしようもなく、どことない六芒星の星のような儚さがある。皆の目に映る一等星ではなく、周りに散らばる六等星が人口の九割以上で、キラキラ光って目に映る一等星は一割ーーいや、一厘にも満たない。今と昔じゃあその道程とか方法は多数で一概に言えないけど、広大な砂漠の一掴みの砂粒になれるかどうかだ。

「だからって俺もその普通かと聞かれれば迷うんだけどなー」

サイダーを片手に人の居ない岬で夜空を見上げる。6月の夜。誕生日の翌日で歳も35とアラサーとアラフォーの間に入りはしたものの気持ちは揺れない。その原因の人たちとの接点もなくなり、あとは平坦な道を進むだけ。

学校を卒業した区切りなどがあればわかりやすいが、その後は社会に放り出される。20歳から80歳までの約60年ほどは放り出された放蕩の旅をどう辿り過ごすか…。それが人の一生で、折り返しに近い俺の立ち位置。いや、大人になるに連れて時間の経過は加速していくらしいし、感覚なら残りは三分の一くらいか?数字はわかりやすいけど、感性と実感は別物なので参考程度にってね。

ゴクッと炭酸の刺激が喉を焚き付け、「くーーっ」とうなる。蒸し暑い温度にボトルに張り付く水滴が手のひらを濡らす。この場に長居をする予定はないのに、執着しているのは行先もない明日にも疲れていた。

傍らのバックには未開封の睡眠薬とストロングのお酒、更にウォッカとジンもある。方法とやり方は褒められたものではないとしても、あとは覚悟と実行だけ。

今年の1月に父が亡くなり、遺産も兄弟で分け合った。ついに両親は居なくなり、葬式に集っていた各々がそれぞれに暮らしをまた始める。

悲しいとかよりも安心感が強かった。毒親…父がそうで、母は被害者だった。兄弟も被害者だけどそのしわ寄せ末っ子で立場や気の弱い自分にそれが集まり、形だけの葬儀に感慨もなく、想像していた未来は学生のうちにセピア色に風化した。未来のためにあった鮮やかな色彩は、親の教育という理由で白と黒しか無くなった。

生きる意味とか鮮やかにするための努力は虚しく散り、手の届いたのはみんなが手に取るようなありふれたものだけ。

いくら一級品の食材でも、非難され続けた心とメンタルでは美味しくない食事となり得る。味はわかるが、心が踊らない。

努力が足りないんじゃなく、親に踏みにじられ、無価値にされた。

未来を色鮮やかなキャンパスにかけることはなく、指定された色で言われた通りに描くだけ。親のコピーを作ろうとされた俺は、贋作で偽物の取るに足らないものでした。まる。

「遺書も書いたし、後片付けもした。残るはこの体だけだ」

眼下の波を見て気持ちを落ち着かせる。日々の心が動じなくなってるのに、死への恐怖はなくならないでいる。

死後の世界が怖いより、死んだあとの自分の身体と周りのことを考えるあたり、本当に自分の後回しさに呆れる。

まあ実家には姉が居て、断捨離と言って荷物は処分した。母が無くなってから物欲が無くなり、この数年かけて私物はスーツケース一つで済むようにしたのは後始末をさせたくなかった。母というか、俺も姉も生きる気力がなくなっていたんだろう。障害がなくなったとはいえ、今から挽回する気もない。遅すぎる環境の変化に、思考と現実が追いつかない。

人に迷惑をかけたく無かったし、親が子供に迷惑をかけていた反動なんだろう。人知れずに居たいと思っていたら、友達も知り合いも携帯の一部に居るだけで変わらずにいる。

準備の良い終活。人知れずに終わる人生が自分には良い。

有終の美ではないが、みにくく生き残る気持ちはない。人を……家族を貶して蹴落として生きていた父親だったし、生にしがみつく根気もない。

最後と、僅かな一時と感慨深い走馬灯のような記憶の奔流。

だけど、心を揺るがす記憶はその時の情熱と共に色褪せていた。熱いはずの激動の日も、今ではどうしてそこまでそうなれたのかさえ分からなくなっている。

全てが同価値で、良いも悪いもない。プラスもマイナスもなく、ただ泰然と残っているだけ。

「さよなら…は誰に向けてってなるし、最後の言葉はなんだろうか?」

目を瞑って悩み、面倒になって諦める。

ありがとう?それは誰に?

ごめんね?そこら中の人にか?

違う。そして、正解も、正しさも、そこにはない。

万感の思いと言葉も散り散りに霧散し、原型のない叫びの感情も穏やかな波と同化する。それが心地よく、やっと心の平穏が来たんだなと薄っすらと。

まぁいいか。幾度か目を閉じて深呼吸をする。自我を持って周りを知って学び、散々悩んだり考えてきたから、今からどうこうしようでもない。

波の音、心音、風。最後のこの穏やかな思いで、もうそれも良くなった。あとは景色を見つめて、薬とお酒で自我を手放すだけでいい。

そして目を開けると顔が逆さになって俺を見つめる顔が一つ。長くてサラサラな髪が風と共にゆれ、月に反射した明かりが幻想にバエル。

綺麗な銀髪に紫の瞳。綺麗よりも可愛いよりで、街中で見れば『今日はらっきーだな』って思えるレベルの美女。芸能人とすれ違った幸運と言えばわかりやすいか?その経験がないなら神社で大吉でもいい……急に民族的になったな。

「って、はっ?え?」

バッと距離をとる。すっ転びそうなのを、なんとかたたらを踏むようにして持ち直す。

そこから彼女は俺の驚いたであろう顔をみてからニヤリと笑うと、クルリと反転して意地悪い笑みを浮かべる。子供が無邪気な悪戯顔で、でも嫌味には感じない。そんな生粋で、純粋な、無垢の……そう、悪意が無いのか。

正面から見たらその精巧に整った顔立ちを再確認し、驚きと考えの整理。そして人にはできない動きの芸当がきになるという素っ頓狂なことが頭を駆け巡る。タネも仕掛けもないはず……だよな?

「最後の言葉は無いの?私で良かったら聞くよ?」

「あんた…えっ誰?何者?」

「いい反応するねー」

そう聞くと彼女は絹のような髪を揺らして笑う。くっくっくっと軽快で、だけど心地の良い声は波と混ざるが透き通った声は漏らさずに耳に入る。

「私は智華。君は?」

そうして人としての生き方は終わり、新しく生まれ変わる日の幕開けでもあった。

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