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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

虚弱体質だったけど、いきなり丈夫になったようです

作者: もにーる

ローファンにするにはファンタジー要素が薄いと思ったので、ジャンルをヒューマンドラマにしています。

戦闘描写あり。


「はぁ…。久々な上に、今回は一段と調子悪いな…」


 俺の名前は『おもて 将臣まさおみ』。高卒のフリーターだ。


 小さい頃から体が弱くて、高校卒業まで何度も入退院を繰り返した。…とは言っても、身体が弱い原因が全然分からないらしいけど。

 色んな検査をして、沢山薬を出されて、最終的に担当医から出た言葉は『原因不明』というものだった。…もっと言えば、好調と不調の幅や検査結果が不自然らしく、仮病と疑われていた。


 3歳くらいまでは周りの子どもと変わりなく元気に育ってたらしい。15年以上前の事だから正直覚えていない。聞かされても「そうだったんだ?」って感想しか出てこない。

 幸い…というか、イジメは受けなかった。…イジメたら本当に死にそうだからという理由で。

 学校は卒業出来たものの、行事は殆ど参加出来なかった。卒アルの集合写真なんて、別撮りした俺の写真が上の隅に載っている。…俺だけ。…小中高全部。


「すみませんマスター。今日はあがらせてもらっていいですか?」

「かまいませんよ。将臣君が休むと言い出すまでこちらからは触れないというのは最初に交わした約束の通りですからね。事情は分かってますし、調子が悪そうなのは…見れば分かりますから。もっと早く言ってくれても良かったんですよ?」

「…昼に抜けるなんて言えないですよ。ここ最近はそれなりに調子良かったんですけど、今日はちょっと無理そうで…」

「今の将臣君を見れば、お客様の方が心配してしまうでしょう。休む事は悪い事じゃないのですから。ゆっくり休んでください」

「本当にありがとうございますマスター」


 厨房奥の階段を上って部屋に入って、…そのまま倒れる様にベッドへ寝転んだ。マスター…隆二叔父さんには本当に感謝しかないや…。



 俺は今、親戚の経営する喫茶店で住み込みでバイトをしている。

 俺が隆二叔父さんの所に住まわせてもらってる理由。…両親の会話を聞いたからだ。


 高2の冬だった。夜中に目が覚めてトイレへ行った時、こっそり両親の話を聞いてしまった。


 金食い虫、疫病神、失敗作。両親は俺の事を色んな呼び方で話してた。俺の知らない所でそんな呼ばれ方をしてたと知って…辛かった…。

 どこかの研究所で調べてもらう契約をすれば金が入るって…父さんと母さんの弾んだ声を聞いた時が…一番辛かった…。


 他人事の様に考えれば研究は必要だって分かる。もしかしたら俺の身体に未知の病原菌がいるかもとか、今まで発見されてない病気を持ってるかもとか。…研究する事でどこかの誰かの命が助かるかもしれないって、俺だってそれは理解出来る。

 …理解は出来ても納得は出来なかった。両親が俺の事じゃなく、契約の金額について嬉しそうに話してたのを聞けば尚更だ。


 うちは貧乏とまでは言わないけど裕福でもなかった。両親は金の工面や時間を割く事で苦労してた。…俺の事で苦労してた。

 感謝してたし、申し訳ない気持ちもあった。けど、俺だってこうなりたくてなってるわけじゃない。

 そして、あんな事を言われてると知って両親に感謝し続けられる程…俺の心は強くなかった。



 夜中にこっそり家を出て…、当ても無く歩いて…、気付いた時には橋の上から川を見てた。多分…自殺しようとしてたのかもしれない。

 そんな俺を救ってくれたのが…隆二叔父さんだった。


 たまたま俺を見かけたらしい隆二叔父さんは、事情も話さない俺に優しくしてくれて、俺を自分の店へ連れて行ってくれて、ホットミルクを出してくれた。一口飲んで…暖かくて…ボロボロに泣いた。

 俺は泣きながら事情を話した。そしたら隆二叔父さんは、俺が高校を卒業したらここに住みながら働くといいって言ってくれた。両親も説得してた。…両親とどんな話をしたのかは分からないけど。


 それから俺は無事に高校を卒業して、ここに住まわせてもらって、働かせてもらって…。

 隆二叔父さんは大きなハンデを持つ俺を特別扱いせず、厳しく…そして優しく接してくれた。

 隆二叔父さんのお陰で、俺は人を信じる気持ちを捨てずにいられた。


「マスターがいなかったら、俺はあの時…」


 ベッドの中で不意に昔の事を思い出し、早く体調を治さなきゃと考えながら眠りについた。



「…あれ?」


 俺…ベッドで寝たはず…。いつの間にか椅子に座ってて、ペンを持ってて…。


「…何これ?」


 机に広げられてたノートに…なんだろ、アニメで見る様な魔法陣っぽい様な落書きがしてある。


「…俺が書いた?」


 文字っぽい部分は全然読めない。…それより、こんな事をした記憶が全然無い。


「状況から見れば…書いたの俺…だよな…」


 今まで、いくら調子が悪い時でもこんなのした事無い。…夢遊病とか?


「病院じゃなくて、お祓いとか行った方がいいのかな…」


 ベッド近くの小さな机の上には、ラップされたサンドイッチが置いてあった。隆二叔父さんが様子を見に来てくれたんだと思う。

 時計を見れば、もうすぐ午前2時になろうとしてる所だった。…10時間以上寝てたっぽい。


「…こんな時間に目が覚めたせいで、ほんとに何かに取り憑かれてる気になってきた…」


 身体の調子は…あんまり変わってない。気持ち程度楽になってる気はするけど。


(──ろそ──聞こ──備は──)


 ………、やっぱりダメかもしれない。幻聴が聞こえ始めた。それとも幽霊…?


(おぉ、繋がったようじゃな。準備は出来ておるか?)


 ………、めっちゃ鮮明に聞こえ始めた。準備って何だろ。…死ぬ準備? 今はまだ死にたくはないな…。恩返ししたい人にまだ何も返せてないし。


(ふむ…。混乱している雰囲気は伝わってくるのだが…。儂に語り掛ける様に頭の中で考えてみてくれんか?)


 ………、友好を求めてくる幽霊だな。声の感じは結構年配の男性の幽霊だ。語り掛けるって言われても…。


(…もしも~し?)

(なんじゃ、やれば出来るではないか)

(………誰?)

(む? イーシュンだが? …覚えておらんのか?)

(いや…、初めましてだと…思いますけど?)

(ふむ…。先程魔法陣を…まぁよい、時間も無い。説明するのは事が終わってからでよかろう。魔法陣に手を乗せよ)


 ………、怪し過ぎない? ってか、この絵はやっぱり魔法陣…なのか?


(急がねば時間がきてしまうぞ? 今のままでよいのか? 身体が辛いままでよいのか?)

(っ!? 俺の事知ってる…んですか?)


 俺の事を知ってる風だった幽霊…イーシュンさんの言葉に驚いて、机に手を乗せて立ち上がった。手をついていたのは…魔法陣の上だった。


(よし、手を乗せたな、そのまま動くでないぞ? 『───)

(…あの、動いたらどうなるんですかね?)


 …俺の問いかけに反応は返ってこなくて、ずっと早口で何か喋ってるイーシュンさん。

 聞いた事の無い言葉で、何というか…めちゃくちゃ怪しい。…いや、怪しいのは最初からだけど。


(───』よし、「起動」と念じてみてくれ)

(「起動」? 何が起動するん───)


 何が起動するのか聞く前に、俺の意識は暗闇に沈んでいった。



「ん…、あれ?」


 俺は椅子に座ったまま寝てた。…いや、違う。昨日の夜中に目が覚めて、幽霊と話をした…気がする。


「………」


 ノートに書いてあったはずの魔法陣は消えてた…。


「結局、変な夢を見た…って事か? やけにハッキリ覚えてるけど…」


 椅子に座ってた事もそうだし、ベッドの近くにはサンドイッチがまだある。

 夢と現実で同じ事が起きてるって事も考えられるけど、夢だって決めつけるのは早い…か?


「…とりあえず、いただいてからシャワー浴びよ」


 時刻はまだ5時半、外がやっと明るくなり始めたくらい。

 バイトまでまだまだ時間はあるけど、眠気は一切ないし。

 …それどころか、今までこんなに身体の調子が良かった事あったっけ?


 サンドイッチを食べ終えた俺は、着替えを持って脱衣所へ向かい、服を脱いで風呂場に入り、シャワーを浴びて…鏡を見た。


「なんか…血色がいいな、倦怠感も無いし。…ん?」


 そう自覚してた時、胸の中心にちょっと大きめのホクロを見つけた。

 今までこんな場所にホクロなんて無かったよな…。


「将臣君?」

「あ、おはようございますマスター。シャワーお借りしてます」


 脱衣所から隆二叔父さんの声が聞こえて、考えるのを止めて挨拶をした。


「おはようございます。体調はどうですか?」

「昨日沢山休ませてもらったので大丈夫そうです。あ、サンドイッチありがとうございました」

「いえ、いいんですよ。もう1日しっかり休んでいてください」

「あれ? お店休みにでもするんですか?」

「今日は施設への出張サービスをするって伝えていませんでしたかね?」

「あ~…、話だけは覚えてましたけど、今日だって事は忘れてました」

「はっはっはっ、そうでしたか。では、たっぷり休日を満喫していて下さい。帰りは夜になると思いますので」

「分かりました。気をつけて行ってきてください」

「ええ。華凛かりんは部活があるのでもう家を出ています。将臣君が出かける時は戸締りをお願いしますね」


 隆二叔父さんはそう言って出かけて行った。

 華凛ちゃんは隆二叔父さんの娘さんで、今は中学二年生だ。…野球部のマネージャーに朝練ってあるのかな? …俺には分からないけど、もう家を出てるって事は朝練があるんだろう。


 正直な所…顔を合わせずに済んで良かったと思ってる自分がいる。華凛ちゃんと仲が悪い…というより、多分嫌われてるから。

 彼女からすれば俺は、家に棲み付くお荷物だからな…。



 シャワーを浴び終えて、朝食をとって、部屋に戻った。…寝起きでサンドイッチも食べたのに、いつもより食欲がある気がする。

 そう考えると同時に、突然もらった休日をどう過ごそうかと考える。…出張サービスの日を忘れてただけだけど。


「昨日のは一体何だったんだろ。…ってか、この感じ…何て言うんだろ? 体力が有り余ってる…?」


 こんな感覚は初めてだった。皆はこんなに調子のいい身体で生活してたのかな?なんて思った。

 近くを散歩でもしてみようと考えた俺は、出掛ける準備をしながら…思い出せる範囲で昨夜の事を思い出していた。


 夜中に目が覚めて、ベッドじゃなく椅子に座ってて、ノートに落書きを見つけて、イーシュンと名乗る幽霊に話しかけられて…。


(…もしも~し?)


 何となく昨日の感じで声をかけてみたけど、返事は返ってこなかった。


 そういえば、「起動」がどうとか言ってたっけ。

 念じた…というより考えただけだった言葉。多分アレをきっかけに眠った…もしくは気を失った。


 妄想の範囲なら色々浮かぶ。封印されていた力が解き放たれたとか、イーシュンという人が実は神様で力をくれたとか。

 秘密組織にこっそり身体を改造されたとかも面白そうだ。…正義のヒーローなんて歳じゃないけど。


 ふと、机の上にあるノートを見た。開かれてたページは真っ白なままだ。

 よく見ても消しゴムで消した感じはしないし、そもそも机に転がっているペンはボールペン。消しゴムじゃあの落書き…魔法陣は消えない。

 ページが千切られてるわけでもなく、ページを捲ってみても筆圧による跡も見られない。


 ペラペラとページを捲ったのはただの気まぐれ。もしかしたら別のページにも魔法陣みたいな落書きがあるかもしれないと思ったから。

 そんな気まぐれで、


「…なんだこれ」


 ノートの後ろの方に、箇条書きされた文字を見つけた。



「…やっぱりおかしい。ここまで来て全然息が上がらない」


 ノートの文字を読み終えた俺は、その内容を考えながら公園まで散歩に来ていた。ずっと部屋で考えててもしょうがなかったし、気分転換を兼ねて。


・地球とイーシュンさんの居た世界は精神的に繋がってる。

・イーシュンさんがその精神的な繋がりを操作した事で、俺の身体が弱くなってた。

・さっき行った儀式で、今まで力を持っていかれる側だったのが、逆に与えられる側になった。

・胸の印に意識を集中させると、力の調節が出来るらしい。そして沢山出せるらしい。


 ノートに書いてあったのはそんな所。その字も俺が書いたっぽかった。

 書き方からして…昨日の夜中から朝までの間に書いたと推測できる。無意識に…というか、寝ながら聞いた事をノートに書いたのかな? …そんな特技なんて持ってないし、記憶にもないけど。


 夢や妄想と思うのは簡単だ。偶然今日絶好調なだけって可能性もある。

 ただ、確かに胸にホクロみたいな印があって、公園までの散歩で息が切れてない。いつも通りなら息が切れるどころかヘトヘトになってるはずなのに…。持っていかれてたとかいう力が逆に流れ込んできている…んだろうか?

 ノートに書かれてた内容に一致する部分もあるし、確かめる手段も載ってた。結論を出すのは試してからでもいいよな?


「印に…意識を集中…」


 こんな事初めてやるから勝手が分からない。

 合掌してみたり、目を瞑ってみたり、胸に手を当ててみたりしたけ(成功したようじゃな)どわああぁぁ!?


(どわああぁぁ!?)

(なんじゃ!? どうした!?)


 あんたの声に驚いたんだよ! いきなり出てくるな!


(あ~ビックリした…。イーシュンさん…ですか?)

(そうじゃ。今度は覚えておったようじゃの)

(昨日の夜の事は覚えてますけど…)

(ふむ、まぁ今はそれでよい。急ぎの用事は無くなったのでな、聞きたい事は答えられる範囲で応じよう。お前さんにはその権利がある)

(…忙しかったんですか?)

(忙しいという案件では無かったんじゃが、無事に処刑は終えたので問題無い)


 ………サラっと物騒な事言うんだけどこの人。



 俺はイーシュンさんから力の調節とかいうのを教わって、軽く運動をしてみながら話を続けていた。


(疑似勇者…ですか)

(うむ。こちらでそれを作り出す為に、マサオミと精神的な繋がりを持つ者の身体に手を加えたのじゃ)

(その繋がりって、誰でも持ってるんです?)

(その通りじゃ。儂のような老いぼれにもあるし、赤ん坊にもある。まぁ、証明出来たのはここ最近の話じゃがな)


 その繋がりは、世界を越えてお互いの身体に影響を及ぼすらしい。綱引きをするイメージで、力を引っ張り合えるみたい。

 性格が変わるとかじゃなく、火事場の馬鹿力みたいな…限界を超えた力を出せる様になるとの事。


(そうですか…)

(…すまなかったマサオミ。儂の軽率な行動で苦労をしたじゃろう? 知らなかったでは済まされない、せめてもの罪滅ぼしとして儀式を行わせてもらったんじゃ)

(確かに苦労はした…と思いますけど、今までそれが当然だったと言いますか、突然の事で現実味が無いと言いますか…。むしろ治してもらったのならありがとうございます、という気持ちが強いですね)

(………、こんな事を言うものではないと分かってはいるが、モブッスではなくマサオミがこちらに生まれてくれていれば良かったな)


 モブッス…。絶対勇者になる人の名前じゃないだろそれ…。


 そのモブッスというのが、俺と繋がりがあったという人物だ。あっちの世界の俺…とでも言えばいいんだろうか。


 イーシュンさんに聞いたところ、幼少期に俺との繋がりを弄られた事でモブッスは力を得て、あっちの世界ではかなり強かったらしい。疑似勇者にしようとしてたらしいから、それは確かに成功だったんだろう。

 あっちの世界には魔族なんてものが居て、魔族との戦いに勇者は必要だったみたいで、実際にかなりの功績を上げてたってイーシュンさんから聞いた。


 …ただ、性格は最悪だったらしい。小さい頃は村のガキ大将、成長してからは女性をとっかえひっかえし、自分の国の王女様にも手を出していた。

 いくら強くったって、いくら功績を上げてたって、王様もイーシュンさんも我慢の限界を超えてしまい、モブッスを処刑する事に決まったらしい。

 イーシュンさんの物騒だった発言はこの事だ。


 それで、処刑の前にモブッスから俺に力を戻す様に…どころか、力を全部渡す様に調整して儀式を行ったみたい。時間が無いというイーシュンさんの言葉は、処刑執行までの時間の事だった。

 俺の事じゃないけど、…あっちの世界の俺は何やってんだ? 性格が歪んでたのか、力を得て性格が歪んだのか…。知り様も無いしもう遅いだろうけど…。


(…代わりに俺がそっちの世界に召喚されたりなんてするんですか?)

(いや、それはない。それで苦しむ者を見たのでな…)


 …実際にされた人がいるみたいだ。


(そうですか。…俺はこれから、どうすればいいんですか?)

(好きに生きるといい。勝手な事を言う様だが、儂はマサオミに罪滅ぼしをしたかった。多感な時期に大きな枷を負わせてしまった謝罪をしたかった。人が…儂らが力を引き出す先に別の人物がいると考えなかった儂の罪じゃ)

(でもその時は、繋がりじゃなくて人の…核?という所から力が引き出されてると思ってたんでしょう? 魔族との戦いに試行錯誤されたんでしょうし。…これまでの事に思う部分はあります。けど、幸い…というか、俺はまだ20歳前ですからね。これから人生を取り戻しますよ)

(…マサオミとモブッスは本当に対だったのかと疑いたくなるのう)


 イーシュンさんと話をしながら軽いジョギングや運動をして、体力が人並みに戻ってる事は確認出来た。…多分。

 普通の人って、10kmくらい走っても息切れないんだっけ…? 垂直飛びで2m超えるっけ…?


(いや、普通じゃろ?)


 ってイーシュンさんが言ってたけど、多分違う気がする。帰ったら調べてみよう…。



 イーシュンさんとの会話を終わらせて、力の調節ってやつを試してたら夕方になってた。健康な体に浮かれてたのかもしれない。…体つきはヒョロヒョロのまま変わってないけど。


 ちなみにイーシュンさんは、普通じゃなさそうなのに(普通じゃろ?)って発言した後、


(すまんの、ちょっと魔族が攻めてきたんで迎え撃ってくる。また聞きたい事があったら呼んでくれ)


 って言ってテレパシー的なものを切った。

 なんだろ…、家に虫が入ってきたから追い払う、みたいなテンションだった。

 魔族って弱いんだろうか? …いや、多分イーシュンさんが強いのか。普通の基準もおかしそうだし…。



 公園から隆二叔父さんの家に戻ってる最中、華凛ちゃんの姿を見かけた。華凛ちゃんが…神妙な顔をして…数人の男に囲まれたまま…車に乗る所を…。


 声をかけられなかった。突然の事だった…っていうのもあるけど、抵抗もせずに車に乗り込む華凛ちゃんの姿と表情は、何かを決意している様に見えたから。


 運転席にいるのはがっしりした男。華凛ちゃんを囲んでいた男たちも、何というか…ケンカ慣れしてそうな奴等だった。

 そんな奴らと華凛ちゃんに付き合いがあるとは思えない。あの子は真面目だから。

 きっと何か事情があるはずだとか考えてる間に、男たちと華凛ちゃんを乗せた車は走り出しそうになってた。


(止めるか? タクシーで後を付けるか? それとも…)


 瞬間的な選択が出来ず、車は走り出してしまった。俺は…、


(あ~もう! 頑張ってくれよ俺の身体!)


 走って追いかけた。



 普通に考えて、人が走って車に追い付けるわけがない。つまり、


(ここか…)


 俺は普通じゃないみたいだ。



 車が停まったのは高級住宅街にある1件の家。車は車庫に入っていってシャッターが閉まったから中の様子は分からない。

 追いかけてる時から思ってたけど、スマホを持ってきてない事をすごく後悔してる。散歩したらすぐ帰るつもりだったからな~…。今度から絶対持って出かけよう。…今必要なんだけどね。

 いや、本当ならあの速さで走り続けてあんまり息が上がってない事の方を考えなくちゃいけないんだけど…。


 そんな事を考えていた時、微かに華凛ちゃんの悲鳴が聞こえた気がした。


(………頑張れ俺、勇気を出せ俺!)


 俺は家の玄関に立ち、右手で、


「ピンポ~ン♪」


 インターホンを押した。



 もしも華凛ちゃんがこの家でホラー映画でも見ていたのなら、俺が邪魔をしてしまっただけなら、謝ればいいだけ。そうじゃないなら…。


 チャイムの音が止むと、華凛ちゃんの声が聞こえた。さっきよりもハッキリと。「助けて!」と。

 聞こえたのはその一言だけ。…口を押さえられてる? それとも弱みでも握られて…。そう考えた途端、急激に体温が下がる感覚がした。


 俺は再びインターホンを押した。


「ピンポ~ン♪ピンポ~ン♪ピンポピンポピンポピンポピンピンピンピンピン「うるっせ~な!」」


 玄関の外まで聞こえる程に足音をドタドタと鳴らし、1人の男が扉を開けて出てきた。華凛ちゃんを囲んでいた男の1人だ。


「こんばんは。こちらに表という女性が来てませんか?」

「知らねーよ! 誰だお前!」

「そうですか。俺は表さんの保護者でして、連…約束の時間に彼女が来なくて探してるんですよ」


 危ね…、正直に連れ去られるのを見たって言いそうだった。


「探してるとか知らねーっつーの! それに探してるんなら他所で探せ!」

「困りました…。そうだ、電話をお借りしてもいいですか?」

「いいわけねーだろ! 話も通じねーし! とっとと帰「おい」…兄貴」

「…玄関で騒ぐな、入ってもらえ」


 兄貴って呼ばれてた男、運転手をしてた男だ。俺の事をチラッと見て、…何も出来そうにないヤツと思ったんだろうな、俺ヒョロヒョロだし…。多分家に上げるってのは罠だろう。

 俺はそんな事を考えながら…家の中へと入って行った。


 ………自分で言うのもなんだけど、肝が据わってるな俺。



 家の中へ入って靴を脱ぎ、俺と口論していた男が扉を閉め、鍵も閉めた。


「電話は部屋にあるんだ、ついてきな」

「助かります」

「っ………」


 後ろから殴りかかるのを我慢する様な気配がした。…具体的に分かるもんだな。これも力を得た効果か?


 …それより先に考えろ。今のうちに色んなパターンを予想しろ。最悪の想定をしておけ。


「この部屋だ」


 運転手をしていた男の後を追って、案内された部屋へ入る。

 電話がこの部屋にあるとは全く思わない。地下に位置する重厚な扉の奥に電話があるのが一般常識なら後で謝るけど。


 扉が開いた先には大きなベッドがあり、そのベッドの上に…足と手と口元を布で縛られた華凛ちゃんがいた。

 華凛ちゃん以外にベッドに1人、ソファーの方に4人、さっきの男2人で計7人。その内ソファーにいる2人は制服を着てる男の子と女の子。…華凛ちゃんの同級生か?


「ん~! んん~っ!」


 必死に出している声が「ダメ、逃げて」って言ってる様に聞こえる。…俺の心配してる場合じゃないのに。

 華凛ちゃんの制服ははだけさせられていて、上も下も下着が見えてしまっている。…最悪の事態ではなさそうだ。


 …こんな部屋から華凛ちゃんの声が聞こえたのか? 防音室っぽいこの部屋から? もしかしたら耳まで人間離れしてる可能性が出てきた。


 そんな事を考えられるくらい…妙に冷静だった。


「…事情の説明をしてもらっても?」

「説明も何も、見ての通りお楽しみの最中だが? それより、一人で乗り込んでくるとかバカなのか? どうやってここを嗅ぎ付けたのかは知らねーが、邪魔してくれた礼をしてやるよ。特等席で楽しんでいけや」

「………」

「保護者なんだろ? 身内が乱暴される姿なんて見たら、もう他の女じゃ興奮出来なくなるだゴゥ!?」


 リーダーっぽい…運転手をしてた男の腹を殴って気絶させた。どう殴れば気絶するのかを知ってるような、不思議な感覚だった。…多分あばらも逝ってる。

 男は白目をむいて腹を押さえたまま倒れた。顔面から倒れたせいで鼻血が出ている。


「!? 兄貴っ!? 何で俺の拘束から抜け…はれ? 俺の腕が…横向いて…」

「拘束って言うなら、しっかり掴むんだな。こんな風…に!」

「イッギャアアアアアァァ!」


 男の腕を強く握って、骨が砕ける感触が伝わった。…それだけじゃ済まなかった。

 急激な圧力がかかったせいか、男の爪の先から血が噴き出し、皮膚が裂けていた。


「な、何なんだお前は!?」


 そう言いながら殴りかかってきた男。その拳を掴んで…握り潰した。


「アッガ!? ギイイィィ!?」


 …指が全部色んな方向を向いてる。…俺がやったんだが。


「グボォ!?」


 こっそり後ろから襲おうとしてた男は、リーダーと同じ様に殴って気絶させた。こっちの男も多分あばらが逝った。


「さて…」

「く…来るな…」

「なんで君は、上半身裸なんですかね?」

「な、何もしてない! 俺はまだ何もしてない!」

「…まだという事は、これから何かするつもりだったのでしょう?」

「あ…いや…」

「悪さが出来ないように、…切り落としてしまいましょうか。それとも…握り潰してしまいましょうか。…彼の手の様に」

「ヒッ!?───」


 …最後の1人は何かする前に気絶してしまった。

 制服の男女2人はソファーから部屋の隅に移動してて、ガタガタ震えてた。…華凛ちゃんの味方じゃないのか? それとも怖いだけか…。


 俺は華凛ちゃんをシーツで包み、口を塞いでいた布を外した。


「ぷぁっ、将臣さん」

「遅くなってごめんね。さぁ、服を直して? 家に帰ろう」

「ちょ、ちょっとあんた!」

「おいバカ!やめろ!」

「こんな事して、ただじゃ済まないわよ!」


 華凛ちゃんの手と足の拘束を解いていたら、そんな言葉が飛んできた。

 …どうやら、この2人は華凛ちゃんの味方じゃない事がはっきりした。何をする気なのやら…。


「…ただじゃ済まないって、どうする気かな?」

「何? 女を殴る気? 最低ね!」

「君に最低と思われた所で、俺はなんとも思わない。…けどまぁ、それなら君が彼女の分も殴られておくかい?」

「い!いえ! 本当に俺何もしないですから!」

「な…何よ!? 守ってくれないの!?」

「何で俺が守らなきゃいけないんだよ! そもそもあいつを連れ出すって言い出したのはお前だろ!?」

「………へ~? こんな事になってるのは君のせいって事か」


 言葉と考えが同期しない。考えと考えも一致しない。

 殴れば大変な事になるって分かってても、ぶち壊してやりたいという衝動が治まらない。


「家族として、しっかりお礼させてもら「将臣さん!」…」

「私は大丈夫ですから! 何もされてませんから! 大丈夫…ですから」

「…ごめん、冷静になったよ。…帰ろっか」

「はい」


 服の乱れを直した華凛ちゃんに腕に抱き付かれて、冷静になった。下がっていた体温が戻る様な…体中に血が通った感覚がした。


 華凛ちゃんは震えてた。それはこいつ等に乱暴されそうになったからなのか、…俺の事が怖かったからなのかは聞けなかった。

 これ以上嫌われたら…家に居辛くなっちゃうな。


 でも…、脅しだけはしておこう。


「もしも、また同じことをしようとした時は、グーで殴るからね?」


 こんな風に、と言いながら壁を殴ると、思ってたより大きく重い音がして…ヒビが入った。骨にではなく、コンクリの壁に。

 …出来る気がしたからやったけど、コンクリの壁を殴ってもヒビなんか入らないよね普通。…普通って…なんだったっけ。


 俺と華凛ちゃんは呼び止められる事もなく、その家を出た。



 俺は今、隆二叔父さんの家へ向かって歩いている。…眠る華凛ちゃんを背負って。



 あの家を出て少し歩いた所で、華凛ちゃんは…地面に座り込んだ。腰が抜けたというか、緊張が解けて力が入らなくなったみたい。

 肩を貸して歩くのは難しそうだったから、おんぶして移動する事になった。


 華凛ちゃんに話を聞く前にまず、スマホを借りて隆二叔父さんに連絡を取った。

 俺と華凛ちゃんが一緒にいる事は伝えたけど、何があったかは伝えなかった。…隆二叔父さんの事だから飛んで来そうだし。それに…華凛ちゃんにも時間が必要だろうって思ったから。


 体調を気遣われて、ちょっと相談を受けてるって伝えて、怪しまれながら「…帰るのが無理そうなら連絡して下さい」って言われた。まぁ、今朝までの俺だったらそう言われるのは当然と思う。体調の事も、華凛ちゃんとの仲の事も…。


 俺が電話を切った後、華凛ちゃんは泣いた。助かった安心感からか、それとも遅れてやって来た恐怖心からか。…両方かな?

 気休め程度に、「大丈夫」「家に帰れるよ」って話しかけた。言葉は返ってこなかったけど、泣きながら頷いてくれてた事は分かった。


 泣くのが落ち着いた所で華凛ちゃんからお礼を言われた。そして、事情の説明をしてくれた。



 あの女子中学生は華凛ちゃんの同級生で、同じ野球部のマネージャー。明るく優しい性格で仲も良かったとの事。…まぁ、猫を被ってたって事だ。


 俺が見かけた…華凛ちゃんが車に乗せられていた時、車内にはそのマネージャーがいたらしい。…縛られて、ナイフを突き付けられた状態で。

 彼女を助ける為に男たちの要求に従って車に乗り、連れて行かれた先でネタばらしをされ、彼女の兄とその仲間に乱暴されかけていた…と。


 華凛ちゃんがそんな事をされた理由。あの男子中学生…野球部のエース君と華凛ちゃんが仲良くしてたのが気に入らなかったかららしい。マネージャーとエース君は付き合ってたんだとさ。

 ちなみに華凛ちゃんはエース君に対してそんな気持ちは一切無かったらしい。マネージャーの見当違いな勘違い…からの嫉妬。それが原因だった。


 ただ、華凛ちゃんはしっかり者だった。咄嗟にスマホを録画モードにしておいたらしい。

 映像は暗くて何も映ってなかったけど、音は割としっかり残ってた。…俺の声と男たちの悲鳴も。


 結局、襲われた証拠になるそのデータは、家に帰ってからどうするか話し合う事になった。

 そこまで話した所で、…お互い無言になってしまった。


 まぁ、普段でも…多くて二言三言会話するくらいだったからな…。あの力についても、どう話を切り出せばいいんだろうって思ってるのかもしれないし。

 俺としても、何をどう話していいのか分からない…。


 そんな事を考えてたら、華凛ちゃんの身体から力が抜けて…寝息を立て始めた。

 そして今に至るってわけ。


(イーシュンさん、います?)

(む、マサオミか。どうかしたのか?)


 俺は華凛ちゃんを背負ったまま、


(聞きたい事があるんですけど)


 イーシュンさんと話しながら、


(俺のこの力って、返品できませんかね?)

(…事情がありそうじゃの、詳しく聞かせてくれるか?)


 家へと歩みを進めた。



(つまり、力が強過ぎる上に性格も変わっているのではないか…と)

(はい。俺…ケンカの経験なんてありませんでした。それなのに危機感も無く戦えて…。更に、相手に大怪我をさせても動揺しなかったんです。攻撃的な言動をしてた自覚もあって…)

(モブッスの経験や性格まで自分の中に取り込まれてしまったと考えたわけか。なるほどのう…)


 自分の性格から考えて、車を追いかけた時点から変だとは思ってた。

 今までの…昨日までの俺なら、「誘拐だ!」って叫ぶとか、車のナンバーを覚えて警察に電話するとか、他の方法を取ってたはず。

 走って追いかけるなんて一番あり得ない選択だ。


(経験の方は受け継がれている可能性は高いと考えられる。アレはそれなりに戦闘での功績を残しておったしの)

(ですか)

(そして、性格を受け継いでいる可能性は…0ではない。儀式によってモブッスの持つ力を全て移動させたわけじゃからな)

(…そうですか)

(が、その心配は無いと思うておる)

(…そう…ですか?)

(マサオミはモブッスの事を知らぬであろう? アレの性格ならば、今の様に報告などせずに隠しておったじゃろう。…報告もせず、女遊びでもしておるかもしれんの?)

(そこまでですか…)


 …改めて、何やってたんだよあっちの俺は。


(強過ぎる力に恐れ、他者を思いやるマサオミが、アレの性格を受け継いでいるとは思えん。こうして話してくれている事がいい証拠とも言えよう。…マサオミに女遊びをしたい衝動はあるか?)

(いや…ないですけど…。ただ、もしもこれから…そうなってしまう可能性があるとしたら、力なんて無い方がいいんじゃないかって…)

(…のうマサオミ。ズルい言い方をするが、今回の騒動…その力無しで助けられたのか? カリンとやらを救えたのか?)

(………いえ…)

(力はただの力。大事なのはそれを扱う者の心じゃ)

(扱う者の心…)

(もしも、また何かしらの騒動があった時、助けられるはずの者を助けられなかった時…後悔せずにおれるか?)


 脳裏に、隆二叔父さんと華凛ちゃんの顔が浮かんだ。

 そうだ、無事に華凛ちゃんを助けられたから今こんな事を考えていられるんだ。今までの俺だったら、…手遅れになってただろう。


 それに、あいつらが報復してくる可能性もある。その時に守れなければ、きっと後悔する。

 …守るための力…扱う者の心…か。


(マサオミが本当に力を無くしたいと思うのであれば、儂がなんとかしよう。…時間はかかるかもしれんがの?)

(…いえ、今日の出来事でも、力があったからこの子を助けられました。この力が無かったら、…何もかもが違う結果になってたと思います)

(…そうか)

(イーシュンさん。俺、この力を持ってて良かったって思えました。気付かせてくれてありがとうございます)

(…礼を言われる事ではない。儂はマサオミに辛い思いをさせてばかりじゃ…、すまぬマサオミ)

(俺が今こうしていられるのはイーシュンさんのお陰ですよ。ありがとうございます)

(………)

(ただ、性格が歪んできたかもって自分で思った時には…何とかしてもらえます?)

(ほ? …ほっほっほっ! 確かに承った。儂の持てる全ての力を使って必ず何とかしよう)


 …いや、それは大袈裟過ぎるんですけど…。


(まずは今戦っておる魔族どもをさっさと倒してしまうか)


 ………戦ってたんかい! そんな時にこんな話してごめんね!



 その後、イーシュンさんとの…あれって何て呼ぶんだろ。テレパシー? …テレパシーでいいか。テレパシーを切って、無事に家に帰り、隆二叔父さんに事情を説明した。

 ちょうど華凛ちゃんも目を覚まして、証拠となる音声を3人で聞き、隆二叔父さんにも納得してもらえた。…深々と頭を下げながら礼を言われて、改めて華凛ちゃんが無事で良かったって思えた。


 俺の力の事も伝えた。そうしなきゃ話が繋がらないし。…華凛ちゃんをおんぶして2時間も歩いてた説明が付かないし。


 隆二叔父さんも華凛ちゃんも、俺の突拍子もない話を信じてくれた。内容は…かなり誤魔化したけど。

 華凛ちゃんは実際に俺の行動を見てたはずだから信じるのは分かるけど、隆二叔父さんも…割とすんなり信じてくれた気がする。

 …誤魔化した俺が言うのもなんだけど、「封印を解く夢を見て、起きたら強くなってた」なんて話…普通信じる?



 夜も遅い時間だったから、軽い話し合いをして休む事になった。

 最終的に隆二叔父さんが決めた事がある。明日の仕事を臨時休業にする事、華凛ちゃんは学校を休む事。俺には、華凛ちゃんの傍についていてくれってお願いされた。

 俺は、隆二叔父さんが店を休む理由を考えて、


「どこか出かけるんですか?」


 って聞いたら、


「何も心配いりませんよ」


 って言われた。

 正直…めっちゃ怖かった! それ以上何も聞けなかった!



 それから一週間が経った。あいつらからの報復はまだ無い。

 喫茶店は通常営業してて、俺は体調が良くなった事以外何も変わってない…と思う。隆二叔父さんもいつも通りだ。

 …一つだけ変わったのは、


「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ」


 華凛ちゃんが喫茶店の手伝いをしている事だ。

 彼女は今、野球部のマネージャーを辞め、放課後と土日に喫茶店で手伝いをするようになっていた。


 華凛ちゃんはあの件以降、俺に対してめっちゃ積極的に話しかけてくれるようになった。

 仕事中には先輩として質問され、店が休みの日には勉強を見て欲しいとお願いされた。話しかけられてない時は…視線を感じる事がある。…結構ある。怖がられるよりは全然いいんだけど。…自惚れちゃうよ?

 一応、俺の中では…吊り橋効果だろうって考えてる。ピンチを救われた事による一時的な感情。…そう考えてないと、俺がギクシャクしてしまうから。


 イーシュンさんとも時々やり取りしてて、力の制御についてアドバイスを貰い、休日に公園で運動もしてみた。いざという時を考えたら、やっぱり力を使う練習をしておいた方がいいって思ったし。

 …もちろんと言うか、当然の様に華凛ちゃんも公園に来た。専属マネージャー状態だ。ベンチでタオルと水を用意して待ってくれてた。…両手に持ったまま、…俺を見つめながら。

 練習とは別の…見られる緊張に耐えながら行った運動。体力も筋力も、明らかに常人以上。…見た目はヒョロヒョロのままだけど。

 「力はただの力。大事なのはそれを扱う者の心」というイーシュンさんの言葉を胸に、その日は練習に打ち込んだ。


 ちなみに、あの事件の原因…というか、もう1人のマネージャーは自主退学したらしい。…転校ではなく自主退学。

 そんな話を聞いて…気になってもいたから、昨日こっそりとあいつらの家の様子を見に行ってみた。…みたんだけど、看板が立ってて空き家って書いてあった。

 本当に引っ越したとして、…こんな早さで空き家になるもんだっけ? 安心よりも、何があったか分からない恐怖の方が大きかった。



 とまぁ、まだ手放しで安心は出来ないけど、穏やかな日常を送ってる。

 ふと、こうなっていない…別の未来の映像が浮かんだ。それを思えば、今はどれだけ普通な…幸せな日々なんだろう。

 これからもこんな日々が続いて行けばいいな。


「───」

「─!? ───」


 そんな事を考えてたら、話し声が聞こえた。…力だけじゃなく耳も良くなったみたいで、隆二叔父さんと華凛ちゃんのコソコソ話まで聞こえてしまう。

 華凛ちゃんは照れてて、隆二叔父さんは笑ってる。「従兄いとことは結婚出来るんですよ?」って…娘に何を教えてるんだよ隆二叔父さん…。

 華凛ちゃんもチラチラこっち見ない! 俺が自惚れちゃうでしょ!?

 改めて助ける事が出来て良かったよ!



「いらっしゃいませ。御一人様…で…」

「失礼、こちらに表 将臣という人がいると聞いて来たのですが」

「えっと…、俺ですけど…?」

「あなたでしたか。私、こういう者です」


 スーツ姿の女性が店にやって来て、名刺を渡された。


「…『警視庁…特別災害対策課』? …聞いた事無いんですが」

「世間には知られていない部署ですので。難解事件の解決や人命救助と、色々活動はしてるんですけどね? 一応こういう物も持っていますよ」

「警察手帳…ですか。(初めてみるから本物なのか分からないけど)…一応聞きますが、俺に何の用で?」

「単刀直入に言えば、スカウトです」

「…スカウト」

「ウチは別名『超越課』と呼ばれています。人の限界を超越した者ばかりが集まったスペシャリスト集団です」

「………」

「表 将臣さん、ウチで働きませんか?」


 …穏やかな日常を送れるのは、まだ先の話になりそうだ。


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