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謁見の間にて、簡易の王座に座る女王の横にアリシアは立っていた。
高位の文官が、女王の決定を文書にて読み上げ、婚約者候補たちに知らしめる。
内容は、至ってシンプル。
アリシアの婚約者に、ジュリアンを指名するというものだ。
五人中、三人は厳粛に女王の決定を尊重する態度を示したものの、ゲイリーだけが一歩前に出て、女王に意見を述べたいと申し出た。
アリシアはゲイリーの反論を女王が許さないことを望んだが、発言は許され、内心落胆した。
「恐れながら、申し上げます。女王陛下。アリシア王女と私は、彼女が平民の時にすでに出会っております」
胸を張るゲイリーの声が室内に響き渡る。ゲイリーの暴露に、アリシアは目を閉じた。
「私と彼女は付き合っておりました。しかしながら、彼女は平民、私は貴族と身分の違ったうえに、さらには私個人の家の事情でやむなく、私より別れを切り出したという経緯があります」
謁見の間がさざめき立つ。
ジュリアンがどのような顔をしているのか、直視できずに、アリシアはさらに強く目をつむる。
ゲイリーの進言は続く。
「アリシア王女と私は好き合っていました。婚約者候補になり、再会し、互いに運命を感じております。にもかかわらず、ジュリアン殿が選ばれるなど納得がいきません」
アリシアは違うと言いたかった。
しかし、申し述べるには、目を開けて、ジュリアンを直視し、女王に発言の許可を得なくてはいけない。その行為一つひとつをこなすことが、怖ろしく、怖気づいてしまう。
「アリシア」
横から小声で女王は話しかけてきた。
アリシアは目を細く開けた。扇で口元を隠し顔を近づけた女王に近づく。
「まことか」
「……はい」
「して、本心は」
「私の心は、陛下にお伝えした、そのままです」
ぱちんと女王は扇を音を立てて閉じた。
その音に驚いて、ぱっちりと目を開いたアリシアの視界に会場全体が映りこむ。
五人の貴公子が並ぶ。
中央にいたゲイリーが一歩前に出ており、端にいるジュリアンは静かな瞳をアリシアに向けていた。
黙っていた後ろめたさをアイスブルーの瞳に刺され、アリシアは立っていることも辛くなってきた。
女王はアリシアの反対側に体を傾ける。文官が寄っていき、女王と囁き合う。
再び扇を閉じた女王の伝言を承った文官が、姿勢を正し、会場へ向き合い告げた。
「決定に変更はありません」
ゲイリーが一歩前に出る。
「陛下!ならば、私はジュリアンに決闘を申し込みます。私がここで王女と出会ったのも運命。一度は止む無く離した手を、二度も離す気はございません」
ゲイリーが振り向きざまに、脱いだ手袋が投げると、ジュリアンの胸元にあたり、ぱさりと床に落ちた。
周囲が止める間もない出来事だった。
謁見の間にいるすべての者が証人となる決闘の意思表示に、アリシアはその場に崩れ落ちそうになる。
ジュリアンはアリシアをちらりと見てから、ゲイリーにむけ言った。
涼やかな闘志がアイスブルーの目に宿っていた。
「その決闘、受けましょう」
正しきものは負けるはずがないという考えにのっとり、二人は一歩も引く気はないようであった。
女王陛下の前で手袋が投げられたとなれば引きようもない。
決闘は三日後、騎士の演舞場とすぐさま決定された。
アリシアは三日間、悶々と過ごしていた。
ジュリアンとは、決闘が決定して以降、会えなくなった。
顔も見れない、声も聞けないと、言い訳もできなく、不安ばかり募る。
愛想をつかされたのではないか、などと嫌なことばかり浮かんでは打ち消すを繰り返す。
(黙っていた私が悪いのよね。私がもっとちゃんと話していたら……)
どうせ一年前は平民なのだ。
あの時、言えなかった恨み言を交えて、『もうゲイリーなんか眼中にないの、私にはジュリアンがいるんだから』と、酒場にいた時のように言えばよかったと後悔が募る。
ジュリアンに自らばらすことになっても、謁見の場でゲイリーに暴露されるよりは、ずっとましだったろう。
決闘の末、勝った方が婚約者になる。それは覆らない。
真にアリシアとジュリアンが想い合っているならジュリアンが勝ち、ゲイリーの言う運命の再会が勝るなら、ゲイリーが勝つ。
一年、貴族の作法を学んできたアリシアは、彼らの思想からくる考えが分かるようになっていた。
(最初から私がはっきりしていれば、こんなにこじれることはなかった。私が、ジュリアンに知られたくなかったがために、こんなことになってしまった)
ジュリアンがいない三日間を過ごしながら、自己を責めるアリシア。
せめてできることとして、ジュリアンの勝利を願い続けた。
決闘当日、女王陛下と見届け人の騎士達が集った。アリシアは女王の隣に小さな椅子を用意され、簡易の王座に座る女王の横に小さく座っていた。右と左にはずらりと騎士が並ぶ。
すでに演舞場の中央にはゲイリーが立っている。
ジュリアンの姿はない。
決闘時刻は刻々と近づく。アリシアはジュリアンが来ないことで焦りが募る。
(愛想をつかされて、決闘にこないのでは……)
ゲイリーとの関係を秘密にしていたことが決定的だったのではないか自責の思いがとめどなく溢れる。
決闘時刻に間に合わなければ、試合放棄とみなされ、負けが確定してしまう。
そうなれば、アリシアの婚約者はゲイリーとなる。
嫌でも、そう決まってしまう。
ゲイリーは演舞場の中央で、甲冑を身につけ、腰にはいた剣の柄に手をかけた姿であり、すでに臨戦態勢が整っている。
審判となる騎士とともに、懐中時計を確認しながら、ジュリアンの訪れを待っていた時だった、演舞場の扉が大仰な音を立てて、荒々しく開かれた。
逆光を受ける人影を一目見て、アリシアはジュリアンがきたと確信すると同時に、きてくれたという歓喜が胸いっぱいに溢れてきた。
逆光を受けた人影が腕を払う。
すると、演舞場に血まみれの傭兵がほうり出された。
会場中がざわめき立つ。
ジュリアンが演舞場へと足を踏み入れると、彼もまた血にまみれており、いつもは静かなアイスブルーの瞳には、たぎるような怒りが滲んでいた。
「ゲイリー殿、これはいかがなことか!」
いまだ聞いたことがないようなジュリアンの怒声が響く。
「この傭兵は、アロースミス家の私兵。私にけがを負わせるか、この場に間に合わないようにするために、道すがら私を襲うように仕向けたというではないか!」
ゲイリーがたじろぐ。
「なにを言う。我が家に、そのような私兵は……」
「嘘を言うな」
しゃがんだジュリアンが横たわる血まみれの傭兵の頭部を掴み上げる。片目から涙より太い赤い血の筋が落ちていた。眼球を損傷しているようであった。
「もう一度、聞く。お前はどこ手のものだ。嘘を述べようものなら、この場で、もう片方の目をも覚悟しろよ」
掠れる声で、傭兵は呟く。
「あろー、すみ、す……」
どさりとジュリアンが傭兵の頭部を地面に落とす。立ち上がり、今度はゲイリーに迫る。
傭兵は、女王のために控えていた騎士数人が動き、取り押さえた。
「私を足止め、または、消すことで、決闘を有利にすすめようとするなど言語道断。女王の御前で誓った決闘でありながら、不敬極まりない行為である」
「知らない。私はそんなことは一切、知らない」
「知らないわけがないだろう。現にこの男は、アロースミス家の手先であると自白している」
睨むジュリアンに、唇を震わし、恐れを露にするゲイリー。
小物を冷たく睨んだジュリアンが、女王へと体を向ける。
「女王陛下。この決闘には水が差された。正当な決闘とは言い難く、白紙撤回してもらいたい。このような不純な決闘で、アリシア王女の婚約者を決めるなど、あってはならないことです」
女王は大きく頷いた。
「そんなことあるか!!」
ジュリアンの横から、怒声が飛ぶ。
剣を引き抜いたゲイリーがジュリアンに襲い掛かった。
ゲイリーが剣を大降りに振り下ろすより早く、ジュリアンは自らの剣を引き抜いた。
振り下ろされる剣は、素早い一薙ぎで払われる。
剣と剣がかち合う金属音が響き、空間が閃いた次の瞬間には、ゲイリーは地面にしりもちをつき、ジュリアンは振り払った剣を鞘におさめんとしていた。
ゲイリーの剣はくるくると宙を旋回し、地に落ちた。
侍る騎士達が、ゲイリーを取り押さえるなか、女王が一声を飛ばす。
「興が冷めた。決闘は白紙とし、アロースミス家を調査せよ!」
傭兵は長年、アロースミス家に仕えている私兵であり、その数は数十人いたものの、全員取り押さえられた。
決闘を汚しただけでなく、その後の調査で、アロースミス家がアリシアの父暗殺に私兵を動かしていた証拠が見つかったとして、アロースミス家は取り潰された。
王家暗殺の罪は重く、公爵とその妻、子ども、つまりはゲイリーも含めて、処刑が決定された。
アリシアが知ったのはそこまでだった。
処刑現場を見ることも、傭兵たちのその後のことも知らされない。
風の噂を繋ぎ合わせるなかで、女王陛下はアロースミス家が末弟暗殺の黒幕であると掴んでおり、アリシアの婚約話や決闘を、あぶり出しに利用していたのだと感づいた。
ゲイリーに決闘を申し込むようにほのめかしたのは、文官であり、その文官は、女王陛下の側近の文官と内通していたのだ。
誰を信じ、誰と繋がり、誰を疑ったらいいのか……。
まったく分からない。
貴族や王家の中心はなんと恐ろしいところかと、アリシアは骨身にしみた。
決闘における、事後処理中、アリシアは自室に軟禁された。
身を守るためとはいえ、未だジュリアンと会えず、婚約者についても宙ぶらりんのまま、放置された。
一週間経った。
本を読むしかやることがなく、穏やかな陽光を受け、窓辺で転寝をしてた時だった。
コンコンと扉がノックされる音が響く。
目覚め、「どうぞ」と声をかける。
ゆっくりと扉が開く。現れたのはジュリアンだった。
ぱっちりと目を開いたアリシアは、椅子を倒してしまう勢いで、立ち上がった。手にしていた本を閉じ、両手で握る。震える手で、本を持ち上げ、口元へと寄せると、涙が盛り上がった。
「失礼します」
ジュリアンは丁寧に挨拶し、歩みを進める。アリシアの傍に立つなり、跪いた。
「お待たせして申し訳ございません」
何も言えないアリシアは頭を左右に振った。
「すべての事後処理が終わりました。アリシア王女。改めて、お許しください」
「なにを?」
「あなたの婚約を女王陛下とともに、謀に利用したことを」
「いいえ……、いいの、それは。私こそ、ずっと黙っていて、ごめんなさい。ゲイリーのことを……」
「それこそ、私の方が謝らねばいけません。王女の経歴は調査済みであり、彼とのことも私は存じておりました。私の方こそ、知らないふりをして、貴女を不安にさせていたと思うと、心から申し訳ない気持ちです」
「知っていたの……」
唖然とするアリシアに、ジュリアンが強く頷く。
「貴族や、王家、城の内部は、策謀多く、なにが真実で嘘なのか、見分けがつかないことも多いものです。
ですが、私のこの気持ちだけは、陰ることなく真実であります」
ジュリアンはアリシアの手から本を取り、傍の机に置いた。
アリシアの両手を、自らの両手で包み込み、掲げる。
「アリシア王女。私は貴女を一人の女性として愛しております。どのような困難があろうとも、生涯、貴女の苦楽を支え、傍におりたいと思っています。
どうか、私の想いを、受け取ってくださいますように」
包み込んだ両手に、ジュリアンが唇を寄せた。
柔らかな感触が手の甲を伝い上ると、アリシアの背に歓喜が伝う。
伝導した悦びが涙腺を刺激し、淡い光の粒が盛り上がった。
「はい。ジュリアン様。
アリシアも、貴方を心から、お慕いしています」
すでに酒場に迎えに来てくれた時に始まっていたのだ。
吸い込まれるような、澄んだアイスブルーの瞳を見た瞬間から。
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