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アリシアが、王宮に移り住んで一週間が経つ。


街中の酒場で暮らしていた時が嘘のようなドレスを纏い、髪も手入れされ、愛らしい髪飾りをつけている。


窓辺に立つ薄化粧を施したアリシアに、酒場の娘の面影はない。


眼下には、城下が広がる。

その街並みすべてが、貴女のものだと女王直々に言われても、まったくもって実感が得られなかった。


その街並みの中に、養父母が営む酒場があることだけが胸に沁みる。

心はどこか寂しかった。




アリシアは、女王の末弟の一粒種であった。


石板は神獣の血を受け継ぐと言われる王家の血統を見分ける特殊な加工がしてあり、血が濃いものほど、発光力が強いそうだ。


酒場の室内を真っ白に染め上げたアリシアは、そこで血の濃さを証明してしまった。言い逃れはできなかった。


証言は酒場の夫婦(養父母)から得られた。


アリシアの父である、女王の弟は遠方の国境を守っていた。

そこで地元の娘と恋に落ち、その娘と子どもを連れて帰る途中、夜盗に襲われた。

夜盗は女王の差し金であると名乗り、弟と娘と子どもを殺害することを目的としていたのだが、そこは軍を率いる女王の弟である。護衛たちと野党たちと対峙し、アリシアの母とアリシアを守ったのだった。


おそらく野党と名乗っていたものの、彼らは野党などではなく、訓練された暗殺者だったのだろう。これは話しを聞いた騎士の見解である。


末弟は大切なものを守り切ったと思い、その場で息を引き取った。


しかし現実は無情にも、娘を守るために一太刀うけたアリシアの母も瀕死の状況で、三日と待たずに後を追ったのだった。


アリシアの母は、夜盗が女王の差し金であることをとても気にしており、従者として付き従っていた、後の酒場の夫婦にアリシアの存在を女王から隠すよう遺言を残した。


木を隠すなら森と、都に店を構えた夫婦はアリシアの実の父母の意向を長らく守っていたのだ。


事情を知った騎士達、そして、アリシアの嘆願、社会情勢を考えた女王によりアリシアを隠した夫婦の罪は赦された。

こうして、アリシアは女王の元に保護されることになる。


保護されてから、アリシアは十六年前の内政を知った。

女王には一人息子がおり、通常なら、その子が王太子になるところだが、その子は体が弱く、健康面での不安が伴っていた。


不健康な王太子では将来が危うい。

女王が健在であるにも関わらず、そう考えた臣下たちの間で、ひそかに次代の王をめぐって対立が起こり始めた。


王太子派と末弟派は水面下でいがみ合いを始める。


女王と末弟は年齢が十五以上離れていた。

二人の間には女姉妹(おんなきょうだい)が数人いたが、彼女達は皆、他国の王家や有力者に嫁いでいた。


不穏な内情を沈めるため、末弟を遠方に送り、息子を中心部に残すことで、次代の王が誰かを示そうとしたものの、火種はくすぶり、末弟暗殺まで引き起こしてしまう。


女王としては痛恨の痛手であった。


さらには、今から二年前に女王の子息も他界し、王家の正当な血脈に影が落ちた。


異国に嫁がせた妹たちから養子をもらう訳にはいかず、王家の血を引く公爵家も何家かあり、どの家から王太子を選んでも角が立ちかねなかった。


苦悩する女王は、藁にもすがる思いで、弟から、妻と子を連れ帰るという知らせを思い出し、失われた弟の実子を探す賭けに出たのだった。





窓辺で城下を見下ろすアリシアに一人の騎士が近寄っていく。

響く靴音に気づき、振り向くアリシアの横にアイスブルーの瞳の騎士が立った。


「アリシア様、肌寒くはございませんか」


騎士の腕にかけられたストールを見て、アリシアは首を横に振る。


「いいえ。寒くはないわ。大丈夫よ、ジュリアン」


アリシアを酒場に迎えに来た騎士は名をジュリアン・グリマルディと言い、グリマルディ公爵家の次男であった。

城に来てからも、アリシアの護衛役として、傍に配属され、甲斐甲斐しくアリシアに仕えていた。


「午前は図書室での勉強になるわ。行きましょう」


アリシアが歩き出すと、ジュリアンは黙ってついてくる。

廊下を歩く際も、無駄話はしない。


アイスブルーの瞳は吸い込まれそうなほど美しく見えるものの、貴族のジュリアン(おとこ)に、心まで許してはいけないという警戒心をアリシアは抱いていた。

どこで裏切るか分からない。ただ一度の苦い思い出は猜疑心としてアリシアの心に影を落としていた。


ジュリアンは、アリシアと教師のやり取りを見守るだけで、図書室の壁に添い立っているだけ。

常に傍にいても、邪魔にならないよう距離を取る。気遣いを示す時だけ、傍に来るような、完璧な護衛であり従者だった。


勉学を終えると食堂へ移動する。


昼食は女王陛下と共にすることが多い。


勉強の進捗具合の確認から国の内情など、話題は多方面にわたるが、アリシアにはちんぷんかんぷんな話ばかりだった。


衣装も食事も、自室も、与えられる何もかもが豪華になったのに、アリシアの心は満たされず、少しづつ、削り取られるように侘しさに苛まれていく。






そんなある日、ジュリアンがアリシアに申し出た。


「アリシア様、今度の休日、城下へ遊びに行きませんか」

「城下へ」


アリシアの目が見開かれる。

牢獄のような城から外へ出られると喜びで心が躍りかけ、期待してはいけないとぐっと喜びを押し込めた。


「女王陛下からの許可も取り付けております。私が護衛として傍につくことを条件に了解を得ることができました」

「了解を……」

「はい。アリシア様は長らく市井で暮らされていました。急に環境が変わられて、とても心細い思いをされているように見受けられましたので、女王陛下と相談していたのです」

「私のため?」


呟くアリシアに、ジュリアンは目を細め、微笑する。

ただ傍にいるだけでなく、アリシアの心まで気を配っていた事実に、アリシアは純粋に驚いたのだった。





ジュリアンとアリシアは月に二三回、街中を歩くことを許された。

生まれ育った街を歩くのはとても幸福で、アリシアの心を満たす。


行きなれた店や歩きなれた道。

たまに、ジュリアンに貴族が利用する店にも連れて行ってもらった。

なかにはゲイリーと来たこともある店もあったが、ジュリアンと一緒に訪れることで思い出が塗り替えられる。


養父母が営む酒場も健在で、会うこともできた。

三人は再会を泣いて、喜びを分かち合った。

ジュリアンと一緒ならたまに顔を出せると話す。自室も健在であると知り、アリシアは、思い出がつまった部屋に思わず走り出してしまう。

背後から、養母の「ほこりが舞うわ、ばたばた走らないで」という注意が飛んできて、耳に慣れた声音に、涙をあふれさせながら、アリシアは部屋に飛び込み、変わりない自室を前にし、その場で崩れ落ち、嗚咽を漏らした。


追って来たジュリアンに優しく背を撫でられ、感謝の言葉を繰り返しながら、彼に抱きつき、泣いた。





その瞬間からジュリアンとの関係が少しづつ変わっていく。

城の中でも、信頼できる人がいる。

そんな人が一人いれば、心はすっと落ち着いていく。

心が落ち着いてくると、勉学も安定してきた。





街中散策はいつしか、彼とのデートとなり、本心を明かさないままに、互いの心を震わせるアリシアとジュリアンの交流は、平行線のまま続いていた。






アリシアが城に移り住んで、一年後。


女王陛下がアリシアに「婚約者の定めに入る」と告げた。


薄々、気づいていたことだった。


アリシアは王家を次代へ繋ぐ役目であり、女王になるためにいるわけではないと。


幼少期から帝王学を学ばせる次期王を産むための娘として迎え入れられていると。


やはり、成人近くまで平民として育ってきたアリシアでは女王は心もとないのだ。


一旦、アリシアが女王の座を得ても、それは一時的なもので、実際に政を動かすのは現女王になることも目に見えていた。おそらく、在位期間も最も短い女王になるだろう。





ある夜、晩餐を終え、城の自室へとアリシアを送り届けた、別れ際にジュリアンが言った。


「アリシア様。私も、あなたの婚約者候補の一人となりました」


アリシアの心がぱっと華やぐ。


「嬉しいわ、私、女王陛下に婚約者ならジュリアンがいいと、喉元までいつも出かかって困っていたのよ」

「……ありがとうございます」

「私が選んでいいなら、ジュリアンが良いと言えるけど。女王陛下は私の意向を尊重してくださるかしら」

「女王陛下のお考えは計り知れません」

「でも、嬉しい。ジュリアンは、いつも私のことを考えてくれている人だから」

「至らないところも多々あります」

「そんなことはないわ。私は、いつも、あなたに助けてもらっているもの。心細い時に、傍にいて、私のことを考えて、行動に移してくれたことは、一生忘れないわ。ありがとう、本当に、いつも」

「もったいないお言葉です」


遠回しに想いを確認し合いながらも、本心を明かしきれず、二人は王女と騎士の関係に戻っていく。




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