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「すまない、俺との関係はなかったことにしてほしい」


ゲイリーが怒っているかのような厳めしい顔で告げた台詞に虚を突かれたアリシアは目を丸くする。

何を言われているのか分からず、小首を傾ぐ。


街中、どこにでもある裏口に通じる小道に呼びだされたアリシアに、別れを切り出したのは、一年前からつきあっていた男性だった。


いつもは丁寧な物腰の彼だが、今日に限っては、別れを切り出すからか、胸を張り、腕を組む横柄な態度である。


その態度から、アリシアは(私なにか悪いことをしていたかしら)と自分の落ち度を探してしまう。


「私、なにか悪いことした?」

「いや、なにも」


アリシアに落ち度がないとしたら、ゲイリーの事情だろうとアリシアはピンとくる。


「実は、俺は貴族だ」


(やっぱり……)


アリシアは、驚かない。シンプルな服装であっても、つぎもなく、いつも小奇麗で良い香りがする服装であれば、貴族と言われた方が納得できた。


「家の事情だ。察してほしい」


ここに至って、アリシアは、自分がゲイリーの火遊びの相手だったのだと自覚した。






アリシアはこうして、初めて付き合った彼に唐突に別れを切り出され、その関係を終えることになった。


何が悪かったの、身分の壁が高かったのかと、三日間悩んで泣くと、続いて怒りが湧いてきた。

遊ばれていたという自覚を得て、腹が立ったのだ。


それでも日々を忙殺する仕事があり、日常の忙しさにからめとられれば、顔を出さなくなったゲイリーへの気持ちは徐々に落ち着いていった。


三か月経つ頃には、観劇や高級料理店に連れて行ってもらったことなど、なかなかできない経験をさせてもらえたと良かったところに気づくようになり、思い出として割り切れるようになった。


(貴族の坊ちゃんが、街の酒場の娘に手を出すなんて、嫌になるわ。長く遊ばれるより、さっさと別れてくれて、助かったかも)


少しだけ強気なことを考えられるようにもなったが、最初に付き合った男性に、本命ではなく火遊びの相手にされていたとなると、すぐに次をという気持ちにはなれなかった。







そんな、ある日。

いつものようにアリシアは酒場の開店前の準備をしていた。


アリシアが働く職場は、両親が営む酒場である。

両親と言っても血は繋がっていない。

幼い頃に実の親に捨てられたアリシアは、親代わりの夫婦にとても大切に育てられていた。


床掃除を終え、ホールの机にあげた椅子を降ろし、テーブルを拭き始めた時だった。


ばんと酒場の扉が荒々しく開かれると、数名の騎士がなだれ込んできた。


驚愕し固まるアリシアに、母たる女将が傍に来て抱きしめる。

父たる酒場の店主が、二人の前に出て、毅然に騎士達と立ち向かう。

マントを翻す先頭に立つ騎士が父の前に立った。


「こんな平民の酒場に何用でしょうか」

「悪いことはしない。確かめにきただけである」


騎士はちらりとアリシアを見た。

その一瞥で、アリシアも(私に用事かしら……)と気づいてしまう。


騎士は懐から一枚の書類を出した。その書類を父に渡す。文字列を眼球で追いかける父が、最後まで読み瞠目し、顔をあげた。


「女王陛下直筆のサインが入った依頼書である。これは勅令と心得よ」


最前列に立つ騎士の横から、別の騎士が、手のひらサイズの石板を出す。紫の布で包まれていたのか、掲げる両手には紫の布が垂れていた。


アリシアは、手前の騎士のじっと見つめる。

透き通るアイスブルーの瞳は感情の色がなく、なにを考えているか分からない。

石板を手にした騎士は、店主を押しのけ、アリシアの前に立つ。

母を見下し、顎をしゃくる。震える母がアリシアから離れた。


文字通り、厚さ数センチのなんの変哲もない正方形のタイルのような石の版だ。


見惚れるアリシアは、初めて夜空に浮かぶ月を見た子どものような心境で、その美しさに息をのむ。

顔立ちも端正で、鍛えられた身体で見上げるほど高い。ゲイリーと比べても、騎士の方が数センチは上だ。


「この石板に手を」


騎士は前置きもなく、アリシアの前に石板を差し出した。

有無を言わせないアイスブルーの瞳に誘われ、アリシアは手を伸ばす。


真横で、抵抗できない母が悲し気な嗚咽を漏らしていた。

騎士の後ろで苦渋の表情を浮かべる父が視線を逸らした。


吸い寄せられるようにアリシアが石板に手を載せる。

とたんに石版は発光し、室内を真っ白に染め上げた。その光は、徐々に小さくなり、消えていく。


しんと店内が静まり返る。


これでいいの、とアリシアは不安げに騎士のアイスブルーの瞳を見つめた。


店に入ってきた騎士達が全員、いっせいに跪いた。


その同調した動きに驚く夫婦。

アリシアもなにが起こったのか分からず、目を白黒させた。


さっきまで見上げていた騎士たちの後頭部を見下ろし、(いったい、なにがおこったの)と不安になる。


足元に跪くアイスブルーの瞳をした騎士が顔をあげ、告げた。


「石板発光により、貴女は女王陛下の弟君が残した一粒種であると証明されました。女王陛下のご意向により、お迎えに参じました」


(私が王家の血を引く……)


そんな話を聞いたこともなかったアリシアは、ただただ驚くばかりだった。


【登場人物】

村娘:アリシア アリシア・コンティンスダイン

公爵令息:ジュリアン・グリマルディ(アイスブルーの瞳)

公爵令息:ゲイリー・アロースミス



読んでいただきありがとうございます。

全4話、本日12時最終話予約投稿済みです。

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