No.1 - 空気
またまた(仮)タイトルです。ぶっちゃけ最後まで書けるかわからないし、そんなに続けて投稿できないと思いますけど……まぁ、お試し感覚で読んでみてくれると幸いです。
親指で人差し指と中指の先を押さえ込み、デコピンの要領で軽く弾く
ドアノブを回すような独特の弾き方で三本の指はそれぞれ異なる方向へ動き、その中心から摩擦音と共に微かな火花が舞い散る。火花を起点として、爆弾の導火線のように小さな火が宙に奔った
咥えてた煙草に火が点き、軽く吸ってその火を伸ばす。溜め込んだ煙を憂鬱と共に吐き出して力を抜いた
「フゥ……俺がなにしたってんだよ、神サマ」
鬱になると考えてることがつい口をつく。『裏表が無くて、正直でいいこった』と真悟は言うが、自分にとっては皮肉にしか聞こえない
あぁ、クソ!どっかの退屈な中二病なボーイと違って、割と充実した人生だったのによ
いや、そりゃ彼女とかはいませんよ?えぇ、年齢イコオォォォッルいない暦ですとも!
それでも波風とか………………あんまり立ててないので、その辺は眼鏡を割るカンジで誤魔化しといてくれ神サマ
とにかく、親兄弟を心配させてまでこんなとこに来たくなかったわけですよ!一人っ子だけど
ついでに言えば彼は一人暮らしである、両親は健在だがこのおかげで彼の安否を気遣うのはずっと先になる
とにもかくにも十五年の人生の中で最も理解できず、且つ対応しきれない情報の氾濫に彼は途方に暮れていた
否、情報の無いこの状況に
「はぁ……どうすっかな」
ただ、彼にとって唯一の救いは――――
「まぁまぁ、気楽に生きましょうよ~」
この奇妙な事態に巻き込まれたのは、男孤独の一人旅じゃなかったということだった
あ、この『生きる』は多分誤字に非ズ。この人はいつもこんな調子だから『行き』だろうが『逝き』だろうが同じ顔で言いそうなんだ
「気楽にって、先輩ぃ……」
寝っ転がる俺を見下ろす、ストレートヘアの美人さんはウキウキ顔で答えてくれる
この人は、この見知らぬ土地にどんだけ居るつもりなんだろうか
俺は目の前でくるくる踊るハイテンションな女子学生を心配した
気がつけば、俺みたいな未成年が堂々と煙草を吹かせられる大草原
……そう、俺と先輩は見知らぬ場所に寝っ転がっていたのだ
最初は『誘拐』『拉致』、そんな新聞やニュースでしか見たことが無い言葉が頭に浮かんだ
先輩はどうだかわからないけど、自分を誘拐なんかしても何の得にもならない……まぁ、誘拐されるような心当たりはほんのちょっぴりあるんだけど
縛りもされなきゃ犯人もいない、不自然なこの状況とそこで浮かれまくってる女の子の話を聞いた結果、もしや国とか世界そのものが違うのでは、という結論に辿り着いたのだった
異世界ってのは、今のトコ先輩の願望である
「今時異世界モノなんて珍しくないじゃないですか~、テレビも映画も小説も?
あ、最近じゃエーブイなんかもあるみたいですね、幼馴染がベッドの下に隠してました」
「珍しくねぇよ!?コレ現実だよ!」
思わずその不幸な幼馴染さんに合掌した
さすが先輩だ、笑顔で男心を抉る
「あ、私とその幼馴染の関係気になってますね?安心してください嘘ですから、ホントは弟のです」
「いやいやいや、それ余計可哀想だから。姉にエーブイ見つかって毎日過ごすんですか、なにそのプレイ」
ホント浮かれまくってんな、嘘つく意味あったのか
弟だってこと隠したかったってんならいきなり暴露してるし……いや、この人のことだ。案外無意味なのかも
「先輩はソレ観たんスか?」
いい加減大草原を見渡すのに飽きた俺は適当に生返事すると、先輩は待ってましたとばかりにぱぁっと明るい笑顔を見せる
「ん~?ドレのことかなぁ~?ティーヴィ?ムーヴィ?それとも――――」
「ああぁ~もう言わなくていいいいっ!はいはい、聞いた俺が馬鹿でした!」
「……」
「……」
「エーヴィ?」
「言うなよっ!」
俺の反応を見てケラケラと笑う先輩
そう、こんなんでも先輩なのだ、たとえ身長がちょっぴり……小学生と同じくらい低くても、こっちの胸が痛むほどに胸が小さくても、顔は美人
初対面の人が見ればただのおマセな中学生、お姉ちゃんの制服を勝手に持ち出した悪戯っ子そのものである
「なんか失礼なこと考えてない?私年上だよー?」
先輩は『むぅ』と、ともすれば小学生にも見えてしまう犯罪チックなふくれッ面を見せた
……いや、やっぱ『可愛い』と言い換えていいですか、スミマセン嘘つきました『美人』じゃないです
顔は整ってて、黙ってると知的な美人だといえなくもないんだけど、膨れた顔が子どもっぽくて微笑ましい感情しか浮かんでこない
これで俺より年上って反則だっての
……なんて矛盾した人物評しているんだろう、馬鹿か俺は
自嘲で噴出しそうになった口元を、煙草を挟むフリをしながら押さえこむ
「ていうかダメだよ煙草なんて吸っちゃぁ、高校生でこんなの吸ってたらロクな大人にならないよ?」
言ってる最中、目にも止まらぬ速さで咥えてた煙草が分捕られた
……アレ?先輩意外と強かったりする?全ッ然手ェ見えなかったんですけど
「まったくもう、命は大切にしてください!」
「命って大袈裟な……」
先輩は俺と煙草を見比べて、不満げにその煙草を後ろへぽーい
「――――って、ちょ、待ておい、そのポイ捨ていいのか、ロクな大人になんねーぞ」
「もー!あー言えばこーゆう!」
頭をポリポリ掻いて、寂しくなった口元を撫でる
反論したいトコだが、また『こーゆう』って返されそうなのでやめておこう
ま、出火しそうにないし、いいか
「それに、ホラ……すぅ、はぁ~…………どうですか、この綺麗な空気!汚・さ・な・い・で、ください」
「空気、か」
異世界……あぁ、そう
ここはきっと異世界、なのだろう。外国にある大草原やどっかの工場のように俺の日常とは異なる
そう、まさしく“空気”が違うのだ
青い空、白い雲なんて陳腐な表現だけど、しっくりくる世界だった。濁りも穢れも視えやしない、この世界は不自然なほど浄化され切ってる
排気ガスや煙草、ヒトが造り続け、穢し続けてきた空気がこの世界には存在しないんだ
風に乗って、草の匂いが流れてくる……煙草に点いた火が進んだ
「いい風だな……でも青臭ぇ」
「あー!また吸ってるー!」
「見逃してくれ、数億の喫煙者がいる世界と違って、ここじゃたった一人なんだからさ」
草の匂いを肌で感じて、今更ながら俺は頭を悩ませていた
異世界に来たという実感……そしてきてしまったというこの事態の深刻さに頭を抱える
見知らぬ異世界に飛ばされてはきてしまったものの、これからどうなることやら
う~ん、まぁなんとかなるだろ
漫画や小説なら始まったばかりだ、イキナリ死亡エンドってこともないだろう
AVなら、っと一瞬先輩を見て……思考放棄
気を紛らわすために無理矢理話題を変えることにした。いつまでも考えてると、目の前の感の良いチビッコに気取られそうな気がしたのだ
「先輩さぁ、なんで俺たちがここにいるかわかる?」
無駄だとは思うが一応、同じ境遇の先輩に聞いてみる
「ご、ごめん……急にこんなとこに呼び出して」
「アンタが飛ばしたんかい!?」
「そんなことできませんよー、告白するならせいぜい“裏”にしときます」
やっぱわからないか、てか裏って……校舎裏?体育館裏?言い方怖ぇよ
えーと、なんでこうなったんだっけ
眉間に皺を寄せて、今日一日の行動を振り返ってみた
二人とも制服着てるってことは登校日だよな
たしか今日は――――
◆
放課後になると、俺は決まって真悟とつるんでハコ巡りしていた
特に目的なんてなかった、言うなれば子どもの秘密基地探しみたいなもんだ
広さ、音楽、外装に客層……最後は俺にはどうにも縁が無いわけだけど
自分の感性に合う自分だけの秘密基地を探し当てる。見つけた先に何があるかとかわからないケド、こういう遊びが『高校生らしい』そうだ。理解はできないが
授業が終わって、鐘も鳴り終わり、下校の時刻になりました。校舎に残っている子は街に繰り出して遊びまくりましょう。今日もいつも通りだった
昇降口前で真悟と待ち合わせして……あぁ、真悟は男の子です。男の子と放課後待ち合わせです、毎回…………クソ、言ってて悲しくなってきた
「ごめーん、待ったぁ?」
陰鬱な気分にトドメを刺してくれやがった真悟の尻に蹴りを入れて、俺たちは歩き出したんだ
それから、えぇっと校門出た途端に――――
「オラァ!」
右ストレートが俺を襲い掛かったんだった、みえみえだったんで躱したけど
殴りかかってきた奴が第二撃を仕掛けようとしたので、顔面キックで封殺しておく
他にも棒キレ持った連中が数人、ナイフ持った同じ制服の奴が待ち構えていた
「急になにすんだ」
何度か喧嘩したことはあったが、校門前で待ち伏せされたのは初めてだ。しかも相手の一人は同じ学校の生徒、自慢じゃないが自分の学校で揉めゴト起こしたことは誓ってない。無かったのに
「……つか、あんた誰?」
喧嘩の相手は毎回違うが、同じ学校の奴なら話し合いでなんとかできると思って、一応話し合い開始……いや、もう蹴っちゃったけどさ
相手はかなり興奮している様子で、折り畳みナイフを構え、今にも襲い掛かりそうな雰囲気である
「とにかくその物騒なもんしまえって、親泣くぞ」
「うるせぇ!お前が、友子……俺の友子をー!」
突き出されたナイフを奪い取り、腹に軽い膝蹴りを入れて距離を取る
突っ込んできたキレ男は無様に転んだが同情はしない
ん?友子?友子って、誰?
聞いたことない名前だった、知り合いにいたっけ?
俺の知り合い検索中、友子という名前は見つかりません。というか名前で『子』がつく女の子の知り合いは全くいませんでした。うるせぇよ脳内コンピューター
「あ、あぁ~、ひょっとしてキミ友子ちゃんの彼氏?」
隣で成り行きを見守っていた真悟が、気まずそうに鼻を掻いた
「真悟知ってんの?あ、お前の知り合いか」
「てめえが真悟かっ!人の女寝取りやがってぇ!」
キレ男君は矛先を俺から真悟へと向けた、よかったよかった俺じゃなくて
「いや、誤解だってあれは彼女の方から誘ってきたっていうか、こないだのクラブの雰囲気に酔ったっていうか……ノリで?」
「最低だなお前」
「ノリで寝るんじゃねぇー!」
「いや、ホントに誤解だぜ?俺友子ちゃんとは寝てないし、こんな喧嘩売られるほどのことはしてないって!」
聞いててムカついてきた、こいつと友だちやめようかな
ハコ巡りのとき、真悟は何度か消えることがあったけど、こーゆーことだったのか
くそ、こいつだけモテモテじゃねぇか
「いや、だから誤解…………チッ、こーなりゃ仕方ねぇ、俺たちの友情パワーでぶっ飛ばしてやろうぜ相棒!」
「わかった、残像だけ残してやる」
俺は筆箱を取り出し、『田中』と書かれた消しゴムを校門の上に置いた
「見捨てないで……って、えぇぇぇぇ!!?田中って誰!?」
「拾った消しゴムだ」
「田中も俺も可哀想だろ!」
「いや、自業自得だろ。真悟としては俺の活躍を期待してるんだろうけど、話し聞いててむしろ俺はむこう側の味方したくなったよ。
田中さんのほうは、高校生がいまだに消しゴムに名前書いてる時点で既に可哀想な子の気もするんだが」
とりあえず犠牲になった田中さんには今度謝っとこう、いやどこにいるのか知らんけど
「だいたい悪いのオマエなんだし、モテ男だし、ムカつくよ死ねよ」
「友だちに死ねなんて言っちゃいけないんだぞ!!!」
「俺に友だちはいない、俺はいつも孤独だ」
「そーやって普通にキメられるのになーんで女にはモテないんだろなぐぼぇっ!!!」
急に冷めちゃって余計な事を言っちゃったノリの悪い子に、ちょっぴり強めのボディブローをかましてからこの場から離れようとすると、キレ男君たちは無言で通してくれた。俺はどうやら放免のようだ。そもそも人違いで殴りかかってきたんだし、あっちも非は認めたんだろう
真悟は首根っこ掴まれてどこかへ連れていかれた。『田中』は無視されたので、明日憶えてたら回収しておこうと思う
まぁ真悟は結構強いし、ナイフは取り上げたし、残念ながら死なないだろうけど少し痛い目にあってもらおう
真悟はやればできる子だ…………って、まさかヤッたからできちゃったとか?
自分の笑えないジョークに身震いしながら、俺は私刑の理由を考えないよう努めた
考えないようにしつつも、つい『真悟もとうとうパパかぁ』なんて想像もつかない未来を呟いてると
「珍しいね、キミ一人?」
先輩が話しかけてきて、自然と一緒に帰る流れになって…………ん?アレ?
◆
「……先輩と会って、そっから先の記憶がないな」
「うんうん、私もだ。たぶん一緒に帰るってことになったと思うんだけどねー」
この状況にいつも通り(いつも以上?)に飄々(ひょうひょう)としている彼女を見て思う……本当にこの人が連れてきたんじゃないよな?俺も落ち着いちゃいるが諦観に近い。まだここが異世界だと決まったわけじゃないが、どうしようもない仕方ないからまず落ち着こう、って結論に早く辿り着いただけだ。
先輩はそれを通り越して完全に楽観視している、彼女の力を考えれば疑うなというほうが難しかった
「おぉー!ねぇーねぇーほら見てみて、蝶々だよちょーちょ!異世界にもいるんだね――――」
というかあまりの出来事に先にイカレちゃったんだろうか?
やめてくれ、見知らぬ土地で相方が先にイカレちゃうとかありえん
「――――こーゆう虫ケラがっ!」
「え?」
ぐしゃり、と
虫嫌いの先輩によって罪無き蝶は踏み潰された
なんだ、いつもの先輩だった
しかし、このヒトは世界は変わってもやることは一緒かよ
先刻まで命は大事にーなんて言ってたのと同じ人物とは思えん
「あーん、もう!どうせなら虫のいない世界に来たかったのにっ!」
「そういわれてもな」
蝶を踏みつけた足をさらにぐりぐりしながら文句言う先輩
俺は先輩が落ち着いたのを見計らって声をかけた
「あっ……先輩?先輩の能力で帰れないわけ?」
俺たち二人はどちらも学校で能力者講習を受けて、優性結果をもらった能力者だ。適正者は全世界で約二億人に一人という確率で現れ、俺の通う学校では全生徒中三人しかいない(これでも多いほうだ世界的に見れば)。その縁あってこんなちっちゃ……美人先輩と知り合うことができたのだった
能力者は様々な面で優遇され、公共施設では国から能力向上の施設が設けられるし、援助金も施される。だからわざわざ異世界に来なくてもそれなりに楽しい生活だったんだが
「うん、ダメなんだよ~。私の空間転移は過程が抜けてると成立できないんだ。
空間を非連続的に飛び越えるための条件、みたいなものかな。
それに今回の場合、惑星単位でジャンプしなきゃいけなくなるし、異界ってことになるとひょっとしたら並行宇宙型次元跳躍をしなきゃいけなくなるかも」
その言葉に俺が首を少し傾げると、先輩は『う~ん』と唸って、説明文を必死に考えてる
やがて考えがまとまったのか、出来の悪い生徒のために再び説明し始めた
「ん~と、簡単にいうと……ドアがあるじゃない?ドアを開けないとその先には進めないよね
通常、空間転移っていうのは座標や風景さえ決まっていれば、過程を省略してどんなところでも飛べるんだ。
でも私の能力は出来損ないでね、ドアを“開ける”という動作を知らないの。
だからしっかりとその動作を覚えさせてからじゃないと、適当なところへ飛ぼうとしてもドアの手前で勝手に止まっちゃうんだ」
「へー、そうなんだ」
俺は適当な生返事をかえした
一生懸命説明してくれている先輩には悪いが、イマイチ想像できないため、半分くらいしか理解できてない
やっと理解できたのは、先輩と俺の頭の造りがだいぶ違うってことくらいだ。理解の足らない頭ですんません、ホント
「瞬間移動なら簡単なんだけどね。条件を満たせば障害物も飛び越えられるよ。
でも今回の場合は、何度もいうけど過程がわからないから……万一使えたとしても、ここが単純に別の惑星とかだったら宇宙服もないまま、宇宙に飛び出しちゃうかも」
「うひゃ、そりゃ怖ぇ」
今度は宇宙空間に投げ出された死体付きで想像できた
先輩の瞬間移動はあくまで『移動』扱いだということか、壁の先に空間があるとわかっててもその壁が途切れなければその先には決して行けない、みたいな?
まぁ、煙草に火を点けるくらいしかない俺なんかより、ずっと便利な能力だとは思うけど
シリアスな説明に楽しげだった頭がクールダウンしたのか、先輩が神妙な面持ちでこちらを覗き込む
「ふぅ、真剣にどうしよっか?街とか探したほうがいいんだと思うんだけど、方向もわからないし、そもそもそんな文明ある世界なのかな」
「う~ん、ゲームや小説なんかだとこの後大抵――――」
「どうなるの?」
「おい貴様ら、そんなところでなにしてるんだ?」
「――――っていうイベントが発生するもんなんだ」
小さな先輩は満面の笑みを浮かべ、その小さな胸の前で小さく拍手した