第67話 「楔との語らい」02
「魔女の生き血を飲めば不老不死になれるとか、超常的な力を得られるとか信じられていたらしいからな」
そういった伝承が魔女狩りの一因だったりする、と正人は言う。しかし魔女の力を目にしている分、それに信憑性はあると思えてしまう。
「本当なのか?」
正人は肩をすくめて首を横に振る。
「少し違う。不老不死まで得られる者はまずいない。そういった類いの加護を受けられるのは楔だけだ」
なるほど。
流石にそんな力が得られるならもっとやばい連中があふれているのだろう。
正人は眼鏡のブリッジを持ち上げる。
「確かに魔女の体液は楔にとって特別な意味があるが……」
正人はそこで言葉を切る。
クラウディオはその不自然さに首をかしげた。しかし正人は顔をそらして改めて口を開く。
「……まあ、加護を得るなら契約するだけでも良いんだ。親密な関係を築ければ、それだけ加護も強力になる」
何故か取り繕うような言葉で締める正人にクラウディオは察してしまう。
それを気付いてないフリをするためごまかす言葉を選んだ。
「案外、楔というのは利点が多いんだな」
「まあ、な……」
月乃が何やら恥じていたのはスキンシップや親密な関係を楔と築くことへの羞恥だったのかもしれない。
月乃にとっては魔女と楔だけが己と対等なのだろう。その証拠に以前介護としてクラウディオに全裸を晒していたときは羞恥も何もなく、一緒に入浴までした。
犬や赤子に裸を見られて羞恥心を感じるものはいない。それと同じであのときのクラウディオは羞恥を感じるような相手ではなかったと言うことだ。
「……魔女にとって、同じ魔女と楔以外は己と違う生き物として見ているということか」
クラウディオは少しばかり複雑な気分になった。
クラウディオの言葉に何かを感じたのか、正人は小さく溜息を吐く。
「月乃は月乃で感性が特殊だからな」
クラウディオは眉間にしわを寄せる。しかし正人は付け加えるように言った。
「ただ、最近の月乃は以前より人らしいと思うぞ」
「クラウディオが一緒に住むようになってからだ」と正人の言葉に、クラウディオはほんの少し胸の中の絡まった糸のようなものがほぐれた気がした。
「明日も攻略があるから早く寝よう」
「そうだな……」
うんざりするような「完璧な食事」を当分食することになる。けれどそれ以上にまだまだ試練は続く。
今日のインキュバスとサキュバスのように、何が出てくるかわからない。早くからだを休めて攻略に向かおうと、ふたりはそれぞれベッドに入った。
クラウディオは久しぶりの少し狭いベッドのため、正人は久しぶりの独り寝のため、いつもの寝床より寒い気がした。
クラウディオと正人が眠りに落ちた頃、ふたりをこの試練にぶち込んだ張本人たちは先の戦いの映像にかぶりつきになっていた。
「おおー! すごいねすごいね! 月乃司書は『鬼の魔道書』を降ろしていたのか!」
「はは~、すごいッス! 前借りた司書だとここまで火力でてなかったッスよ!」
「月乃お姉ちゃんのサキュバス可愛かったのにぃ~勿体ない! 格好が良い趣味してるよねぇ」
「正人監査官もすごいッス! まさかこんなに動ける人だとは思わなかったッスねぇ~」
「定家くんのインキュバスについては他言無用だぞ! 監査部門に定家くんがつるし上げかねないからな!」
「はぁい」
やいのやいのと騒ぎながら彼らはモニターを眺めている。その背後で扉が開いた。
「邪魔する」
「あいや、シンシン収集部門長!」
狐顔のシンシンが、その後ろにクラウディオ並の大男を伴って現れる。その人物にタイラーはバイザーの向こうで目を見開き、椅子から飛び上がるように起ちあがった。
「バロッツァ! 久しぶりだな!」
「やあやあタイラー、久しぶりだね」
タイラーも大柄であるが、それが小さく見えるほど現れた熊のような男――バロッツァは巨大だ。年齢はタイラーより上だが筋肉で膨らんだ体格は、とても老年期手前にはとても見えない。
バロッツァはタイラーと抱き合い、お互いバシバシと背中を叩く。
「今日は一体どうしたんだい? 収集部門の戦闘訓練はあったかな?」
「自分が呼んだんだ」
タイラーの問いかけに、シンシンが答える。シンシンは眼鏡をつまんで持ち上げ、画面に映し出されたクラウディオと正人の戦闘場面を見る。
「そうなんだ! シンシンから新しい訓練システムのテストを行うと聞いてね。息子も世話になるだろうし、見ておこうと思って」
隣のシンシンの頭を子どもにするように大きな手でわしわしと撫でるバロッツァ。シンシンは髪を乱されているにもかかわらず、満更でもなさそうな顔をしている。
「収集部門の鬼畜」だの「狐顔の悪魔」だの言われているというのに。
「ははぁ、これが『神曲』か。ダンテのアレがモチーフなのかな?」
「ごめいとーぅ」
顎の髭を撫でるバロッツァに楽しげに答えるタイラー。しかしクラウディオと正人が対峙していたサキュバスとインキュバスを見て首をかしげた。
「おや、もうこれは終盤なのかい?」
画面を指さすバロッツァに、タイラーとヘルガはにやぁ、と笑う。どうやら想定していた反応らしい。
「ふっふっふ……これは煉獄の山を登るんじゃなく、降りるのさ」
「正確には塔なんスけどね」
「そこ! 余計なことは言わないの!」
つまりこのあとふたりに訪れる試練は「暴食」ということになる。バロッツァはなるほどなるほど、と興味深げに画面を見ていた。
「これは若い頃になくて良かったなぁ。ダレンがやったら最初の試練で絶対に降参するよ」
わはは、と笑うバロッツァにタイラーもイーヴォも「全くだ」と一緒になって笑っていた。
諸事情により現在もう一本の連載を優先しています。
月一、二回のペースになると思います




