表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/80

第66話 「楔との語らい」01

 苦行としか言いようのない食事を終えたクラウディオと正人は「眠り姫」と最初の試練を終えた疲れをようやく癒やし始めた。

 身を清め、しばしの睡眠を取ろうと言うことになった。幸い、パジャマは用意してある。ランドリーボックスには「入れておけば寝ている間に洗濯と乾燥とアイロンがけを終えて戻ってくる」と書かれたメモが入っていた。

 なんとも便利なものだ、と思いながらクラウディオは準備に取りかかる。

「クラウディオ、シャワーは先に入ってくれ」

「ああ、了解した」

 クラウディオは一晩と半日分の汗と汚れを落とすため、シャワー室に入る。

 どうにも月乃との生活で「入浴」という行為に慣れてしまったためか、少し物足りない気もする。

 熱めの湯でしっかりからだを温め、血流を良くして付属のボディーソープでしっかり洗い上げる。細かい傷に少ししみるが、あまり気にしない。

 昔より長めにシャワーを浴び、しっとりとした髪のまま寝間着を身につけ部屋に戻る。

「正人、出たぞ」

「んっ! あ、ああ……」

 何故か驚いた様子の正人に疑問符を浮かべながら、彼と入れ違う。

 クラウディオは水分摂取をしながらソファで今日のことを振り返っていた。


――本当に、なんなんだ……


 クラウディオはどうにもモヤモヤしたものが腹にたまっていた。

 定家が言っていた「月乃の楔は無理だ」やら「魔女は寄り添う人が必要」やら言っていた。タイラーも「魔女の側にいるにふさわしい力を」とかなんとか……

 クラウディオが魔女について知っていることは存外少ない。

 そのからだに神と呼ばれる超常を封じていること。

 楔に関する御伽噺。

 楔が魔女にとって解消できない契約の縛りで、「特別」であること。

 定家はもちろん、月乃も魔女と楔についてしっかり語っていない。自分が尋ねていなかった、と言うのもあるが流石に説明不足すぎである。そんな詳しいことも何も知らないのに振り回されているような気分だった。

「どうした、眉間にしわ寄せながら唸って」

 ちょうど正人がシャワーを終えて出てきたらしく頭にタオルを被せていた。

「……魔女に寄り添うだのなんだと言うが、あいつらならひとりも生きていけるだろう?」

 額に手をやり、眉間付近をもみほぐす。ヤケクソ気味の言葉だった。

 事実、圧倒的な強さを誇る魔女。

 「ダゴン事件」の時の魔女もか細い老女だった。歪められていたらしいが、それでもあの強さだった。

 定家に至っては強さ、柔軟さ、そして器用さからどんなところにいても問題なくやっていけるだろう。

 そんな魔女に何故寄り添う者が必要なのか?

「お前、それ本気で言っているのか?」

 正人が目を丸くしてクラウディオを見ていた。


 正人は楔だ。それ故、クラウディオの認識と齟齬があるらしい。その言葉にクラウディオは首を傾ける。

 楔の重要性が未だによくわからない。正人がこの腹にたまったモヤモヤを解消してくれるかもしれない、と思ったのだった。

「クラウディオは魔女と楔についてどれくらい知っている?」

 ソファに向き合うよう、掛けた正人はペットボトルを片手にクラウディオを見る。

 わずかばかりの情報しかないことを正人に伝えれば、彼は目頭に手をやり唸った。

「月乃は……まあ、彼女はそう言うところがあるからな……聞かれないと答えないし、多分未だに君を手放す気でいるんだろうな」

 もう『白紙の魔道書』として存在を知られているというのに、月乃は己を自由にするつもりでいるらしい。

 その言葉にも少しモヤ、としたものを感じつつクラウディオは正人の詳しい説明を待った。


「魔女がもたらした厄災というのは数多あるといわれている。怒りにまかせて村を焼いたとか、その美貌をもって国を傾け戦争を起こしたとか」

 御伽噺めいた内容に少し白けそうになる。クラウディオの知識にある、月桂樹やオジギソウの伝説に近い気がしてならない。

 月乃から聞いた魔女と楔の話も「御伽噺」の域を出ておらず、こんなに真剣に話されるようなことなのかと疑問に思ってしまう。

 それが正人に伝わったのか、正人はため息をひとつ吐く。

「そういった理由から魔女を討つために数多くの人間が犠牲になっただの、魔女と楔による聖戦があっただと……ここまで来ると流石に真偽不明だ。伝承やら昔話には尾びれ背びれがつきものだからな」

 正人自身も言い伝えなどはイマイチ信じていない様子ではある。

 しかしそれならば、正人は何故楔なのか? その疑問がクラウディオの中で頭をもたげた。

「だがな、魔女への迫害や堕ちた魔女がいたことは事実だろう」

 その確信めいた言葉に、クラウディオは片方の眉を上げる。正人は真剣な顔で手を組み、背を丸めた。

「考えても見ろ。月乃はともかく、定家をひとりにしたら大変なことになるだろう?」

 クラウディオの頭に浮かぶ、あの軽薄な笑みの定家の顔――それだけで一瞬苛立つが、頭の中で図式が組み上がっていく。


一、定家を放置する。

二、ストッパーがいない状態になる。

三、厄介ごとをばら撒く。

四、世界が混乱する。


「……」

 沈黙するクラウディオに正人は「わかったろ?」と言う表情をしながら肩をすくめた。

 定家は身内に過保護なところがある。それを思えばそちらに――特に楔である正人に興味が向いているので厄災がばら撒かれないだけなのだと気付き、ようやく腑に落ちた。

しばらく更新ペースが落ちるかもしれません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ