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第65話 「完璧という名の皮肉」

 ふたりは無言のまま、しばし無言でいると扉を見付けた。

 「お休み処」と書かれたそれは、ウサギが描かれていた扉とは大分印象が違う。無骨というか、そこだけシェルターのようなのだ。

 クラウディオは念のため警戒しながら扉を開ける。そこはリゾートホテルの客室を思わせる部屋だった。

 部屋に入ってすぐ、トイレとシャワールームがあり、アメニティもあれば小型冷蔵庫機能のある棚がある。更に奥に進めば広々としたベッドルームも複数ある。パーラールームには座り心地の良さそうなソファと大きなモニターまであった。

 しばし呆然とソファの前で立ち尽くしているとモニターが突然付いた。正人は肩を跳ねさせてモニターを振り返り、クラウディオは身構える。

 そこには蛍光色頭のタイラーが映し出されていた。


『やー! お疲れ様おふたりさん! 最初の試練は乗り越えられたようで!』

「……」


 タイラーのアッパー系の薬でもやっているんじゃないかと思う明るさに、ふたりは渋い顔で沈黙する。

 正人は自分の願望を墓穴で掘り、クラウディオは守ると決めた月乃の姿をしたものを焼いた。なんとも言いがたい気分なのだ。タイラーの楽しげな様子にはとてもではないがついていけない。

 ふたりからの反応がないことに残念げに肩を落とすタイラーは仕方なく部屋の説明を行った。


『食事はそこに用意してあるから、好きなだけ食べて休んでいいからね。まあ、君らは時間制限があるから、何日も滞在しない方がいいと思うけど』


 モニターに映るタイラーの口元はにんまりと上品ではない笑みを浮かべている。



 酷く心身ともにおっくうな状態になっているクラウディオと正人は、タイラーの言葉を聞き流した。

 クラウディオが小型冷蔵庫のある棚を確認して、冷蔵庫を開けだした辺りでタイラーはモニターから消失した。

 冷蔵庫の中にはミネラルウォーター各種。棚には紙っぽい容器に「Perfect Meal(完璧な食事)」と書かれてた大量のパッケージ。

 クラウディオはぎっしりと詰められたそれをとりあえず四つ取り出した。なんとなく軽い気がする。


「正人、とりあえず食おう」

「……そうだな。考えてみればずっと何も食べていなかったな」


 最後に食事をしたのが凜音と戦う前。設置されている日付と時間を確認すれば、丸々一晩に加えておおよそ半日。

 説明ではまだこの後六つの試練がある。何はともあれ腹を満たして休息を取り、次に備えねばならない。

 二人は椅子にかけ、ミネラルウォーターと「完璧な食事」を開ける。


「……なんだ、これは」

「……これが、『完璧な食事』?」


 容器を開けると直線的に仕切られたワンプレートが現れた。

 ショートブレッドにも見えるがバターの香りが一切無いブロック。

 緑、赤、黄色のシート。

 「おそらく」肉といえるがなんの肉か不明な物体。

 白いゼリー状の何か。

 そしてサプリメントと思われる錠剤やタブレット――

 パッケージに書かれた説明にはどういった栄養があり、どういった素材で作られ、どれくらいのカロリーがあるか書かれている。確かに成人に必要な栄養素が十分に取れる「Perfect Meal(完璧な食事)」ではあるようだった。


「……」


 ふたりは沈黙した。

 クラウディオにとっては軍役時代によく食べたレーションの一種だと思えば慣れ親しんだものだ。栄養面が考慮されている意味では完璧で、良い方のものだ。

 蛇を捌いて食べるよりずっと衛生的だ。

 しかしわざわざ携帯食を用意する意味はあるだろうか? ここも戦場であることは間違いないが、ないのだが……

――ここまで用意できるならスープのひとつでも作った方が手軽に見えるんだが……


 とりあえずショートブレッドに見えるそれを口に運ぶ。ほんのりと塩気を感じるが、ざらつく舌触りと半分ほど口に含んだだけで水分を持っていく分、食べるのが苦痛だ。

 水で口を潤しながら嚥下をする。

 正人も苦痛なのか、眉をしかめながらブロックをかじっては水を飲んでいた。

 カラフルなシートに噛みつけば、薄いグミのような感覚が歯に伝わる。トマトの味がして、酸味はしないが青臭い。緑は葉野菜の苦みと、瓜臭さがある。黄色はカボチャの風味がした気がした。

 謎肉に至ってはほぐした肉の繊維と脂肪を塊にした風で、塩気が強くて水が欲しくなる。しかしこれで塩がきいていなかったら脂の後味がなんともいえないだろう。


 ふたりは沈黙したまま食事を終えた。味がどうであれ、腹は満たされからだに活力を与えたらしい。

 正人がおもむろに口を開いた。


「手軽で効率的な食事だったな……実に研究部門らしい……」

「俺にはイマイチ理解できない『完璧な食事』だった……」


 正人は定家の作る食事が、簡素ながら自分の好みに合っていたのを思い出す。

 クラウディオは広々としたキッチンで良い食材を好きなだけ使って好きなように食事を作らせてくれた月乃を思った。



 ふたりの男は先ほどの試練より、ある意味キツい苦難を乗り越えたのだった。


ディストピア飯回。


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