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第64話 「寄り添うために」04

 レースとフリルで飾られたサキュバス月乃と卑猥を形にした肌面積の多すぎるインキュバス定家。彼らはクスクスと笑いながらクラウディオと正人を空中から見下ろしていた。

 正体がわかったとはいえ、視線が合えば思考に霞がかかり、猛烈な恍惚感に襲われる。

 抗いがたい誘惑に体中がぞわぞわした。


「やっかいだ……」


 クラウディオは『白紙』故に魔術的な者の影響を受けやすい。下手をすれば無抵抗なままやられてしまうかもしれない。

 クラウディオは自分の中で使える能力で、あの魔物を倒すに最適なものはどれかと思考を巡らせた。

 守ると決めた相手姿をしていると言うだけで、やりにくい……

 クラウディオは以前、すりおろしてしまった器の彼女を思い出してしまった。


「絶対倒す……後で定家の尻をしばき倒してやる……」


 正人はと言うととなりで耳まで赤らめてブツブツと独り言を言っている。不本意な形――墓穴という――で自分の願望をばらしてしまったことがあまりにも不憫だ。

 怒りが頂点に達しているのか、目の前のインキュバス定家に対し、正人は尋常ではない怒りに震えている。正人は村雨を解除し、別の鍔を柄に装着した。

 普段の彼らしからぬ強い語調で二重と呪文を唱え出す。


『天空神の声を二度斬りしもの! 始源と絶対無を重ねた思考なるもの! 凶暴性を両断せしもの! 顕現せよ、雷斬ッ!!』


 現れた刀はバチリと帯電する。正人が一振り払うと、まるで雫でも飛ばすかのように静電気が切っ先から飛んだ。

 電気がはじけるような音が響く中、正人は深く踏み込み、そのからだに雷がまとわりつく。

 次の瞬間、正人のからだは消える。


「ッ?!」


 驚く定家の姿をしたインキュバスは辺りを見渡した。が、それが隙になる。

 次の瞬間、インキュバスの懐に現れた。インキュバスは精神面での攻撃を仕掛けるためか、奴には回避できる距離ではなかったらしい。その腹部に刀を突き立て、勢いのまま薄布をを巻き込み壁に衝突する。

 衝突した衝撃で、インキュバスのからだは壁にめり込む。


「招雷!!」


 正人の声と同時に刀から爆発的な雷撃が発生する。本当に雷が落ちたと思うくらいの衝撃が、一帯に響いた。

 まさに電光石火――

 時間にして五秒もかからぬ戦闘だった。

 正人もまた、超常の力を操る実力の持ち主であることを改めて確認する。

 からだを黒焦げにしたインキュバスは、未だ定家の姿で正人の頬に手を伸ばす。そっくりな笑みを浮かべた。


「またね」


 そう言うとからだを崩れさせ、バターのような香りを残して消えていった。

 インキュバスは精神を揺さぶる攻撃を得意としているが、このときのふたりはそんなことは知らない。苦々しく嫌そうな顔をし、正人は壁に深々と突き刺さった刀を引き抜く。


「定家の代わりに言ったつもりか、ふざけやがって……」


 忌々しげにしている正人。そして未だサキュバスに攻撃を仕掛けられずにいるクラウディオ――その様子を月乃の姿をしたサキュバスが楽しげにクスクスと笑いながら空中で見ていた。

 とても無邪気な様子でころころ空中で転がる様子は、月乃の普段のたたずまいとは異なる。しかしあの見た目で、「魔道書」関係の時の上機嫌な時の様子を知っているだけに「それっぽい」と感じてしまう。


「やりにくい……」

「ああ、全く同感だ」


 正人も眼鏡のブリッジを持ち上げて苦い顔になる。

 人は視覚情報につられやすいものだ。ほんの少し前に自分たちを散々煽って挑発し、怒りを植え付けていった定家の姿をしたインキュバスなら、ふたりはいくらでも殴れた。しかしクラウディオにとっても正人にとっても恩の方が大きい月乃の姿を取られるとやりにくい。


「あらあらあら。やりにくい? それなら美味しくいただかれてくださらない?」

「……」


 自分の唇を指で撫でてみせるサキュバスに、クラウディオは沈黙した。それから正人を背後にするように立つ。その行動に正人もサキュバスも疑問符を浮かべる。


「正人、絶対に俺の前に出るんじゃないぞ」


 クラウディオは腰を落とし、右手を強く握り混む。ぐっと右腕を引くとその拳に炎が灯った。

 サキュバスは驚いたようだったが、動揺はしない。からだをくねらせてポーズを取り、甘さを含んだ声でクラウディオに声をかけた。


「わたくしを殴れますの? その炎の拳で?」

「……殴りはしない」


 顔をしかめたまま答えるクラウディオに、サキュバスはますますわからないと首をかしげた。

 しかし次の瞬間、寒気が走る。サキュバスは生命的本能に従い一目散に逃げだそうとした。


「大丈夫だ。一瞬で終わらせる」


 クラウディオが不遜な台詞を吐いたかと思うと、力を込めて炎の拳を突き出す。

 クラウディオは視線を落とし、けしてサキュバスの方を見なかった。

 次の瞬間、拳から火球が放たれた。ただそれだけでは終わらない。

 火球が乗算で増えていき、最終的にはの上下左右を埋め尽くす。


「ああぁあぁっ!」


 視界を覆い尽くすほどの弾幕がサキュバスを襲った。

 逃げ場はない。身を丸くし、防御姿勢を取るも鬼火の火力は強く、そのからだをものの数秒で焼き尽くした。

 サキュバスはインキュバス以上に焼け焦げ、ほんの少しミルクのような甘い香りだけを残して消えた。

 クラウディオは一層苦い表情を浮かべ、立ち尽くす。



 半分以上が焼けた部屋で、正人もクラウディオも無言だった。


昨日今日と、短編の方がランキング入りしたので大変嬉しく思います!

こちらの連載も頑張ります!!

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