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第59話 「魔女の劇場」04

拉致事件発生!

 クラウディオと正人は拉致された。ヘルガによってひょうたんに吸い込まれて。

 「正気か?」と言われそうだが事実である。定家の散々の挑発を最後に、その後の記憶がない。眠らされていたようだ。

 少々の揺れを感じ、ぼんやりとしつつも目を覚ます。そこは小さな休憩室程度の広さの空間で、ふたりは転がされるように寝そべっていた。


「う……正人、無事か……?」

「あ、ああ……」


 正人は顔を伏せてクラウディオの方を見ないようにしながら眼鏡を確認する。きちんと装着されていることを確認するとようやく顔を上げた。


「一体何がどうなって……」

「……わかるのは研究部門と定家がグルになっているってことだけだ」


 ふたりの脳内に浮かんだ定家の小憎らしい満面の笑み――定家に対する苛立ちが、再びふたりの腹部を煮えさせる。

 そして程なく揺られた後、ふたりのからだは頭上からの吸引力で宙に浮かんだ。

 ふたりが放り出されたのは屋内の、四・五十平米ありそうな部屋だった。薄暗く、天井にひとつだけ光源がある。

 頭上からのスポットライトのみが照らしていた。

 目の前には白衣にアイスクリームを思わせるピンクとブルーの髪を動物耳の形にした女――ヘルガはひょうたんを腰に引っかけて笑っている。

 彼女の背後には蛍光色の頭をした、パンクなのかロックなのか、サイバーなのかもわからない格好をした虹色のバイザー男がいた。

 目元の見えないその男――タイラーはふたりの前に歩み出てにんまりと笑い、両腕を広げた。


「正人監査官! クラウディオ補佐! 鍛錬部屋へようこそ!」


 周囲に炎が走り、部屋が明るくなり、周りの確認がようやくできる。

 スポットライトだと思っていたそれは月を模したライトだったらしい。床には世界地図が描かれていて、炎だと思っていたものは壁に投影されているらしい偽物のようだ。

 その中央には扉がある。その後ろには空間を思わせる部分があることから、これは階段へと続く扉だろうと察せた。


「定家くんから頼まれてねぇ。ふたりにはこれから試練を受けてもらうんだけど、彼から言づて」


 タイラーがパチン、と指をはじくと、ヘルガが咳払いをした。


「『正人とクラウディにはこれから研究部門特製の鍛錬を受けてもらって、それをクリアできたらふたりの勝ちってことで。あ、ちなみに二週間以内にクリアできなかったら俺様の勝ちだからね~』だ、そうです」

 あまりにもそっくりな定家の真似に、クラウディオと正人は憎らしい笑顔が思い浮かび、思わずいらついた。

 上機嫌に佇むタイラーとヘルガは何かを待っているようである。

 すると、背後からペタペタと小柄な人間が必死に足を動かしてかける音がした。

 何事かと振り返ると、そこにはぶかぶかの白衣とシャツ、ズボン、靴はどこかで放り出したのか素足の少年がこちらに向かっている。一生懸命走ったらしい彼が、こぼれ落ちそうなくらい大きな目をキラキラさせて辺りを見渡す。

 知性を感じさせるターコイズの瞳をせわしなく動かしている様は小動物のようだ。

 クラウディオは目の高さから視界に入らないのか、見上げることもしない。しばらく辺りを見渡したと思うと、正人に気付いたのかソプラノの声を上げた。


「いよう、正人くん! 月乃お姉ちゃんはどこだい?!」


 ピカピカの笑顔を浮かべ、シャツと白衣がその細い肩から落ちそうにしながら正人を見上げている。

 髪だけ年を重ねたようなやや濃い金髪は、走ったせいでボサボサだ。


「イーヴォさん、月乃は今回いません」


 正人は少し困ったような、申し訳なさそうな顔でイーヴォと呼ばれた少年に告げる。ゆっくりと振り返り、イーヴォは信じられないものを見る目でタイラーに視線をやる。


「うん、今日は月乃司書いないよ。『眠り姫』の目覚めのダンスに付き合った後だからね」

「あんまりだあぁあぁあぁぁっ!!」


 イーヴォはその場に崩れ落ち、頭を伏せてオーイオイと嘆いた。「野郎ばっかじゃないか!」とか「着替えずに来たのに!」とわめき散らしている。

 クラウディオは突然現れた少年と正人と他ふたりを順番に見る。

 少年は白衣を着ていてこんな場所にいるのだから、「第八図書館」の関係者だろう。だが正人の対応を見るとただの子どもとも思えない。

 訳がわからない。

 この少年が何者で、何故月乃がいないことをこんなにも嘆くのか……

 しばらく泣き続けると気が済んだのか、イーヴォはすっくと立ち上がり、彼が来た方向へからだをくるりと反転させた。


「帰る」

「ちょーっと待ってください副部門長~」

「イーヴォくんて呼んでよ!」


――副部門長?!


 ヘルガが首根っこをとっ捕まえた少年に向かって「副部門長」と言った。クラウディオは黙したまま目を見開きイーヴォを見る。研究部門のトップは蛍光頭のタイラー。そしてその次の役職が子ども。

 クラウディオは思わず頭を抑えた。

 その横で正人はクラウディオに視線をやり「わかる、わかるぞ」とうんうんと肯いている。

 全くもって訳がわからない。

 クラウディオは深く深くため息をついた。





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 ゴス、と鈍い手応えに定家が笑顔のまま「痛いじゃん」と言う。月乃は定家を睨み、問いただした。


「何を企んでいますの? 正人くんがあんな怒り方するなんて初めて見ましたわ」


 かすかに月乃から魔女の力がもれているところを見るとなかなかに怒っているらしい、と定家は察する。それでも謝罪するでもなく、顔に笑みを浮かべたままの定家はまっすぐに月乃を見つめる。


「俺はいつだって身内のために最善を尽くす男だよ」


 俺、と自称する彼のいつになく真剣な声音を聞いて月乃は脱力した。こうなると手の付けられない弟である。

 定家の企みが何かは不明だが、それを達成するまでは止まらないのが目に見えている。誰に責められようが殴られようが――すべて無駄であると。

 月乃には返す言葉もなかった。

 深く深く、肺の中の空気をすべて出すくらい長くため息を吐きながら椅子に座り込む月乃。怒りが霧散し、疲れがどっと押し寄せているだろう彼女に、定家は手を差し伸べた。


「まあまあ、とりあえず一晩中戦って疲れたろうから一回寝よ? 部屋はいつものところ借りてあるからさ」


 月乃を立たせて定家は慣れた様子で彼女を背負う。月乃も限界だったのか、寝息が聞こえてきた。


「久しぶりだなぁ、月乃の世話も」


 ベッドに月乃を下ろし、上着と靴を脱がせる。胸元とウェスト部分だけくつろげてやり寝かせてやった。本当であればシャワーくらい浴びせてやりたいところだが、それは目が覚めてからでいいだろう。

 定家もパンツ一丁になり、隣のベッドで眠ることにした。

 自分の挑発で感情を撒き散らして怒った正人と、肌がビリビリと痛むほどの怒気を放ったクラウディオ。ふたりの表情を思い浮かべながらいつものつかめない、左右非対称な笑みを浮かべて横たわる。

 ふたりのことを思うと、申し訳ないが喉の奥で笑ってしまう。


「俺様ってほんとーに頑張り屋さんだよねぇ……」


 定家はあくびをした後、そのまま一分もしないうちに眠りに落ちていった。

明日20時ごろ一話投稿予定です。

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