第56話 「魔女の劇場」01
月乃が医療班を呼びに行き、残された男三人。負傷したのはクラウディオと定家。だがそれ以上に正人が精神的に参っていた。
突然、凜音に呼ばれたことで動揺し、危うく定家が当たれば死ぬ黒い糸紡ぎを喰らうところだったのだ。しかも定家を狙った黒い糸紡ぎを破壊して無防備になった月乃が狙われた。
クラウディオの捨て身の行動で誰も死ぬことはなかったが、正人はいたたまれない気分でうつむいていた。
沈黙は定家の明るい声に破られる。
子どもに言い聞かせる、明るく優しい声と表情――そして仕草で定家はクラウディオに問いかける。
「なんで武器投げ出しちゃったのさ。クラウディオはからだを変化させることは出来るけど武器は生み出せなんじゃないの? どうやって当たったら死ぬ黒い糸紡ぎから身を守るつもりだったのさ」
明るい声、優しい表情。
その分定家の言葉は痛烈で、一晩中戦って疲れたからだを深く穿ってくる。
わずかな動揺、そして白くなる思考。そこに定家は容赦なく続けた。
「『守る』とか言ったから死んでも守る気だったとか? 自分の身ぐらい守ってから月乃守れよなぁ」
川の水が流れるように定家の口から次々と言葉が出てくる。クラウディオに定家の言葉がただただ突き刺さった。
「それにさ、凜音の髪を焼いた後、なんで月乃の言うこと聞かなかったの? 月乃が『魔道書』と触媒がなきゃ身も守れないと思った? それなら魔女のことナメ過ぎ」
「お、おい、定家……!」
「そもそもクラウディオはさ、対人の戦いは慣れてるけど対人外の戦いがまだまだだよね。その辺、逆に人で慣れてるから正人より下手くそ」
反論しようがない。
実際、あのときの月乃は丸腰で、武器もなく身を守れないとそう思い込んでいた。だからクラウディオは自分が出来る最善をもって月乃を守ったつもりだった。
しかしフタを開けてみれば相変わらず自分は守られている立場でしかなかったとはっきりと言われてしまう。
定家劇場にあっけにとられていた正人が、はっとしてクラウディオを庇うように定家の前に出た。その顔は険しく、思い詰めているようにも見える。
「そんな言い方はないだろ?! クラウディオのおかげで助かったのは事実だろ?!」
「気持ちも考えてやれ」と言わんばかりの正人の責めるような言葉にも定家は表情を変えない。
そのまま正人を見つめる。
その優しい表情にのぞき込まれて、正人は背筋に寒いものを感じた。
「逆に聞きたいけど自己満足で死んで、月乃がどういう気持ちになるか考えなかったの? って思うんだよねぇ。魔女ってのは寄り添う人が必要なの。自己満足で死んでどーすんのさ?」
定家は視線だけクラウディオに向け、言葉のナイフを次々に投げつけた。その容赦ない言葉の数々は自分の取った行動が思い上がりであったことを思い知らせる。
クラウディオへ向けた言葉ではあったが、それは別方向にも飛び火していた。
「そんなこと言ったら、俺だって……ッ」
言葉はクラウディオだけでなく正人にも突き刺さったらしい。正人思い詰めた表情で顔を伏せる。悔しそうとも辛そうとも見えるその表情は痛ましい。
しかし定家は正人に対し一層顔を明るくし、笑いながら、まるで子どもでもあやすように正人の両肩を叩いた。
「あ、正人はいいんだよー?」
「え……?」
定家のあっさりとした返事に正人はあっけにとられ、思わず呆けた表情で定家を見つめた。しかしそんな正人のことなど気にも留めていないようで、定家は満面の笑みを浮かべ、そのまま言葉を続ける。
「弱くたって足手まといだって大丈夫! 俺が守るし、ずーっと俺のお姫様として側にいてくれるだけでいいんだよぉ」
クラウディオに向けた厳しい言葉と逆に優しく甘やかす内容を平然と吐き出す定家。
そのあまりにも残酷な言葉を吐きながら、定家は正人の額に口づける。行動も声音も表情もすべて恋人を甘やかすそれだというのに、突きつける内容は正人を酷く傷つけている。
クラウディオ以上に正人が胸を穿たれ抉られているのは明らかだった。
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