幕間 「いずれ咲くカミツレ」03
それから毎日、パベーダはルリの様子を見に行き、花屋で一輪花を買うのが習慣になっていった。
「今日はこれにする? よく似合ってると思う」
「ピンクのバラ……」
指さされた花があまりにも可愛らしすぎることにパベーダが眉を少ししかめると、ルリはからかうように笑って見せた。
最初からジョークのつもりだったらしい。
「じゃあこっちにしておく?」
ルリは隣のオレンジ色のバラを指さす。ピンクだと可愛らしすぎるが、オレンジならばちょうどいい。一昨日のフリージアと交換して昨日のカスミソウと並べてもいいだろう。
「これでお願いします」
こんな具合に毎日ルリに花を一輪選んでもらい、少し会話をしては見送られるというのを繰り返していた。
そしてそんな日をしばらく続けた週末のある日。
「ねえ、パベくん。今日は一緒にランチ行こう」
「えっ」
包んだトルコキキョウを手渡しながら、ルリがパベーダの青空の目を見つめた。頑火輝石のような目をくりくりさせて微笑んだ。
「ほら、毎日買いに来てくれてるし。昨日お給料日だったからごちそうしてあげる」
「えっ、あ、でも」
「年下なんだから遠慮しないの」
アワアワと頬を赤らめながら慌てるパベーダの様子を楽しむようにルリはクスクスと声をもらす。
大きなからだのパベーダがその体躯に似合わず慌てふためく姿はまるで大型犬が落ち着きなくうろついているようにも見える。そんな姿を可愛らしいと思ってしまう程度に、ルリはパベーダに対して好感が高まっているようだった。
「それにほら、わたしは昼食代弁償してもらったし、パベくんはワインだって弁償してたじゃない」
「う……」
割ってしまったクラウディオのワインはなかなかの値段で、この街への着任で色々物入りだったパベーダには痛い出費だった。それに初任給は嬉しさのあまり家族の父母兄、全員にギフトを贈っている。おかげでまだ少し先の給料日まで具のないスパゲッティでしのぐ予定なのだ。
二メートルを超えるからだについているたっぷりの筋肉はタンパク質を求めていた。
「キッシュがいい? それともしっかりお肉? 鴨とか?」
「えっと、えっと……」
「野菜いっぱい食べたい?」
矢継ぎ早に尋ねるルリに言葉を返せずにいると、ルリは一端口を閉じる。パベーダの言葉を笑顔で待っていた。
「オレ、人より食べるし、この辺のお店もまだ知らなくて……」
ちら、とルリの表情を伺うように見つめる様子はまるで慣れない子犬のようだ。ルリはじっとパベーダの言葉に耳を傾ける。
「ルリさんの好きなお店、教えてもらっていいかな?」
少し困ったように笑うパベーダはくすぐったそうに耳の後ろを掻く。ルリはこっくりうなずいて店先まで彼を見送った。
「じゃあ、十三時でいい?」
「うん。わかった」
パベーダは少し早歩きでかけてゆく。
胸の辺りがむずむずしたせいではない、はずだ。
たっぷりのクスクスとゴロゴロの野菜と食べ応えのある肉が煮込まれたそれは、ルリお気に入りのビストロの看板メニューだ。ラム肉と鶏肉で選べるのがまたいいところである。
肉厚なピーマンやとろりとしたナス、トマトで煮込まれ、スパイスも効いた鶏肉は口の中でじゅわりと汁をあふれさせる。
数日ぶりの新鮮な野菜と肉に思わず大きな口を開けるパベーダの食べっぷりが気持ちよかったのか、ルリは「おかわりしていいからね」と笑った。
パベーダは少し照れながらも肉を噛みしめて食べる。ここ何日か同僚が新しくできた恋人とデートに繰り出していたため、もっぱら食事はひとりだった。
こうして誰かと取る食事は、味気ない具なしの山盛りスパゲッティと比べものにならない。
幸せなランチを過ごしていたとき、ルリが少し身を乗り出してきた。
「あのね、クラウディオさんにお礼を贈りたいんだけど、パベくん連絡先知ってるよね?」
クラウディオに連絡先を渡されたことを言っているらしい。ルリはムフー、と少し興奮気味である。まるで憧れのレスラーについて語っているかのようだ。
「クラウディオさんはゴーストバスターだから一般人である自分は直接連絡が出来ないに違いない」とか思っているのだろう。「図書館」職員として接触したりしなければ問題はない……はずであるが、クラウディオは「蒐集の魔女」の部下である。
うっかり「蒐集の魔女」に遭遇してしまうのはまずかろう、とパベーダは考えた。
「じゃあ、オレ届けるよ。ルリさんの怪我も大丈夫だって伝えてこようと思うし」
「いいの?」
ぱぁ、と顔を明るくするルリ。
パベーダはそれとは別に眉をハの字にする。
「うん。多分ルリさんみたいな一般人は行かない方がいいと思うし……」
「そうだよね。ゴーストバスターは特殊な職業だもん」
うんうん、と腕を組み、ひとり勝手に納得している。
パベーダは訂正することも出来ず、説明出来ないもどかしさで口をむにゅむにゅと動かした。
そんなパベーダの心も知らず、ルリは嬉しそうに説明をし出す。
「これくらいの大きさなんだけど」
「鉢植え?」
「そう。メッセージカードも持って行ってもらえるかな?」
「うん、かまわないよ」
皿の上をきれいにする頃には、ふたりは大分打ち解けた様子だった。
パベーダは仕事終わりに花屋に寄り、明日届けることをルリに約束した。
クラウディオに連絡を取り、パベーダは小高い丘の家を訪れていた。白いパーカーにデニムという動きやすさ重視の服装の青年は、少し緊張をしている。
ルリからの届け物を片手にドアノッカーを鳴らした。
さほど待たずに玄関のドアが開けられ、赤毛の傷だらけの男が現れた。見間違いようがない。クラウディオである。
パベーダは少しほっとして肩の力を抜いた。そして手の中の届け物をクラウディオに差し出す。
「あの、クラウディオ補佐。こんにちは。これ、お届け物なんですが」
「鉢植え?」
「はい、ルリさんから。お礼だそうです」
こくりとうなずき、パベーダは鉢植えを手渡す。独特な斑の縞模様でスッと尖って伸びた葉はインテリアとしてよく使われる観葉植物だ。
クラウディオは鉢植えに何か添えられていることに気付いた。
「カードか」
それを手に取ると、少し丸みのある文字が書かれていた。
『魔除けにいいとされるサンスベリアです。玄関やリビングに飾ってください。ルリ』
「……」
何か誤解をされているような気がする文面に、クラウディオは押し黙る。パベーダもそれを察し困ったように笑った。
パベーダはクラウディオにルリに特に怪我もなく何事もなく過ごしていると伝え、本来はそこで帰るはずだった。
「あら、お客様?」
家の奥から擦弦楽器のような声がした。
パベーダはからだを硬直させ、垂直に跳ね上がった。
「あ、ああ。先日知り合ったんだ」
かすかに動揺したクラウディオの声に、パベーダは恐る恐る彼の背後を伺う。彼の背後から現れた人物に、パベーダは目を見開く。
ルリよりも小柄な、ふわふわの長毛の猫のような髪の女性――月乃だった。
――アレが噂に聞く「第八図書館」精鋭部隊をちぎっては投げちぎっては投げたという「蒐集の魔女」?!
いくら魔女や魔術師が見た目からは想像できないほどの力を持っているのが常識とはいえ、その小さく脆そうな姿は予想外だ。
パベーダはブルリと身震いし、そのまま立ち去ることを決めた。
「そ、それでは失礼します!」
そそくさと立ち去るパベーダを引き留めるまもなく、クラウディオは立ち尽くした。
月乃は頭に疑問符を浮かべつつ、クラウディオが抱えるサンスベリアの鉢植えに視線をやった。そして反対の手に握られたメッセージカードも。
「この『ルリ』って、どなたです?」
月乃としてはただの質問であったのだが、クラウディオは隠し事から詰問されているように感じ取ってしまった。
そのため内心焦りながら先日の無断での能力使用を隠し通すため、月乃のワインを割ったことを白状する羽目になったのだった。
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次回も週末に更新を予定しております。
もしかしたらムーンライトで書いているセルフ二次の可能性もあります。




