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幕間  「いずれ咲くカミツレ」02

 頭に疑問符を浮かべながらフリージアを握りしめるパベーダを置いて、ルリは店の奥に消えていく。さほど待たずに出てきた彼女が手にしていたのは試験管とワイヤーでできた一輪挿しだった。


「はい、ハンガー掛けるところくらいあるでしょ?」


 試験管を加工したシックなワイヤーは丁寧に溶接されている。少々素っ気ないようにも思えるが、男の部屋に飾られる一輪挿しならこれくらいがちょうどいいだろう。


「えっと、いくら?」

「ああ、いいよいいよ」


 パベーダが財布を取り出そうとすると、ルリは顔の前で手を振った。

 嬉しそうに笑う彼女は自分を指さす。


「それわたしの手作り」

「手作り……」

「んふふ、値段聞かれるくらい、いい出来だったってことね。やるじゃんわたし」


 ムフフ、と満足げな顔をするルリは新聞紙でそれを包み、パベーダはそれをまじまじと見る。

 花屋のロゴの入った紙袋に入れてルリはそれを手渡す。ほんの少し手が触れあい、パベーダは頬が朱色に染まった。

 パベーダは「第八図書館」の対外組織である特別自警団になるまで、山や森に囲まれて過ごしていた。体格と純情すぎる性格も相まって異性との関わりに慣れていない。

 それを見透かしたのか、ルリはクスクスと笑いながら店先までパベーダを見送る。


「見回り、頑張ってね」


 笑顔で手を振るルリに見送られ、パベーダは何故か後ろ髪を引かれながらも見回りに戻ることとなった。

 いつもとルートを少し変えて、特自の事務所に立ち寄る。


「あれ、パベーダどうした?」

「うん、ちょっと荷物を置きに」

「ん? なんだよ花?」


 目敏い同僚にフリージアを見付けられ、彼の視線に対して、パーベダは反射的に花を背後に隠してしまった。

 その反応を面白がらないわけがない。

 ニマー、と笑う同僚が何か言う前に、パベーダはロッカールームに駆け込んだ。タイミングよく先輩が休憩に来たらしく、同僚がロッカールームまで来ることはなかった。

 パベーダは自分のロッカーの鍵を開け、紙袋にラッピングされた花を挿してフックにかける。


「……何でこの花を選んだんだろう」


 ぽつ、と手の中の赤いフリージアを見つめ、パベーダはロッカーに鍵をかけた。

 イタズラっぽい表情の花屋の彼女がなにを思ってこの花を選んだのか、パベーダは気になりながらも街の見回りに向かうのだった。







「こんにちは」


 翌日もパベーダは花屋を訪れた。

 店先の鉢植えに水をやっていたルリは、目をぱちくりさせていた。しかしすぐに笑顔になり彼を迎え入れる。

 彼女が看板娘だと言われる理由がよくわかった気がする。愛想がとてもいいのだ。

 くりくりの丸い目を細めた無邪気な笑顔は小さく可憐な花を連想させる。


「いらっしゃい。今日はどうしたの?」


 それと俗っぽいことを言ってしまうと胸がとても豊かなのだ。パベーダは気付いてしまってからは視線をそちらに向けないように注意しているのは内緒である。

 パベーダは気恥ずかしげに帽子を弄り、少々口ごもりながらルリに話しかけた。


「また一本見繕ってもらっていい、かな?」

「もちろん」


 今日は先んじて花を買うことを宣言した。これで見繕って包んでもらうまでの間は会話が出来る。

 パベーダは別に下心からそうしているわけではない。

 ルリは「魔道書」か魔術師の起こした事件に巻き込まれた一般人である。もし「魔道書」や魔術師に目をつけられていたら大変だ、という心配からしばらくは毎日様子を見に来ているだけなのだ。

 そう心の中でパベーダは思いつつ、花を選ぶ彼女のくるりとまとめられた髪を見つめていた。


「昨日赤いフリージアだったからカスミソウを合わせたらいいかな。一緒に飾ってもいいと思うよ」


 ふわふわとした白く小さな花をたくさんつけた花を手に取る。小さな花を目一杯広げているような姿のそれはとても可憐だ。

 昨日買ったフリージアを考慮してえらんでくれたなら、とパベーダはコクコクと少々大げさに首を縦に振り頼んだ。


「はい、承りました」


 ルリはまたクスクスと笑いながらカスミソウのラッピングを始めた。昨日とはまた異なる色のリボンを選び、手際よく包んでいく。

 パベーダはその間に探るように尋ねた。


「えーっと、あれから変わったこととか、起きてないかな?」

「ん? 体調は平気だけど?」

「いや、そうじゃなくって……」


 首をかしげるルリにパベーダは説明しにくそうに目を泳がせた。ルリはああ、と何か思い当たったらしく、パベーダに手招きをして小声で話した。


「ポルターガイストとか、変な夢見たとか、知らない人形があるとかないよ、ゴーストバスターさん」


 ふふ、と満足そうに笑うルリに、パベーダは「そう解釈したか」と思い目を瞬かせた。

 あのおかしな森でのことの後――事後処理班を呼ぶことも出来ず、かといってルリに対して詳細を説明する訳にはいかず――


 パベーダとクラウディオは

『自分たちは怪物退治をしている秘密組織で、今日のことは内密にして欲しい』

 という羽目になった。


 なにせどちらも「図書館」職員としては新人と言って差し支えがない。行方不明者もなければ酷い怪我人もない。そして何より肝心な証拠はクラウディオがすべて焼き払ってしまった。

 それで報告など出来ようがない。そしてクラウディオに至っては無断での能力使用である。上司である月乃になにを言われるかわかったものではない。パベーダも噂に聞く「蒐集の魔女」の恐ろしさから内密にして欲しかったのだ。

 ルリはというと、ふたりは十字架や聖水、銀の弾丸を駆使するエクソシストやヴァンパイアハンターではないらしいと推測した。そしてその次に思い浮かんだのはしばらく前にリメイクされた、掃除機を背負って白い巨大な水兵のキャラクターを退治する映画『ゴーストバスターズ』――

 怪物に追いかけ回されたせいで気のせいにすることも出来ず、ルリはそう解釈をして勝手に納得することにしたのだ。

 こうしてパベーダとクラウディオはルリにとって「ゴーストバスター」だと認識された、というわけである。


「大変だよねぇ。日夜街の平和を怪異から守ってるんだもん。お疲れ様」


 はい、とラッピングの終わったカスミソウをパベーダに差し出す。訂正したいところではあったがそれも出来ないパベーダはとりあえず代金を支払い、また見送られて見回りに戻った。


今日はもう一話投稿します。

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