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幕間  「いずれ咲くカミツレ」01

平和な一幕。

 クラウディオが若い魔術師と花屋の娘を助けた翌日。若い魔術師ことパベーダは見回りをかねて花屋へ寄った。

 パベーダの目的の人物は店先の鉢植えたちに水をやり、手入れをしていた。

 彼女はパベーダの気配に気付き、客を迎えるようの声と笑顔で振り向いた。


「いらっしゃいま……あ、昨日の」


 花屋の娘――ルリはブラウンの目をくりくりと動かし、申し訳なさそうに背を丸めながら話しかけてきたパベーダを見上げた。

 パベーダは大きなからだが小さく見えるくらい恐縮した表情で帽子を脱ぎ、ルリに恐る恐る尋ねた。


「こんにちは。あの、あれから怪我は大丈夫?」


 手首と顎に子山羊の頭突きを喰らっていたルリ。特に顎の方は頭に影響があったらと心配だった。

 ルリはパベーダを安心させるように笑みを浮かべ、手をひらひらさせて見せる。


「あのとき気を失ったわけじゃないし、吐き気も痺れもないから大丈夫」

「よかった……」


 ルリの様子に胸をなで下ろすパベーダは緊張感から解放されたのか、ようやく笑みを浮かべた。

 よほど心配だったらしい。

 ふにゃりと緩んだ表情をし、肩が脱力したようだった。


「ちょっと」

「ひゃいっ!?」


 店の中から出てきた店主に声をかけられ、パベーダは一瞬飛び上がって驚く。

 店主の瑞紀はジロリ、とパベーダを睨めつける。瑞紀の方がずっとパベーダよりも小さいのに、まるで飼い主に叱られるワンコである。


「何にも買わずにウチの看板娘口説いてるんじゃないわよ」

「ちがっ……!」


 瑞紀の言葉にパベーダはそのミルクのような肌をピンクに染め上げて目を見開く。クラウディオほどではないが見上げるほど大きいというのになかなかの純情青年らしく、わたわたと慌てふためく様子は妙に可愛らしい。

 瑞紀は花々を指さし、パベーダに告げる。


「花の一輪も買わない奴は客じゃないよ」


 正論である。

 商品を買わずに看板娘と話しているだけの人間は客として扱われるわけがないのである。むしろ冷やかしとして睨まれるのも当然である。

 瑞紀の言葉に目を泳がせ、パベーダは背中を丸め尻すぼみに言った。


「あ、ハイ……一本ください……」

「どれだい?」

「え、えーっと……」


 目を泳がせて悩んでいるパベーダに瑞紀は呆れている。店の前に飾られている華やかで大ぶりな花々を持ち帰ることは、彼にはハードルが高いかもしれない。

 呆れたらしい瑞紀がルリの方に向き、声をかける。


「……ルリちゃん、見繕ってあげて」

「ぷふ、はぁい」


 助けを求めるようにルリを見つめるパベーダはまるで叱られた犬の様子で、ルリはひっそり笑ってしまう。

 店の奥に瑞紀が引っ込むのを見送ってから、ルリは腰に手を当て考えた。目の前の青年のイメージからどれにしようかと店の切り花をぐるりと見渡す。


「んー、どれがいいかなぁ……」


 少し考えてからルリはイタズラを思い浮かんだような顔になる。ニコニコと笑みを浮かべながらパベーダを店の中に呼び、一輪の花を手に取って見せる。


「じゃあこれでどうかな?」


 ルリが手にしたのは赤いフリージアだった。茎側三つほど花が咲き、その先に一列つぼみが四つほどついている。水仙によく似た葉を添えて差し出された。花屋にはなかなか置かれない花であることをパベーダは知らない。


「へぇ、楽譜みたい」

「楽譜?」


 ポロ、とこぼしたパベーダにルリは首をかしげる。

 パベーダはわたわたと身振り手振りで説明をし出した。


「あ、ほら、つぼみが五線譜に書かれた音符みたいだなって……」


 パベーダの感性に触発され、ルリはまじまじとフリージアを見る。どちらかというとルリには京都に行った時に見た、空也上人立像の口から現れるアレを連想した。

 ちなみにアレは阿弥陀仏である。

 けれど楽譜のようだと言われその表現が可愛らしく、つぼみが五線譜に乗るオタマジャクシに見えだした。


「たしかに。それっぽいかも」


 同意を口にしてパベーダに笑いかけると、彼はぱぁ、と表情を明るくした。値段もお手頃だ。

 昨日高級ワインを弁償した彼にも払えそうな値段である。


「これでいいかな?」

「うん、お願いします」

「はい、ありがとうございます。包むので少々お待ちを」


 さすがに花屋らしく、ルリはくるくると手際よくフリージアをラッピングしていく。細いリボンをつけてできあがると、お代と交換でパベーダに手渡した。

 ルリはふと気になることができた。

 昨日、彼がこの辺りにまだ慣れていないらしいことを言っていたことを思い出したからだ。引っ越してきたばかりであるだろうし、格好から想像するに花を部屋に飾るような生活はしていなさそうである。


「そういえば花瓶持ってるの?」


 パベーダも今気付いた、といわんばかりにパカ、と口を開け、目を泳がせてしばし黙り込んだ。

 そして申し訳なさそうに目をそらしながらつぶやく。


「……ない」


 おそらくコップを代用しようとでも思ったのだろう。もしかしたらウォッカの空瓶を使うつもりだったかもしれない。

 さすがにそんな飾り方をしてしまうのは勿体ない。そう思い、ルリはパベーダを引き留めた。


「ちょっと待ってて」


明日、続きの二本上げさせていただきます。

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