第54話 「眠り姫と満月」05
「おい、そろそろ五分たつぞ」
クラウディオの言葉に三人はまだ横たわる凜音を注視する。満月もまもなく顔を出すだろう。
「ただ閉じ込めておくだけで済むなら寝かせておいてやりてぇのにな」
「ひとりで封じておくと呪いの暴発で自傷することになるからな」
「ガス抜きみたいなものですわ。仕方のないことです」
各々が武器を構え、一瞬の静寂が訪れる。月乃が静かに最終確認を口にする。
「攻撃していいのは髪だけ。凜音ちゃんに怪我はさせない。三つの糸紡ぎは絶対に当たってはいけない」
三人がうなずくいた直後、かたん、と凜音を捕らえていた枷が外れる音がした。
最後の確認に全員が口をそろえる。
「黒い糸紡ぎは喰らえば死ぬ!」
直後、赤銅色の満月が顔を出した。
それと同時に周りに添えられた花々を散らしながら凜音のからだが空中に跳ね上がる。長い黒髪の隙間から凜音の顔がうかがえた。うっすらと開かれた目は正人の呪いと同じ明るく鮮やかな紅紫色をしている。
赤銅の月を背に、白いワンピースをなびかせて幽鬼のように佇む凜音に表情はない。
じり、と正人の靴が床を擦る音がした。それを切欠に凜音の髪が揺らめき、束が鞭のようにしなったかと思うと噛みつく蛇のように向かってきた。
その攻撃をクラウディオは湾曲剣で斬り上げ、月乃は槍を跳ね上げて切っ先で斬る。定家は重量に任せて斬り伏せ、正人は刀で巻き取るように斬りつけた。
それぞれが初撃を問題なくいなす。
しかし第二撃、三撃目の攻撃が繰り出されてきた。穿孔するために切っ先を尖らせてより合わせた黒髪が、先ほどの比でない数で襲い来る。
アンリの茨で訓練したとはいえ、その数の多さはまるで雹が降り注いでいるような状態で息もつけない。なまじ相手を傷つけてはいけないため、自分を守ることで精一杯になってしまう。
月乃が三人の前に出る。
槍を高速回転させることで、黒髪の切っ先を弾き飛ばしていく。その間に呼吸を整えた三人は攻撃の隙間を探した。
火力にものを言わせて叩き潰すこともできず、数時間の間ひたすら攻撃をいなして時間が過ぎることを待たなければならない。倒せない――倒してはいけない相手の戦闘というのは酷くやりにくい。
しかし今真っ先に先頭に立っている月乃は今までも、そして自分相手にそれをやってのけている。それを思うとクラウディオは「守る」と言ってついてきた自分がまだ「守られている」事実に情けなさを感じた。
時間にして見れば五秒程度。今度は凜音に動きがあった。
両腕を広げると空中に三つの糸紡ぎが顕れる。
金、銀、そして黒――
軸棒の先は鋭く尖り、人のからだを穿つに十分な凶器になっていた。三色の糸紡ぎが回転し、凜音の髪を巻き取る。
「糸紡ぎが来るぞ!」
正人の声と同時に髪と糸紡ぎが月乃へ向けられる。
月乃の背中が一瞬、ぎくりと硬直したようにクラウディオは見えた。しかしすぐに槍を持ち直し、三つの糸紡ぎを髪ごと巻き取る。見越していたらしい正人が素早く髪を切り落とし定家が糸紡ぎを破壊する。
粉々に糸紡ぎが砕けるが、再び糸紡ぎがあらわれ髪が巻かれた。
この間五秒程度。
「あー! やっぱりだめかぁっ!」
「三つ同時に破壊してもか!」
「どういうことだ?!」
クラウディオは攻撃のいなしながら尋ねる。定家が見た目の質量にどう見ても釣り合わない軽やかさで武器を振り回しながら叫んだ。
「今まで糸紡ぎを壊したことがあるんだよ! 順番変えたり壊し方変えたり!」
「わかったことは色の違う糸紡ぎが三つ! それが最大値で存在してるということ!」
すぐに伸びる髪の毛と、壊しても再びあらわれる糸紡ぎは止めどなく攻撃を繰り出してくる。
四人はひたすら髪を斬り糸紡ぎをかわして時間の経過に耐えていた。
「くっそぉ! 基本『耐える』のコマンドしか使えないのがなぁ!!」
定家がわめき散らしながら髪を切り伏せ、その隙を狙うかのような糸紡ぎの急激な方向転換を斧を支えに飛び上がりかわす。持ち前の運動能力も相まってトリッキーな動きは凜音の攻撃をモノともしない。
「チャームは駄目なのか?!」
「あの状態じゃ効かない!」
「っだーもう! 糸紡ぎがない状態とはいえなんでジノちゃんは一晩中戦ってられんのさ?!」
「あの方は人形使いですから! ひとりで複数人として戦えますからね!」
長い長い膠着と耐え忍ぶ状況にわめき散らす。
相手を制圧できないストレスからこうでもしていないと突発的な攻撃をしかねないのだ。それを防ぐためでもあった。
凜音が起き、嵐のように降り注ぐ攻撃に耐えて数時間が経過していた。満月は傾き、まもなく月が沈む。
ようやく終わりが見えたころ、それは起きた。
月が雲に隠れ、月光が雲越しにぼやける。その中で凜音の髪が急に力を失ったかのように落ちたのだ。
「え? なにこれ」
定家の言葉にクラウディオは素早く状況確認をする。長い髪が帯のように部屋に広がり、糸紡ぎも転がっている。
正人はじっと凜音を見つめ、おそらく無意識だったろう。
「凜音……?」
妹の名を呼んだ。
その声に反応したのか、凜音がゆっくりと顔を上げる。紅紫色の眼差しがまっすぐに正人を見据えた。
「お兄ちゃん」
微笑んだのだ。
「……ッ!?」
元気だったあのころ妹の笑みに正人のからだが硬直する。
その時間は広がった髪が攻撃を再開するに十分な秒数だった。




