第52話 「眠り姫と満月」03
月乃が連絡してから一時間半ほどした頃。
ドアノッカーが鳴らされる音に、クラウディオは玄関へ向かう。
「おーっす、お呼ばれしましたぁ」
「邪魔をする」
玄関の扉の向こうには、予想通りの人物達がいた。
陽気な声の彫刻のような男と、すらりとした人形のような男――定家と正人である。
先日の件からどうにも定家に対しての感情が定まらない。クラウディオは信頼されているのか期待されているのか――それとも小馬鹿にされているのか未だによくわからなかった。
「お待ちしておりましたわー。ささ、荷物を置いて入って入って」
絵画の扉から顔を出し、月乃が手招きをする。ふたりは慣れた様子で二階客室に荷物を置いて、絵画の扉をくぐった。
クラウディオもふたりの後に続く。
いつもの「魔道書」だらけの部屋。そこの書棚を動かし三人で動かすと、そこに現れたのは隠し扉だった。
「……まだ部屋があったのか」
「そーだよ。知らなかった?」
「……」
ニヤ、とクラウディオを笑う定家の脇腹を、正人が小突いた。
月乃が二冊の「魔道書」と小さな革袋を首に提げ、扉に手を当て呪文を唱える。扉の溝に光が走り、パズルのように開くとその先には広い空間があった。
クラウディオはふと思い出す。
――初めてこの家に来たとき、家の中に感じた大きさの違和感というのは、もしや家の中が家より大きいせいか?
余談ではあるがこのときのクラウディオの考えが、なかなか惜しいところであることを知るのは、まだ少し先のことである。
「さあ、訓練始めますわよ!」
広い空間にはなにもなく、「眠り姫」の凜音の部屋と同じような広さだった。
月乃は定家に一冊「魔道書」を手渡し、ふたりの右手が「魔道書」を挟んで重ねられる。
ふたりの口から二重の音がこぼれた。
『借用を申請する』
『貸与を許可する』
月乃の「許可」という言葉のあと、「魔道書」にカードが挟まれた。そこにはクラウディオの首に刻まれた文字と似ているが、異なるものが書かれている。
月乃が手を離すと「魔道書」がパラパラとめくれ、定家がその内容に目を通す。どうやら月乃の所有物であった「魔道書」が一時的に支配下になったらしい。
月乃の方は持ってきたもう一冊の「魔道書」に手を重ねる。表紙は白と黒の合わさったものだった。
「なんだ、騒がしい」
白と黒で真っ二つに割れた髪の魔術師――アンリだ。不機嫌そうないつもの威圧感のあるたたずまいで、皆を眺めた。
「これから訓練するので、手伝ってくださいな」
「……了解した」
アンリは月乃を見下ろしながらしぶしぶ了承する。
未だに月乃に支配されていることが少々気にくわないのかもしれない。
「クラウディオ、これを」
月乃が首に提げた革袋から何かを取り出す。コロリ、と渡されたのは八面体の磨かれていない原石がつけられた指輪。クラウディオにはと手もつけられなさそうな小さなそれ。
それが今回の「触媒」であることを理解する。
「定家、お願いします」
月乃の装備できる「魔道書」は一冊。
この訓練のためにわざわざ定家に一冊を貸し与えたということらしい。
定家が「魔道書」をひらき、クラウディオの手に乗せられた鉱石に手をかざす。
「クラウディ、それダイヤモンドだからなくすなよぉ?」
「は?」
クラウディオはダイヤモンドの品質まで知ることはないが、この大きさであればそれなりに金額がしてしまうことは察しがついた。
毎度毎度思う。
どうしてこう頭が痛くなる値段のものが飛び出すのか――クラウディオは死の危険とはまた別のプレッシャーを覚えるのだった。
定家が二重の呪文を口からこぼれ、ふわりと空気が変わる。
『変容と浄化を制するひと柱に作られしもの、回転と循環を開きし形のもの、水銀と太母を討ちしもの。顕れよ、アダマント・ハルパー』
ダイヤの原石に光が集まり、大きな湾曲剣が姿を現す。内側に刃のあるそれは鎌のようにも見え、刈り取る形をしていた。
ずしりと重量があるもののその手になじむ。形状は馴染みがないが引っかけて斬るとすぐに理解した。
「さて、これから初参戦クラウディには対『眠り姫』の戦闘を予習してもらうぜ。正人は久しぶりだから慣らしな。月乃ー」
「はい、では行きますわよ。アンリ」
「任せろ。ちなみにイメージは?」
「読み取ってください」
アンリが月乃の後頭部に手をかけ、顔を近づける。クラウディオは一瞬、口づけでもするのかと思えば、ふたりはお互いの額をくっつけて二秒もせずに離れた。
「よし、いいぞ」
アンリがふんぞり返りながらクラウディオと正人の方を見た。そしてそれは説明もなく始まる。
月乃が指先にナイフを沈め、影に落とした。そこから茨があふれ出し、クラウディオと正人目がけて殺到してくる。
正人はいつの間にか呼び出したらしいふた振りの刀を構えた。
「構えろクラウディオ! あのふたりがする訓練は『実践あるのみ』なんだ!」
突然始まったアンリの攻撃に、クラウディオは湾曲剣の柄を絞り込むように握る。
その日から、ぶっ続けで三時間から五時間、茨を刈り続けることになるなど、そのときのクラウディオは予想できなかった。
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