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第51話 「眠り姫と満月」02

 月乃の背中をさすっていると、水晶通信が鳴った。月乃は口元を抑えたまま席を立ち、クラウディオに指を動かしてくるように言った。小さく呪文を唱え、クラウディオの人差し指と中指を掴み、受話器を取った。

 どうやらクラウディオにも聞かせたいらしい。


「ンン、もしもし」

「ご機嫌よう、月乃司書」


 聞き覚えのある、品のよい女性の声だ。月乃はかすかに眉をしかめてもう一度咳払いをする。


「ご機嫌よう、イェルカ部門長。本日はどういったご用件でしょうか?」

「『ダゴン事件』のスピード解決、とても助かったわ。お礼を言いたくて」


 月乃はむにゅ、となんとも言いがたい様子で唇を歪める。月乃はイェルカに対して苦手意識のようなものを抱いているらしい。

 柔和で、それでいて隙がなく上手く相手を転がすタイプ――と思われる――は不得手のようだ。その証拠にクラウディオの指を掴む月乃の手はせわしなくにぎにぎと動いている。 

 子どもが大人と手を繋いでいるような感覚に、ほんの少しクラウディオは和んでしまったのは秘密である。


「次の満月が一週間後でしょう? どうやら赤銅色の月らしいの」


 イェルカの「赤銅色の月」という言葉に月乃はクラウディオの指をぎゅっと握る。緊張したように目元に力が入った。


「……『糸紡ぎ』が現れる可能性がありますわ」

「ええ、おそらく。そうなるとジノヴィー魔術師には荷が重いと思うの」


 月乃はきゅ、と唇を結び真剣な眼差しになる。一度クラウディオをチラリと見てから口を開いた。


「ご安心を。わたくしたちで対応いたしますわ」

「ああ、善かった。月乃司書ならそう言ってくれると思っていました」


 水晶通信の向こう側で、査問会の時のような笑みを浮かべているイェルカの顔が浮かぶ。月乃は言葉を引き出されたように思ったのか、少々難しい顔をしていた。


「それでは、準備はしておくからよろしくお願いね」

「はい、わかりました」


 受話器を置き、クラウディオの指をぎゅっと掴んだままの月乃は顔をうつむかせていた。通信が終わったというのに手を離さない月乃に、クラウディオは様子のおかしさを感じ取る。

 顔をのぞき込もうとすると、ちょうど月乃が顔を上げ、バチリと音を立てそうなくらいしっかりと目が合った。

 月乃はパチパチと星を瞬かせるように瞬きをしてから口を開く――が、言葉が出ない。

 もう一度口を閉じ、少し考えるように視線を動かしてからもう一度口を開いた。


「クラウディオ、この前『図書館』で面会した、正人君の妹の――凜音ちゃんを覚えていますか?」


 クラウディオは「眠り姫」と呼ばれた、花の中で枷をつけられて眠る人物を思い出した。あのどこか作り物めいた美しさのある情景がありありと浮かぶ。

 クラウディオは肯定すると、月乃はいつになく真剣な眼差しを向けてきた。


「次の満月、一週間後に彼女が目覚めます」


 満月の夜に目覚めると言っていたのを思い出す。

 それと同時に暴走するとも。

 先ほどの連絡から察するに、次の満月はただ暴走するだけでは済まないらしい。


「通常の満月であれば、いつも担当をしてくださっている魔術師の方で十二分に対応ができますの。でも赤い満月や、特殊な満月であるときはとても危険ですの」


 一歩間違えればただでは済まないのが「魔道書」や魔術師をはじめとする超常との戦いである。

 脳を喰らう怪物の時も、吸血鬼の時も――月乃はとても気軽な様子だった。ここまで真剣な表情で「危険だ」と言うことはなかったのだ。


 つまりそれだけ今までとは比ではない、ということが察せてしまう。


「本当に、一撃で命を落とす可能性がとても高い。だから……」


 月乃の今までにない表情からその先に続く言葉の見当はついていた。



――来なくていい。



 おそらくそうだろう。

 守りたいとクラウディオが覚悟を決めたとて、月乃にとって未だクラウディオは「庇護対象」なのかもしれない。

 クラウディオは月乃に握られていない方の手を月乃の前にかざし、言葉を止める。今度はクラウディオが話す番だった。


「命を落とす危険があるのは今までと変わらない。俺はお前を守ると決めた。なおさらお前ひとりを行かせるつもりはない」


 クラウディオも一層鋭く真剣な闘鶏の眼差しで月乃を見つめた。

 クラウディオのその言葉を予想はしていたのか、月乃は少しだけ困ったような表情を浮かべた。そしてぎゅっと指を掴み、離す。

 クラウディオを本気で縛ることも、本当の危険に連れ立たせないこともしない月乃。楔の話を聞いた後ならそれが誰も自分に寄り添えないことへの孤独由来であるのではという見当もついた。

 月乃はいつものやわらかな笑みを浮かべ、ファイティングポーズをとる。


「わかりました。それでは今回は本当にほんっとーに! 危ないので訓練しましょう!」

「訓練?」

「です!」


 月乃が水晶通信に手をかけ、どこかへ連絡する。今度は手を握られていないせいでどこへ連絡したかはわからないが、クラウディオはなんとなく相手に察しがついていた。

今週は次話は明日か明後日に投稿しようと思います。


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