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第49話 「歪んだ愉しみ」おまけ

 ダゴン事件の解決後、モーリスは礼にと彼の管轄のレストランを貸し切ってくれた。こうやって感謝を示してくれる人々がいると嬉しく思うのは人情だろう。


「いやぁ、本当に助かった! まま、帰る前に名物、食べていってくれ」

「あらまぁ」

「おおー!」

「……」


 モーリスが運んできた巨大な皿に月乃と定家は歓声を上げる。しかしクラウディオはそれを視認したとき、沈黙してしまった。


「アクアパッツァだ。この辺りで獲れる新鮮な魚を使っているんだ」


 アサリやムール貝をたっぷりと使い、トマトが鮮やかでアクセントになっている。ニンニクとハーブの香りがいい。

 その中にまるごと一匹、立派な魚がいた。それはどことなくダゴンと顔が似ているような気がして、クラウディオは複雑な気分になる。しかも目が合ってしまったからなんともいえない。


「立派なお魚ですわね。とても美味しそう」

「すごい。こんな立派なのあっちじゃなかなか食べられないよ」


 少し前にダゴンと戦っていたというのに、とても喜んでこの魚を食そうとする姉弟の神経はとても図太いらしい。というか、そもそも魚を出すモーリスもあっけらかんとしすぎである。

 魚を切り分け、皿に盛り付けて配るモーリス。クラウディオには骨をさらす魚から哀愁が漂っているように思えた。


「いただきます」


 手を合わせてアクアパッツァを口に運ぶふたりに習い、少し遅れてクラウディオも食べ始める。

 白ワインに魚の味がよく出て、ニンニクとハーブの香りも相まってとてもよい味だ。

 しかし、しかしだ。

 ダゴンと顔の似たこの魚を食べる申し訳なさとも後ろめたさとも言える複雑な感情のせいで、クラウディオは食事が楽しめずにいた。その一方、姉弟はとても明るく皿の中身を平らげていく。


「いやぁ、実を言うとダゴン見たときアンコウっぽさあって鍋にしたら良さそう美味そうって思っちゃったんだよなぁ」


 サイコパスかと思うような発言をする定家を、クラウディオは思わず目を見開いて凝視する。月乃は定家を咎めるでもなく、口元を抑えて上品に笑った。


「実はわたくしも。きっと白身かなぁって」

「あ、やっぱり?」


 月乃の発言にクラウディオは正気を疑った。ふたりはクラウディオが信じられないものを見る目で見ているというのに、朗らかに話に花を咲かせている。


「クラーケン見たときだって『これたこ焼きいくつ作れるだろう?』って話したよなぁ」

「イカ焼きでもすごい人数分になりますよねぇ。ああ、お祭りのイカ焼き、食べたい……」

「あー、そうだ。俺様のこと落としてくれたサメ、あいつ唐揚げにしたいんだけど」

「それはだめ。美味しそうだけど」


 よもやクラーケンやサメまで食らおうとするとは。クラウディオにはふたりが異質なものに見えていた。

 しかし今までの生活や文化の違いは仕方のないことであるのだから、それを責める必要はない。

 ない、のだが――

 クラウディオは複雑な気分で一口、身を口に含んだ。


「……うまい」


 その表情はなんとも渋いものだった。





 帰宅後、定家を迎えに来た正人にクラウディオはこっそり尋ねてみる。


「お前もクラーケンを食べようとするタイプか?」

「なんなんだ急に」


 突然の問いかけに不思議そうな顔をする正人はクラウディオを見上げる。そしてダゴン事件の後のことを聞くと眼鏡のブリッジを持ち上げて「ああ」と困ったような表情を浮かべた。


「俺としてはアレは食うというより、食われそうだとは思っている」


 クラウディオは思わず正人の手をがっちりと握った。クラウディオの中には今「仲間意識」が芽生えていた。

 が、それも次の一言で砕けることとなる。


「でも美味そうだという言い分はわかるな。彼らには巨大なタコやイカに見えるんだろう」




 クラウディオの中で彼らに対しての信頼が、わずかばかりに揺らいだ事件であった。

感想、評価、ブックマークありがとうございます!


次回は正人と定家の幕間のお話を予定しています。

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