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第48話 「歪んだ愉しみ」07

「ッ!?」



 軽薄な声があたりに響く。

 ぐるりとあたりを見渡せば、空中にそれはいた。


「やぁ、ご機嫌いかがかな? 『図書館』の皆々様」


 クセのある緑がかった黒髪。にんまりといやらしい笑みをたたえた口元――忘れもしない、魔術師のショーンだ。

 その姿を認識した瞬間、三人はほぼ同時にショーンに向かって攻撃を放つ。

 クラウディオの拳から火球が放たれ、月乃の乗っていたサメよりも遙かに巨大な海竜がショーンの下から飛び上がる。そして定家が脚を横薙ぎにして真空の刃を飛ばした。

 火球と真空の刃をほぼ同時が当たり、その直後に海竜がそのからだを食らった。

 海竜が着水し、音が波以外になくなるまで三人は沈黙する。



「オイオイオイ、久しぶりのご対面だってぇのにいきなり純度の高い殺意の攻撃向けてくるなんて、ご挨拶じゃねえの」



 当然のようにショーンは無傷で、大げさに芝居がかった仕草を空中で披露していた。三人はそれぞれ攻撃態勢を保ったまま、ショーンを睨み付ける。


「躱したか偽物だったかは知りませんが、妙な動きをしてみなさい。次はさっきの比にならない攻撃があなたを襲いましてよ」

 月乃は上空のショーンを睨み付けた。クラウディオは拳に鬼の炎を集中させ、定家も老女を庇いながら高密度の風の塊をショーンに向けている。

 ショーンはニタニタと相変わらず人を小馬鹿にした表情で視線を向けてきた。


「ククッ、熱烈だねぇ……まあ、ちょっと面白いモン見られたし、今回はこれくらいでいいかねぇ」

「この人に魔術かけたの、お前?」


 定家が軽い口調で尋ねる。

 まるで「このシャツ、どこで買った?」と聞くようなそんな気軽さを感じる声だった。ショーンはまたオーバーに動いて見せてポーズをとり定家に向く。


「Yes! いやぁ、歪みを与える魔術だったんだけど魔女にかけたらあんな結果になると思わなかった! 封じられている神の性質が歪められたのか? あんな化け物の姿になるとはなぁ!」


 おかしくてたまらないと言わんばかりに身をよじり、手を叩きながらまるでチンパンジーのようにショーンは笑う。その愉しげな笑いにクラウディオは不快そうに顔を歪める。

 ショーンに降ろされたベルセルクのせいで暴走し、月乃を傷つけた。それもこんな風に愉しまれていたのだと考えれば虫唾が走ったのだ。

 ヒー、と苦しげに笑いを落ち着けて目尻の涙を拭うショーンは改めて三人に視線をやった。


「あー、お前さんたちが必死になってたのは面白かったわぁ」


 この人を弄ぶことに愉しみを見いだすショーンという魔術師。この男はただ人を材料と考えるアンリとは邪悪さが違う。

 人の苦しむ様を見るのが愉しくて愉しくて

仕方ないのだと、

 その表情から。

 仕草から。

 口調から。

 すべてが語っている。

 放置してはいけない。その場の全員がそう思っていた。しかし三人分の攻撃意思を向けられていても、ショーンは一切の緊張感を見せなかった。それどころか防御の意図さえ感じない。


「もういい、消えとけ」


 定家がそう、表情を変えずに言うと予備動作なしでショーンのからだを包むように一瞬で真空の檻を作り上げた。次の瞬間、その中のショーンのからだがミキサーにかけられたトマトのように砕けてはじけた。

 悲鳴も断末魔も上げるまもなく、である。ぼたぼたと肉片と服の切れ端、そして血が海に落ち広がる。

 あっけないと感じるほどあっさりと、圧倒的な強さで定家はそれをやってのけた。


「あーあ、あんまり壊されちゃ困るんだよ。材料も馬鹿になんねーんだわ」


 しかしまた虚空からショーンは現れる。チ、と舌打ちがした。ショーンを追いかけるようにまたクラウディオの火球の連続発射と月乃の海竜が襲いかかる。それを躱し、ケタケタと笑ってショーンは高く飛び上がり、くるりと回って見せた。


「今回はまあまあ面白かったぜ! また会おう、諸君!」


 ぱぁん、と花火でもはじけるような色とりどりな光と煙でもってショーンは姿を消した。そのコミカルさは逆に小馬鹿にされたようで、クラウディオは奥歯をギリ、と噛みしめた。


「……ホムンクルスかデコイ魔術か、クソ」

「無駄に追うのはやめましょう。彼女の救護が優先です」

「あいよ」


 定家が腕の中の老女を抱き直し、少々の不満そうな顔を一瞬だけ見せて港へ向かう。クラウディオも治療部門に連絡をいれるため、海中を急いで進む。


「……」


 月乃だけがショーンのいた場所を、しばしじっと見つめていた。




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 ダゴンだった老女は「第八図書館」によって手厚い治療を受けていた。本来からだに封じられていたものの力がショーンの魔術で暴走していたらしい。ひどく苦しかったであろうが、幸いなことにその場に魔女姉弟がいたことが力になった。

 老女の中に封じられたものが出てこないように抑え、適切な治療を行えたらしい。定家が与えた外傷以外は時間経過で治るだろうとのことだった。


「う……」

「目が覚めましたか?」


 老女がベッドで目を覚まし、その顔を定家がのぞき込む。彼女はゆっくりと瞬きをし、赤みがかった瞳で辺りを見渡した。


「ここは……?」

「治療施設です。わたくし、月乃と申します。こちらは弟の定家と助手のクラウディオと言います」

「初めまして」


 人好きしそうな笑みを浮かべる定家にうさんくささを感じつつ、クラウディオは黙して頭を下げた。

 老女は状況をよく理解できていないようで、何か言おうと口を開けては閉じてを繰り返していた。そんな彼女に月乃は穏やかな笑みを浮かべ、その深いしわを持った手を握る。

 すると彼女は目を見開き、月乃を見る。そしてそこに定家も手を添えるとさらに大きく目を見開いた。


「……あなたたち、魔女なの?」


 ふたりは肯き、老女と目を合わせる。老女ははらはらと涙をこぼした。月乃がハンカチを差し出し、定家がその背中をさする。

 老女の名はシャラといい、突然現れた魔術師に魔術をかけられてから記憶がほとんどないのだそうだ。

 シャラは魔術をかけられて意識が戻るまでずっと暗く寒い場所にいたらしい。自分の中に封じた神が貶められ穢されているのを見るしかできなかったと。

 魔術により歪められたあの半人半魚のからだは海を求めた。しかし彼女の中の神は農業神の側面が強く、作物を枯らす塩の水が大層苦痛であったらしい。それでもあの場から離れられなかったのだというのだからずっと体を蝕まれつらかったろう。


「ありがとうございます……我が神も今はとても穏やかです」

「いいえ、シャラさんが無事でよかったですわ」

「それとこれを」

「あ、ああ……! よかった……!」


 定家がシャラに差し出したのは古びたロケット――彼女を助けたときに落ちたものだ。シャラはそれを震える指先で受け取り、パカと開ける。

 そこには今よりも少し若いシャラと男性の写真があった。それに祈るように顔を近づけ、ほろりと涙をこぼした。

 月乃と定家はそれを見て黙する。


「私の楔……ありがとう。これを失っていたら『善き魔女』でいられなかった」


 シャラは口元の目と目尻のしわを深くし、三人に礼を言った。

 シャラが体力回復のため再びベッドで眠りについたのを確認する。定家は事後処理部門の治療班に後を任せ、月乃とクラウディオとともにシャラの部屋を後にした。


「わたくし、イェルカ部門長に報告の連絡をしてきますわ。ふたりとも仲良くね」


 そう言って月乃は事後処理の職員に声をかけ、別室へ行ってしまった。

 クラウディオは定家とふたりきりになり、なんとなく黙ってしまう。定家はクラウディオをジロジロと不躾に見上げる。


「……なんだ?」

「んー?」


 先日の強制酒盛りはもちろん、初対面の時から月乃との関係を伏せられていたこと――それらを含んでもろもろの定家の言動は軽佻浮薄で思慮のない、そんな男にしか思えないのだ。

 どこからどこまでが本気か……姉である月乃の怪我で自分に絡んできたことさえも本気であるか、クラウディオには判断がつかなかった。


「前よりいい感じに月乃のパートナーになれてきた感じすんな、って」


 にやり、と左側の顔を歪めて笑う。

 ショーンとは根本が異なるものの、似たような嫌な笑い方にクラウディオは眉を上げる。


「まあ、その調子で月乃の『魔女の楔』になってくれれば、弟としては嬉しいんだけどねぇ」

「『魔女の楔』?」


 知らない単語にクラウディオはオウム返しになる。定家はそのまま何も言わずに笑みを浮かべ、クラウディオの肩をポンポンと叩いて自販機の方へ行ってしまった。

 シャラや定家のから推測するに、特別なものであるのはわかる。恋人や夫婦を連想させるには物々しさがあって異なるようにも感じられる。

 恋仲やそういったものであるならもう少しロマンスを感じる言葉を選ぶだろう。

 クラウディオは考え込んだ。


「お待たせしました。あら、定家は?」


 報告を終えたらしい月乃が戻ってきた。クラウディオは一番詳しそうな相手に聞くことにする。


「月乃、『魔女の楔』とはなんだ?」

「えっ」


 月乃は少々驚いてから察したらしく「定家ってば」と少し困ったように頬をかいた。月乃も少し悩んでから口を開く。


「また後で、説明させていただいていいですか?」

「ああ、かまわない」


 月乃の頬がほんの少し赤らみ、照れているように見えたのはおそらく気のせいではなかった。

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