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第47話 「歪んだ愉しみ」06

 翌日のダゴンの出現を待ち、三人は予想ポイントへと来ていた。定家の光球が彼と月乃の周りに飛び、明かりとなる。クラウディオは月乃とともにサメの背中に乗る。

 日が傾き、空の色が変わる頃、海の気配が変化した。海面が膨らみ、ダゴンの姿が現れた。

 予想通り、昨日見た姿とは微妙に異なっている。しかし定家が与えた脇腹の傷はそのままだ。

 同一のもので間違いないらしい。


「うーし。じゃあ作戦通りいくぜー?」


 肯くクラウディオと月乃。

 定家はバチバチと火花を散らし、風を切りながらダゴンに突っ込むように飛んだ。

 ダゴンは鳴き声を上げ、銀の鋭い魚たちをもって定家を墜とそうとする。


「昨日より多くねーッ?!」


 ギュルギュルとすさまじい風を巻き起こしながら飛ぶ定家の声は軽快だ。恐ろしい数の弾幕となっている魚を沖鱠にしていく。

 月乃は脚の本数の減ったクラーケンを操り、クラウディオとともに定家を盾にして進む。正面からでは分が悪いと察したのだろう、ダゴンは鳴き声を上げて三人をドーム状に覆うようにして弾幕を展開する。

 ダゴンがおそらく元々泳げない人間だったと推測されても海洋生物を操れるのは間違いない。なるべく海上で戦い、ダゴンの土俵に上がらない。それが必要である。


「定家!」

「あいよ!」


 定家が巨大な竜巻を作り上げ、魚たちを巻き込んでいく、そしてそこに月乃が呼び出したサメたちが風に乗りその中を泳ぐ。風に翻弄される魚たちをサメは食い散らかしていった。

 ダゴンは弾幕を追加せず、おびえたようにからだを後退させる。魚は品切れのようで、ダゴンは海水から三つ叉の槍を作り出し、定家と月乃めがけて振るった。

 その巨大さにふさわしく、動きは鈍い。しかし振り抜いた槍から水が刃になって襲い来る。そのいくつかに空中のサメは輪切りにされてしまう。竜巻の威力が上乗せにされていたようで、そのスピードは尋常ではない。


「へぇ! そんなこともできるんだ!」


 定家は実に楽しそうに笑い、竜巻を解除する。そしてまた放たれた水の刃に向かって高密度かつ小さな風の塊をいくつも作りだし、ぶつけて砕いて見せた。


「ヒュゥ~、俺様さっすがぁ! その場その場で何でもこなせちゃう」

「次来ましてよ!」

「へぇい、オネーサマ」


 ダゴンは三つ叉の槍を振るい、同時に水の刃や針を生み出し絶え間なく攻撃を繰り返した。

 それを迎撃し、ことごとく砕くも状況は拮抗していた。千日手といった状況に陥っているのは誰の目にも明らかだった。

 しかしその様子に定家も月乃も焦りが一切ない。

 定家はただ不敵に笑っている。

 もはや決定打がないと考えたらしいダゴンはゼイゼイと呼吸をしながら立っていた。ダゴンは状況打開のため海中に潜ろうとする。浅くとも潜ってしまえば定家の攻撃は緩み、月乃のサメも数が減った今ではたいした敵ではないと思ったのだろう。

 ずっと月乃の背後で静観を決め込んでいたクラウディオの存在だけを気にするように、ダゴンは退避をしようとした。


「ほら今だぜ! 来いよクラウディ!!」


 定家が叫んだ瞬間、海中から剣魚の速さで影が飛び上がる。

 それはクラウディオだった。

 下半身を魚のそれにした、まさに人魚の姿でダゴンの眼前に姿を現す。あまりにも突然の登場にダゴンは防御姿勢はもはや間に合わない。クラウディオの手には魔道具の札が握られていた。

 札を掲げ、クラウディオはダゴンの額にそれをたたきつける。そしてクラウディオは叫ぶ。


「その歪みを正し、あるべき姿に戻れ!」


 その声とともに札が強烈な光を放つ。ダゴンは悲鳴を上げ、そのからだは排水溝に吸い込まれる水のように吸い込まれていく。

 ダゴンの怪音としか表現できない悲鳴から、その声が壮年の女性のものに変化していった。ダゴンの巨体が消え去り、空中に人が放り出される。


「オーライ、目標確保ー!」


 定家がその人物と魔術を吸収した札を捕まえる。

 定家の腕の中にいたのは血の気の失せた老女だった。本来であればもっと軽やかであろう灰がかった髪は海水に濡れている。笑みを浮かべれば優しく美しいであろう顔のしわも今はただ生命力のなさを示しているに過ぎない。その胸から古びたロケットがこぼれ落ちた。


「おっと」


 定家はそれを受け止め、枯れ木のような姿の彼女の脈と呼吸を確認して、衰弱具合を看た。


「月乃、命に別状はないと思うけど早く治療してもらった方がいいと思う!」

「わかりましたわ。すぐに戻りましょう。クラウディオ! 先に行って治療班に連絡を!」

「アイ・マム」


 月乃に呼ばれ、月乃とともにサメに乗っていたクラウディオはふわりと消え去る。

 月乃の手には二枚貝があった。それは蜃と呼ばれるもので、クラウディオの幻を作り出していたものだ。

 海中からダゴンに近づき、御札をダゴンに貼り付ける役割はクラウディオにしかできなかった。

 クラウディオは一度海面に一度飛び上がり、向きを変えようとした。



「あーあ、思ったよりあっさり終わっちまったなぁ」


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