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第45話 「歪んだ愉しみ」04

 驚くほど鋭いその魚たちはまるで槍の穂だ。アハ・イシュケはそれらに見るも無惨な穴あきチーズにされ、その姿は消える。

 クラウディオは消えた月乃の姿を探す。


「おーい、こっちこっち」


 クラウディオの後方から声をかけられる。振り返れば月乃を抱きかかえた定家がいた。定家は月乃をクラウディオに渡し、サーカスのピエロ並に大げさに肩をすくめて見せる。


「もーちょい飼い主守れよ、ワーンちゃん」


 軽く肩を叩いてクラウディオとすれ違い、定家は再びダゴンと対峙する。さすがに言い返せずグヌ、と顔を歪めるクラウディオ。

 月乃はクラウディオの顔をのぞき込む。


「ずっと定家と組んで活動していたので、お互い勝手がよくわかっているだけですから。気になさらず」

「……ああ」


 月乃の言葉はフォローのはずだが、クラウディオは少々眉間に力が入ってしまった。

 ピン、と月乃が投げた三角の白い物体がいくつか放られる。素早く二重の呪文を唱えると、月乃はクラウディオを見た。


「クラウディオ、降ろしてください」


 下にはサメがずらりと並んで足場を作っている。クラウディオは月乃をそっと降ろし、ダゴンに構えた。

 ダゴンはクラーケンの足を引きちぎり、唸りながらこちらを睨み付けてくる。怒りで震えているのか胸を膨らませ、肩を大きく上下させて喉の奥でグルル、と唸る。ダゴンがあの鳴き声を上げると銀の魚たちの群れが一斉に空に飛び上がる。

 空中のクラウディオや定家めがけて飛んだが、易々と払い落とされる。しかし払い落とされなかった大半は明後日の方向へ飛んでいく。


 一拍。


 三人の耳に飛び込んできたのは空気を切る音。

 夜の暗い空の中で、定家の放った光球にその鱗を反射させた魚が降り注いだ。

 あの鋭い魚が刺されば命も危うい。体を穴だらけにされるのは、先ほどのアハ・イシュケで実証済みである。

 魚たちは降り注ぐナイフのように、すさまじい弾幕を作り上げて三人に襲いかかろうとしていた。


「月乃! そこから動くな!」

「はい! クラウディオ! 来ます!」


 クラウディオはその拳に最大火力の炎を宿し手振り上げた。月乃の盾になりながら骨も残さないほどの火力を叩き込むことで弾幕を防ぐ。


「一匹残らず仕留めろよぉッ!」


 定家は自身の周りに極小の竜巻を発生させて魚を細切れにしていく。

 あたりには炭化した魚の焦げた臭いと生臭さが広がる。

 落ちたそれらは海中に落ちていく。魚の残骸とわずかな取りこぼしを月乃が呼んだサメたちがノコギリのような歯でもって砕き残らず平らげた。

 降り注ぐ魚の数はすさまじく視界が遮られる。一瞬でも気を抜けば肉を裂くであろうそれらにクラウディオと定家は集中した。


「多過ぎんだよッ!!」


 少々の苛立ちを持って定家は平面的に周囲に電撃をばらまく。

 打開のためと思われるがそれも弾幕の激しさと視界の悪さからブラインドショットだったのだろう。それでも定家のはなった電撃はダゴンまで届いた。


 再び絶叫が響き渡る。


 弾幕の隙間から見えたのは、迂回するようにして岩陰の方へ消えてゆくダゴンの姿だった。

 追いかけたいところだが魚の弾幕攻撃は止まらない。最後の一匹を焼いた頃には、ダゴンの姿は完全に消えていた。

 定家は舌打ちをして月乃のサメの上に降り立つ。まだわずかに帯電する髪を整え、あたりを見渡した。

 クラウディオも翼をしまい、サメの背に降りる。


「うーん……」


 定家が唸りながら腕を組む。月乃も首をかしげながら考え込んでいた。クラウディオは周囲を警戒しつつ、ふたりを見る。


「どうした、ふたりとも」

「なんか、こう……違和感が」

「あのダゴン、何かおかしい感じが……」


 言語化できない違和感にからだをぐにゃりと傾けているふたりは姉弟なのだなぁ、とよくわかる。


「魚が肺呼吸していたことがおかしかったのか?」


 クラウディオが真顔で言った言葉にふたりはそっくりな垂れた目を見開いてから、プ、と吹き出す。


「何言ってんのクラウディ~。あれは普通の生物じゃないんだから、見た目が魚っぽくてもエラ呼吸とは限んねぇよォ」

「そうですわ。あの見た目で実は哺乳類に作ったとか、結構抜けている魔術師ですわね」


 あはははは、と魔女姉弟は超常の常識で答える。

 どうやらふたりはクラウディオのごく一般的な、しかしジョークのような問いかけが面白かったらしい。

 クラウディオはふむ、と新たな知識をインプットする。


「まるで泳ぎ慣れていないように見えてな。半魚の部分が見かけ倒しに思えたんだ」


 クラウディオはダゴンの出現ポイントがあの巨体に対して比較的陸地に近い場所であったことを思いだしていた。実際、先ほどまでダゴンがいたここも足を着くこともできないが、それはあくまで人間であれば、ということだ。

 あの体躯と体の動かしかたから想像するに、おそらくダゴンは足が二本生えていただろうし、海底に足を着いていたと思われる。

 足の着く場所でないと潜れないのか、とクラウディオは思ったのだ。

 そう思ったことをふたりに告げる。その言葉に月乃と定家は勢いよく顔を見合わせた。クラウディオは自分の発言に何か思うことがあったのかと頭上に疑問符を浮かべている。


「クラウディオ、ありがとうございます。定家! すぐに戻って調べ直しましょう!」

「アイ・マム!」


 サメの上で敬礼をする定家に釣られ、クラウディオも月乃に敬礼する。

 ふたりは違和感の正体に気づき、対ダゴンについて何かを思い付いたようだ。しかしクラウディオには今のところ見当が付かない。

 月乃に答えを求めるようにじ、と見ると、足下のサメが暴れ出す。何事かと思っていると定家が突然飛び上がったサメに尻尾でひっぱたかれ海中に落下する。

 クラウディオは様子のおかしさからすぐに翼を広げて空中退避するとクラウディオのいた場所にサメが噛みついてきた。

 ガチガチと歯を噛み合わせて見せるサメに、責任者である月乃を見やる。月乃はしゃがんでサメと会話をしているようで「ふんふん」と相槌を打っていた。


「重いからいつまでも乗ってるな、だそうです」

「人のこと重いとかひどくなぁい?!」


 定家はずぶ濡れで飛び上がり、海水をしたたらせながら宙に浮かんだ。

 サメ相手に定家は手足をばたつかせて怒りを示す。


「これで俺様がパズズの脛当してなかったら海中で標識する羽目になってたんですけどぉっ?!」


 定家ほど筋肉が多いと沈む可能性が高い。着衣であるならなおさらである。しかし定家はクラウディオのほうを見て、かなりわざとらしい笑みを浮かべる。


「泳げるからね?」


次は8時ごろ投稿予定です。

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