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第40話 「迷いの森」05

 パベーダは冷静に狼を見下ろし、顎に手をやる。


「しかし、なんで狼はオレたちの場所がわかったんだろう? ちゃんと匂いも痕跡も誤魔化してきたのに……」


 その言葉にルリがぎく、と硬直した。パベーダは首をかしげ、ルリを見る。


「どうかしたの?」


 ぶるんぶるんと頭についた毛虫でも払うかのように勢いよく顔を振るルリは青ざめている。パベーダは頭に疑問符を浮かべた。

 ルリは誤魔化すように動かなくなった狼に近づく。


「それにしても、おっきいおなか……なんか詰まってるみたい……」

「たしかに……」


 不自然なくらい膨れ上がり、重たげな腹。まるで何か大量に食べたかのような……そんなことをパベーダが思った途端、狼の腹が突然ボコボコと波打ちだした。

 あまりにも不気味な様子にルリは腰を抜かして尻餅をついて転げてしまう。パベーダがルリを抱き起こそうと手を伸ばした瞬間――狼の腹が裂けた。

 そしてその腹の中から血まみれの子山羊が六匹現れたのだ。一匹一匹自体は胸に抱けるぬいぐるみの大きさだが、爛々と目を赤く輝き、攻撃性を放っている。

 そのスプラッタでショッキングな光景に、ルリは声も上げられずに喉を引きつらせた。

 小さな山羊たちはルリ目がけて飛びかかってきた。小さいとはいえ六匹も同時に相手にするのは難しい。


「このっ!」


 パベーダは小さな山羊をフットボールのように思い切り蹴りつける。蹴りつけたはずだったがその脚に山羊はへばりつく。

 見た目に寄らず重いその山羊に脚にしがみつかれ、パベーダはバランスを崩し、手をついた。そしてそれを見計らったかのように子山羊たちはパベーダに群がる。


「がっ!」

「ひゃあぁっ!」


 子山羊たちはパベーダの上に乗り、その身体の上で跳ね回る。小さな蹄にその体躯に見合わない重さで踏みつけられればそれはあまりにも痛い。

 骨が折れるのではないかという衝撃で、パベーダは呻く。


「あっちいけ! あっちいけ!!」


 慌てたルリが落ちていた太めの木の枝を振り回し、泣きそうになりながらパベーダの上の山羊たちを払い落とそうとしていた。

 しかし山羊たちはそれを嘲笑うようにひらりと身をかわして辺りの木々や岩を足場にして再びパベーダを踏みつける。

 容赦ないストンピングにパベーダは頭を守るので精一杯だった。


「あうっ!」


 一匹の山羊がルリの手首目がけて頭突きをし、その痛みで枝を取り落としてしまう。慌てて枝を拾おうとするルリの顎に山羊が思い切り頭突きを喰らわせる。

 顎に衝撃を喰らい、脳を揺さぶられたルリはそのまま地面に倒れた。

 子山羊たちはベエエ、ベエエ、と、ふたりの周りで跳ね回って笑っていた。


――どうにか、どうにかしないと……!


 パベーダは必死に考えを巡らせた。

 しかし跳ねて踊る山羊たちはパベーダが身動きを取ろうとすれば容赦なく手足を踏みつける。それでもパベーダはなんとかルリを守ろうと覆い被さった。それが気に触ったのか山羊たちは怒り狂ったようにいななく。

 山羊がパベーダの額に頭突きをし、小さな角が当たったらしくそこが切れた。


――まずい……


 パベーダの視界が赤くなり、思考が上手く回ら無くなっていく。それでもルリを守ろうとからだを縮めた。

 呻くルリの声を聞きながら、パベーダは心の中で謝罪した。






「そのまま動くな!」





 森の木々を震わせる大音声が響く。

 パベーダは驚き、からだを硬直させる。次の瞬間、立て続けに六発の発砲音が響いた。その直後、山羊たちの眉間がほぼ同時に撃ち抜かれた。

 そのまま倒れて動かなくなった六匹の子山羊にパベーダは驚きを隠せなかった。


「無事か」


 目の前に小ぶりな木ほどの脚があった。見上げるとそこには傷だらけの男――クラウディオが立っていた。

 呆然とするパベーダが彼を見上げていると、クラウディオは眉をしかめる。


「おい、そこをどいてやれ。圧死するぞ」

「へっ」


 慌ててからだを起こすと目を回してうなされるルリの姿があった。クラウディオはパベーダに手を貸し、立たせてからルリを起こす。ついでと言わんばかりにハンカチを指しだし、自分の額を指さした。

 敵と見なしたはずなのに、こんな風に気遣われるとどうしていいか判らずパベーダはハンカチを受け取ってしまった。額を押さえ、ようやく止血ができた。

 ルリは顎を押さえ、ふらつきながら立ち上がった。


「間に合って良かった。怪我は?」

「あ、顎だけ、れす……」

「オレは、額だけ……」


 あぐあぐと口を開いて閉じて、ルリは可動を確認する。汚れたワンピースの裾を払い、クラウディオに礼を言う。


「ありがとうございます、また助けられました」


 からだを折りたたむようなお辞儀をまたするルリにクラウディオは硬貨を差し出した。


「これを落としていただろう? これがなければ無事なうちに追いつけなかった」

「良かった……」


 胸をなで下ろすルリ。

 パベーダはワンテンポ置いてからはっとする。


「もしかして君がコイン落としてきたから化け物たちにずっと追われたの?!」


 ばつが悪そうにルリはそっぽを向く。どうやら本当らしい。通りで巻いても次が現れて追われ続けるはずである。

 信じられない、という目で見るパベーダにルリはくってかかった。


「だってあなたの方が圧倒的に信用できなかったから! それに今週分の食費、全部目印に使っちゃったんだからね?!」

「あっ、ご、ごめんなさい……」


 後半部分にパベーダは思わず謝罪する。

 ふたりの無事な様子にほっとしたクラウディオはぐるりと周囲を見渡し、その場にしゃがみ込む。

 その行動に疑問を浮かべているふたりに向け、クラウディオは申し訳なさそうに人差し指を立てて見せた。


「その……今から俺がすることは見なかったことにして欲しい」


 首振り人形のように立てに首を振るルリにあわせ、パベーダも空気に飲まれて肯く。

 その様子にホッとしたらしいクラウディオは地面に手をつく。

 メキメキとその額から一対の角が生える。その様子に驚いていると、手から青白い炎が広がっていく。その炎が輪を広げながら走ると、今まで森の中であった場所がどんどん焼け落ちていった。

 まるで空間が焼け落ちていく様子にパベーダとルリが驚いていると、空がどんどん焼けていった。

 そして陰鬱な空がすべて焼け落ちると、公園の道に三人は立っていたのだった。

 ぽかん、としているパベーダとルリを尻目に、クラウディオは素早く角を消して辺りを見渡す。


――「魔道書」が見つからなかったな……


 ルリの落とした硬貨をたどりながら、その先々でくくり罠にかかった怪物たちを倒して進んだが、どこにも「魔道書」はなかった。

 森も空間が歪められていて、元がわからないなら全て焼いてしまえば良い――そう考えたクラウディオの力業のおかげで空間は焼き払えた。しかし肝心の「魔道書」はなく、ましてや魔道具の痕跡らしき物も見当たらない。原因のわからない今回の怪異に、クラウディオは頭をかしげた。


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