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第39話 「迷いの森」04

 パベーダはルリを抱きかかえて走った。

 自分たちを追いかける背後の獣を見る。恐ろしい形相をした猫が爪をとがらせ、ケーキを指ですくうように木や地面を抉ってくる。


 追いつかれたらひとたまりもないのは目に見えていた。


 パベーダはずっと黙ってしまっているルリをどうすれば助けられるか必死に考える。

 パベーダは「第八図書館」の職員となり、調査部門の所属から特自へ配属になったばかりの新人だ。けれど正義感があった。

 赴任先の街で調査をしていた矢先、研究部門で新たに作られた「魔道書探知」の魔道具に反応を見つける。いても立ってもいられず気がつけば駆けだしていた。

 あのクラウディオと名乗った男……

 「魔道書」の男からルリを守ろうとしたら今度は怪異に巻き込まれた。おそらくあの男の仕業だろう。目の前であの山羊の化け物を倒したのはマッチポンプだ。

 そして本性を現したのか次々と新たな怪物を出して自分たちを追いかけてくる。


 三匹の豚に、七人のドワーフ。そして今度はブーツを履いた猫――それらをすべて呪文を唱え、花の嵐を起こして目をくらませて巻いて逃げ続けた。



 ようやく一息つける――

 パベーダはルリを降ろして木の陰にルリと共に隠れた。

 パベーダの「魔道書」ははっきり言って戦闘向きではない。先祖代々彼は魔術師であるが、人々と共に生活し、森や山の恵みや驚異と共存するためにその力を使ってきた。

 そのため植物やその精霊を使役したり強化する物が多い。戦闘においては偵察や撹乱、妨害、逃走などに向いている。

 レーシィなどは良い例だ。

 加えてパベーダ自身が害することを好まない性格であるためねじ伏せるには火力が足りない。

 それでもどうにかこの森から抜けだして、「図書館」の仲間に保護と救援を求めるため、自分の「魔道書」を駆使した。

 だがこの森は出口がまったく見えず、直線に走っているのに終わりが見えない。公園はそこまで大きくないはずなのに!


 帽子を外し、髪を乱暴にかきむしる。

 色素の薄い肌が上気し、汗がしたたった。焦りと不安、そして走り続けたことで体力を削られている。

 長いまつげを伏せ、どうすれば良いか考えた。

 通信は使えない。

 伝令用魔道具も妨害があるのか通じない。

 飛ばした伝令魔術の鳥も方向がわからないのかぐるぐると回っている。


「なんで……」


 やわらかに波打つ髪をぐしゃりと掴む。パベーダは偵察用の虫を放ち、その視界で周囲を探った。

 その視野で捕らえたものにパベーダはぎょっとする。

 脚の白い、腹の出た二足歩行の狼がのしのしと辺りを探っていたのだ。舌なめずりをするそれは貪食に表情を歪めている。

 パベーダは花や植物を用いて匂いも紛らわせたつもりだったが、狼の嗅覚にどこまで通じるかわからない。しかもあれはどう見ても魔道のそれである。

 ルリの口に手を当て、息を殺させる。

 祈るように狼が去るのを待った。

 掌にじわりと感じる汗と、かかるルリの呼吸の短さに緊張が高まる。狼はヒクヒクと鼻を動かした。そして酷く長く感じる時間が過ぎ、足音が遠ざかっていく。

 十二分に距離が取られ、足音が無くなったタイミングでふたりは脱力する。


「これは夢、これは夢、これは夢……」


 ルリは顔を覆ってぶつぶつと呟く。一般人である彼女は恐怖に感じても現実感がないのだろう。こういう反応になっても仕方がない。そう思いパベーダは気を引き締める。

 彼女のような一般人を守るのが自分の役目なのだ。大きく深呼吸し、ツルの植物を呼び出す。一匹でも怪物の追跡を減らしたい。そして今このタイミングであれば妨害の罠を少しは張れる。

 パベーダは「魔道書」を片手に呪文を唱えてバレないように木や地面に罠を張り巡らせて行く。適度に視界を奪えるよう、木に這う蔦の植物も生やしていった。


「半径五百メートル……こんなものかな」


 罠をしかけ終えて、虫の視界を使って観察する。いくつかのくくり罠で追いかけてきた怪物が捕まっていた。くくり罠に使ったツルの植物はパベーダの魔術も相まってかなり丈夫だ。中々脱出はできないので、時間は稼げる。

 罠が上手くいったことで安心したパベーダは、震えるルリの肩を掴み、使命感と正義に燃える青い眼差しでもって見つめた。


「大丈夫。君はオレが守るから」


 そう言ったパベーダのことをルリはキッと睨む。


「クラウディオさん置き去りにしておいて、そんなこと言われても嬉しくない……!」

「あいつは怪物なんだ! 一緒にいたら危ないんだよ!」


 ここから脱出し、自分が「第八図書館」へ連絡すれば、ルリは保護された後記憶処理を施されるだろう。しかし無駄に記憶を弄ることはさせたくない。

 そのせいでパベーダはあまり突っ込んだ説明ができずにいる。伝えきれないもどかしさで周辺への注意がおろそかになった。


「ひっ!」


 ルリがパベーダを見て悲鳴を上げる――いや、パベーダの背後を見て青ざめて悲鳴を上げたのだ。

 パベーダは迂闊さに後ろを振り返る。そこには先程やり過ごした腹の膨れた狼がいた。

 次の瞬間、狼はぐるりと前のめりに回転し、宙に浮かぶ。その足がくくり罠に引っぱられて宙吊りになったのだ。


「よし!」


 パベーダはツルを両手に握り、狼の首に回した。足の裏で狼のからだを全力で押しやり、首を締め上げる。

 狼は悶え苦しみ、酷い鳴き声を洩らす。

 それでもパベーダは力を込め、狼を締め上げる。手に骨が折れる感触が伝わり、それと直後に狼が脱力した。

 狼はだらりと舌を出し、ピクリともしなくなった。


「た、倒した……」


 興奮状態から呼吸が荒くなり、汗で額に髪が張り付く。純粋に大きさで手強いこの狼を無力化できたのは大きい。

 パベーダは膝に手を置き、呼吸を整えた。


「もう大丈夫だよ」


 顔を上げ、ルリを見て笑ってみせる。ルリは先程責めるようなことを言ってしまったためか、申し訳なさそうな顔をしていた。


「……ありがとう、ございます」


 ルリの感謝の言葉でパベーダは嬉しくなった。自分は無辜の人々を守るために「司書」になったのだ、と。


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