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第38話 「迷いの森」03

 気配はうなじの産毛を逆立たせる。しかし感じるのは殺気や凶暴さのあるものとは異なった。

 まるで子どもが好奇心から向ける無邪気な残酷さのようで、クラウディオは逆に気味が悪かった。

 パベーダもなにか感じているのか、ルリを背に庇うよう、神経を研ぎ澄ませて辺りをうかがっているようだった。


――じゃきん、じゃきん……


 耳に届いたのは刃物が……そう、鋏が開いたり閉じたりする音。弾かれたように三人はその方向を見る。

 そこにいたのは白い山羊だった。


「ひっ!」


 ただし、普通の山羊ではなかった。二足で立ち、小柄な人間程度のそれは服を着ている。その前肢がもっているのは、枝を切る刈込み用の物よりもずっと巨大で禍々しい鋏だった。

 ルリが顔を青ざめさせて震え上がる。

 足がすくんでいるのか、その場でたたらを踏んだ。

 それに反応した山羊は耳障りな鳴き声を上げて三人を獲物と定め、目を光らせる。


「走れ!」

「失礼しますっ!」


 クラウディオは声を上げ、パベーダはルリを抱き上げて走り出す。ルリは舌を噛まないように口を押さえ、恐ろしさから目に涙を浮かべていた。

 クラウディオは背後に迫る山羊との距離を目測しつつ、その場で身をひるがえす。勢いを殺さずに距離を詰め、山羊の前肢を蹴りあげて鋏を弾き飛ばした。

 とても山羊とはいえない鳴き声を上げ、それはクラウディオに襲いかかる。クラウディオはしっかりと山羊を見据えて、その鼻面目がけて体重の乗った拳を振り抜いた。

 獣毛越しに骨の砕ける感触が伝わる。地面に叩きつけられた山羊はそのまま砂のようにかき消えた。


――上手くいったな。


 拳を開いて閉じて、クラウディオは感覚を確かめる。一か月我慢した月乃の手により新たな「魔道書」をからだに降ろしたクラウディオは、あることを試みていた。

 からだ全体ではなく部分的に「魔道書」の力を使うことである。

 先程は人狼の力を拳を叩きつける直前に腕にのみ発動させ、接触して振り抜いた瞬間に解除させた。これなら一般人ふたりに目撃されずに済んだろうとぶっつけ本番でやったがクラウディオは見事に成功させた。

 ルリとパベーダの方を振り向き、姿を確認すると前方で足を止めたふたりが戻ってくるところだった。


「くっ、クラウディオさん、無事ですか?!」


 顔を青ざめさせたルリがクラウディオの周りをぐるぐる回りながらからだを触り、無事を確認する。よほど動転していたらしい。

 久方ぶりに触れた一般人の反応に、クラウディオは彼女の肩を押さえて落ち着かせた。一方パベーダはじっとクラウディオの方を見据えている。

 さすがに一般人であればあんな怪異を見れば多少の動揺も有るはずだ。それが一切ないところを見ると、パベーダは相当肝が据わっている。

 感心するように彼を見れば、青い視線とぶつかり、ばちりと火花が散った気がした。

 ふたりの巨漢が黙って睨み合う状態が数秒続く中、ルリが男たちを交互に見る。


「あの、さっきのあれ、なんだったんですか……?」

「……わからん」


 クラウディオは正直に話した。

 嘘ではない。

 魔術的な存在ではあるだろうが「魔道書」ではない。その証拠にあの山羊は何も残さなかった。

 考え込むクラウディオを不安そうに見るルリ。

 ふいにパベーダがルリの手を引き、距離を取らせる。そしてふたりの間に割り込む。その青い眼差しはクラウディオを睨んでいた。


「え、ちょっと、何を」

「ルリさん、この人から離れて」


 混乱するルリが抗議の声を上げようとする。しかしパベーダは動かない。クラウディオは声をかけようとするが、その手に若い新芽色の本を持っていることにはっとする。

 パベーダの口から二重の音がこぼれる。


『聖域かつ死の場所を彷徨う者、祝のために姿を変える者、流れる者を惑わす者、この者の目をくらませたまえ、レーシィ』


 投げられた小枝の一本に光が集まり、長い白髭の老人が現れる。老人が手を広げると風が起こり、葉を巻き込んでクラウディオの視界を奪う。

 目を庇うとパベーダは勿論、ルリも姿を消していた。


「しまった……!」


 パベーダが「魔道書」を使っていた。それはつまり司書、もしくは「図書館」に属さない魔術師ということである。

 月乃の話では魔術師は自己中心的な者が多いらしい。一般人であるルリを守ろうとしていたところ、「図書館」のシンボルは確認はできなかったがおそらくは司書である。

 山羊の怪物を倒したことで、自分が疑われて引き離されたことを察した。


「あれだけ大々的に呼び立てておいて周知はしていなかったのか……!」


 クラウディオが月乃の助手であり、『白紙の魔道書』であることの情報共有がされていない。査問会まで開いて月乃共々呼び立てたというのに、と忌々しげに部門長の連中をクラウディオは思い浮かべた。

 クラウディオは再び背後に気配を感じ、後方を振り返った。そこには赤い頭巾の少女が猟銃を構えて笑っている。

 クラウディオはそれを見据え、からだを沈ませた。


「一般人はいない。加減はしないぞ」

続きはまた次の週末を予定しております。

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