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第35話 「査問会」07

衝撃的事実の発覚、の回。

「それでは、帰りましょうか」


 研究部門の職員に少々引き留められつつ、家に一番近いところまで行くための扉をくぐる。

 扉をくぐればカフェに出てきた。どうやらここも「図書館」の管轄らしい。

 カフェのマスターに会釈をして店の外に出れば日の傾き始めていた。


「さて、駅までタクシーでも拾うか」

「え、もっといい方法があんじゃん」


 正人が慣れた様子で周囲を見渡していると、定家が月乃を指さす。

 正人も月乃も一瞬きょとん、とするが月乃はすぐに察したようで『陰陽の魔道書』を取り出した。


「人目はなし。おーけー」


 定家が周囲を確認し、指で輪を作る。


『生命を喰らう者、真の姿を写さぬ者、永久の寝床にて誕生と祝福を避ける者。降りよ、バンパイア』


 月乃は二重の呪文を唱え、定家に力を降ろす。

 定家の方は慣れた様子で上着を脱いだ。


「正人、上着持っててー。ハイ、失礼しまぁす」

「さっ、定家?!」


 定家は正人をひょいと横抱きに抱き上げ、コウモリの翼を広げて飛び上がる。

 正人は抱き上げられてばたつくも、空中に浮かんだ途端からだが不安定になり定家の首にしがみついた。


「ほら、いくよー?」


 定家の呼びかけでクラウディオは月乃を見る。月乃は笑みを浮かべて両腕を広げて伸ばした。

 上着を月乃に預けクラウディオは上半身半裸になる。意識を集中させて写し取ったヴァンパイアの力をからだに巡らせた。

 広がった巨大な翼は力強く、問題なく動いた。


「月乃」


 月乃の膝裏と背中に腕をまわして抱き上げる。月乃が首に腕をまわしたため自然とからだが密着した。

 翼を羽ばたかせれば重力をものともせず、からだは浮かび上がる。


「こっちだよー」


 定家の案内で日が暮れはじめた空を飛ぶ。が、定家は調子に乗って急降下や急上昇を繰り返したり宙返りをしている。

 正人はときおり声を上げながら定家に捕まり、腕の中で青くなったり赤くなって目を回している様子だった。


「ふふ、すごい。『図書館』の帰りでこんなに楽しいの初めてですわ」


 街を眼下に見下ろす月乃は楽しそうだ。クラウディオはほぼふたりきりと言っていい状況と少々の急いた気持ちから口を開く。


「月乃、お前は……魔女とは一体何だ?」


 間近の月乃の目を見つめ、クラウディオは尋ねる。月乃が目を丸くし、瞬きもせずにクラウディオを瞳に写した。

 反射的にクラウディオは失敗したか、と考える。


「無理に聞く気は……」

「化け物、ですわね」


 クラウディオの言葉にかぶせるように月乃は言葉を洩らした。

 その表情はいつもと変わらぬ笑顔ではあるが、その瞳は深淵だった。


「俗にいう『神様』をからだに封じた人間ですの」


 風と定家の笑い声と正人の悲鳴を遠くに聞きながら、クラウディオは月乃の声に耳を傾ける。


「光の神、海の神、知恵の神、豊穣の神、司法の神、薬の神……様々な信仰を集め、強大な『力』を持つ『神』と呼ばれる存在をその身に封じている人間――それが魔女です」


 月乃はクラウディオの頬を優しく、そして嫌に艶っぽく撫てささやく。


「恐ろしい、ですか……?」


 その問いかける月乃の表情は優しい。

 クラウディオからすればそれはおかしな問いかけだった。。


「ヒトモドキの俺にそれを聞くか?」


 クラウディオは微かに笑みを浮かべていた。似たもの同士だったわけだ、とクラウディオは安心と親近感がわく。

 月乃もクラウディオの返答にいつもの笑みを浮べ、いつもより少し嬉しそうに目を細めた。

 クラウディオは力強く翼を動かし、薄暗くなりつつある空を飛ぶ。首に回された月乃の腕に力が込められた。

 抱き上げたこと自体は何度もある。けれど空の上という特殊な状況のためか、クラウディオの心臓はいつもより早くなっていた。

 月乃が落ちないようにとしっかりからだに抱き寄せて空を飛ぶこの状況はほんの少しくすぐったい。

 見えてきた我が家に降り立ち、月乃を降ろせば「帰ってきた」という感覚がした。


「お帰りなさい、クラウディオ」

「……ああ、ただいま」


 月乃に差し出された上着を羽織り、クラウディオは月乃に応える。

 今日一番、心がホッとした瞬間だった。


「はーい、とーちゃくっ」


 やかましく定家が着地する。

 定家の腕の中の正人は目を回し、顔をまっ赤にしてへろへろと座り込んでしまった。


「大丈夫か?」


 クラウディオが手を貸そうとすると、正人が制止するように手を上げ、横に首を振る。定家が手早くシャツを着て、正人に肩を貸した。


「正人こんなだから、このまま家帰るわ~。じゃーねー」


 ひらひらと手を振り、ワゴンの助手席に正人を乗せて定家はエンジンをかける。

 そのままさっさと帰路につく定家は、台風のようだった。

 少々あっけにとられつつ、月乃と一緒にクラウディオは家に入る。


「あのふたりはどこに住んでいるんだ?」


 疑問がポロ、とクラウディオの口からこぼれる。ふたりは月乃の怪我の介護中、週に二、三回訪れていた。

 仕事もあるだろう。

 それでもマメに日用品や食材の差し入れてくれていたし、今日の査問会では助けられたところがある。後日礼をしようとクラウディオは思い立った。


「ここから車で大体一時間くらいのところですね。あのふたり、一緒に住んでいるんです」

「そうか、随分と仲が良いんだな」

「だってあのふたり、付き合っていますし」

「え?」


 クラウディオは月乃の言葉が聞き間違えかと聞き返してしまう。


「あのふたり、恋人同士ですわ」


 「言いませんでしたっけ?」と言う月乃にクラウディオは理解が追いつかず、思考が宇宙に飛ぶ。


――つまり、つまり俺は定家にからかわれていた……?


 定家の今までの挑発的行動の数々を思い出す。

 クラウディオは一か月ほど振り回された心にドッと疲れが沸いてきた。

 クラウディオの脳裏に、あの実に楽しそうに笑う定家の表情と声が浮かび、頭痛を感じる。

 思わず頭を押さえて唸るのだった。

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