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第34話 「査問会」06

「月乃司書! 新しい魔道具できたので持っていってください! 感想聞かせてください!」

「正人監査官~予備の眼鏡ができたので後でお持ちいたしますね~」

「定家さん! 触媒の修理が終わりましたので後ほどお届けします!」


 研究部門の職員に与えられる研究棟――そこに入った途端、クラウディオ達は大勢の研究部門職員に囲まれた。

 月乃たち離れた様子で対応しているあたり慣れた様子だが、クラウディオは違った。


「あなたが噂の!」

「よろしければこの後実験に付き合っていただけませんか?」


 誰も彼もが『白紙の魔道書』だというクラウディオのことを知的好奇心で見ている。そのあまりにも圧の強さは今まで経験してきた戦場や強者相手のプレッシャーとは違ったため、クラウディオはたじろぐこととなった。


「こらこら、今日は『眠り姫』に会いに来ただけなんだから駄目だよぉ」


 研究部門長・タイラーが職員達をなだめてようやく職員達は離れる。


「はい、正人くん。これ鍵ね」

「ありがとうございます」


 タイラーから正人が鍵を受け取り、研究棟の奥へと進む。

 ひんやりとした廊下の奥に突き当たった。


「ここは……」


 歴史的な建築物に不釣り合いな、無骨で頑丈そうな扉がたたずむ部屋だった。純粋に物理的な面では重機を持ち出しても破壊できるか怪しいほどのものである。

 その無骨な扉には不釣り合いなほど繊細な細工の施された鍵があった。その細やかな文様から、魔術的な意味があることをクラウディオは察する。

 正人が鍵を差し込むと扉が立体パズルのように動き出し、扉が開かれた。

 正人を先頭に部屋に入る。

 広い空間の中央にはベッドがあった。

 アンモビウムと沈丁花で埋め尽くされたベッドにはとても長い黒髪の女性がひとり横たわっていた。

 年の頃は月乃よりもいくつか年下のように見える。

 白いワンピースを着せられた彼女は丁寧に手入れされているようで、人形のようにも見えた。

 正人が彼女に近づき、頬をそっと撫でる。その顔は酷く寂しそうにも、辛そうにも見えた。

 クラウディオはこそりと月乃に顔を近づけてたずねる。


「正人の血縁か?」

「ええ、妹さん。凜音さんていうんです」


 月乃に誘導され、クラウディオは花の中に横たわる凜音の顔をのぞく。かすかに胸が上下し、呼吸していることから眠っているとわかった。しかしその手足には枷がはめられている。美しい花の中で眠るにはあまりにも不釣り合いで際立っていた。


「正人くんはもちろん、わたくしたちが『図書館』に所属する理由です」


 月乃の静かな言葉に、正人が言葉を継いだ。


「俺が大学生、凜音が高校生のころだ。家族で海外旅行に行ったとき、魔術師に呪いをかけられてな……」


 正人が自分の目を押さえ、凜音を見つめる。正人の背中をぽんぽん、と軽く叩く定家。辛そうな表情の正人はハ、とつまらせていた呼気を吐き出し、言葉を続ける。


「俺はチャームの、凜音は眠り続ける呪いをかけられた。妹は満月の日にしか目覚めない」

「しかも起きたら起きたで暴走しちゃってさ。手がつけられないの」

「それは……」


 それが手足にかけられた枷の理由らしい。

 クラウディオはこの華奢な女がここまで厳重に保護……いや、監禁されている様子の異様さに呪いの厄介さを察した。


「わたくしや定家の魔女の力で呪いを壊すことはできても解くことは難しいんです」

「同じじゃないのか?」


 クラウディオは過程は異なっても結果は同じなのではと考え、疑問を口にする。

 定家が大げさなくらい肩を竦めて見せた。


「ぜーんぜんちがうよ。めちゃくちゃに絡まった糸を切るのと、一本も切らずにほぐすくらいにね。下手に呪いを壊すと本人が壊れたり、周りに呪いが広がったりする」

「凜音さんの呪いは複雑で……いくつかのものが重ねがけされていますの」


 だからとても難しい、と月乃は言った。

 正人が複雑そうな表情で凜音の手枷に触れる。


「月乃と定家、ついでに俺が『図書館』に所属することで設備や情報を与えてもらっているんだ」

「まあ、実際こっちから頼んだって言うより『図書館』が先に頼んできたから利用させてもらってるって感じだけどね」


 定家はやれやれ、と肩を竦める。先ほどまでの査問会のことを思い出している様子だった。


「だから持ちつ持たれつ、って感じなんだ」


 成る程、とクラウディオは納得する。あれほどまでに査問会で「眠り姫」を話題にされて怒っていたのはそういうことだったのか、と。

 そしてますますクラウディオの中で気になるところができていた。


――「魔女」とは、なんだ。


 以前自身のことである『白紙の魔道書』について聞かされたとき、同時に月乃の言う「魔女」について聞きたかった。

 ちょうど正人からの通信があってそれから聞きそびれてしまっていたが。


――聞いてもいいものだろうか……


 「眠り姫」との面会を終え、再び扉が閉められる。

 クラウディオは月乃の背中を見ながら考え込んでいた。

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