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第33話 「査問会」05

 査問会を終え、正人をのぞく三人はカフェスペースでそれぞれ一服していた。


「あー、やっぱり今回もイェルカさんにいい具合に仕事任された感じじゃん」


 ネクタイを弛め、アーモンドミルクのラテをすする定家は少々不満そうだった。

 月乃は真っ赤なハーブティーをくるくるとかき回しながら定家を見る。


「『ペナルティを与えている』雰囲気を出して、なおかつイェルカさんには従っている……という態度をとっておけばダレンさんは黙らざるをえないですからね」


 クラウディオは月乃と定家をまじまじと見る。ふたりはよく似た仕草でカップに口をつけていた。

 クラウディオは査問会の時から気になっていたことを口にする。


「月乃、定家は弟なのか……?」


 その言葉に月乃も定家も目をぱちぱちとする。よく見れば少し垂れた目もよく似ていた。


「言いませんでしたっけ?」

「今頃気付いたの?」


 月乃と定家がそれぞれクラウディオに言う。ふたりの言葉にクラウディオは思わず眉間に手をやった。

 ここ一か月、感じていたモヤモヤが一気に飛んでいく。ついでに感じていた引っかかりをもうひとつ解決しようと疑問を口に出した。


「正人とも親類か?」

「まあ、一応。正人のお父さんとウチの母親がはとこなの」


 定家の回答にクラウディオは胸の中の引っかかりが全て外れた気がしていた。

 その様子に定家はイタズラっぽく目を細め、口元ににんまりといやらしい笑みを浮かべる。


「ちなみに、ふたりは昔恋人同士だったんだぜ?」


 定家からの爆弾に、クラウディオは目を見ひらく。その反応が面白かったのか、カラカラ笑いながら定家は腹を抱える。

 その後頭部をペシン、と叩いたのは正人だった。彼は呆れたように眼鏡を持ちあげ、クラウディオを見やった。


「まだチャームの扱いが上手くできなかったころに、月乃が恋人のフリをして助けてくれていたんだ」


 「今日の査問会でウチの部門長の暴走見ただろう?」という正人は定家に眉間のシワをほぐされていた。


「そ、アンタみたいに暴走するヤツも少なくなかったから、恋人役の月乃に突撃してきたところをチャーム解除、っていうのやってたんだよ」

「……その、あの時は申し訳なかった」

「いや、気にしないでくれ」


 クラウディオと正人は気まずそうに顔を伏せる。

 クラウディオは今気持ちが落ち着いていた。月乃と彼らの関係を邪推して胸に感じていたつまりはなくなり、査問会の月乃の言葉と自身の宣言はクラウディオの心を安定させる。

 飲んでいたブレンドコーヒーは冷めたが美味しく思えた。


「そうだ。月乃、そろそろ凜音の準備が……」


 正人の言葉にかぶせるように背後からバタバタと騒がしい足音が聞こえた。

 足音の方を向けば見覚えのあるロックかパンクのボーカルのような背の高い人物がかけて来る。


「月乃!」


 現れたのは白と黒のロングヘアを振り乱すアンリだった。

 若干涙目に見えるのは気のせいだろうか?


「アンリ、元気そう出よかった」

「元気なわけあるか! ここの連中にあれこれ調べられて気分最悪だ!」


 まるで医者に連れて来られた犬のように喚くアンリは月乃にくってかかる。


「そんな! あんなに楽しそうだったじゃないですか!」


 突然生えたかのように現れたお団子を動物の耳のように結んだ白衣の女性が現れる。


「ぎゃぁ! でたっ!」

「ヘルガさん、こんにちは」

「月乃司書、査問会お疲れ様でしたぁ。あ、ショートヘアも似合ってますよ!」

「ふふ、ありがとうございます」

「どーもヘルガちゃん。元気そうじゃん?」

「ちわっす定家さん! こちらの赤毛の方は?」

「クラウディオだ。月乃の助手をしている」

「初めましてクラウディオさん。ジブン、研究部門のヘルガって言います!」


 元気いっぱいな彼女に少々驚きつつ、クラウディオは会釈をする。

 アンリは月乃を壁にするように月乃の肩を掴み、ヘルガを睨みつけている。

 その姿はかまわれすぎた動物が嫌がる様子によく似ていた。


「つっきの司書~!」

「げっ!」


 声の方向を見れば、ヒラヒラと手を振るタイラー研究部門長がいた。彼はいつの間にか白衣を羽織っており、ヘルガは彼と同じ部門で仕事をしているのではと見当がついた。

 タイラーとヘルガのそろった様子に距離をとる。


「お前の髪に残った力もそろそろ尽きそうだ。しばらく本になる……」


 元気そう出よかった、とつぶやきアンリは「魔道書」に戻り、月乃の手の中に収まってしまった。


「まだまだ調べさせてもらいたかったんだけどなぁ」


 タイラーが残念そうにしていたかと思うと、くるりとクラウディオのほうを向く。

 少々オーバーな動きで彼は手を広げた。


「『白紙』のクラウディオくん、さっきぶりだね。ボク研究部門の長やってるタイラーっていうんだ。よろしく」

「えっ! まじですか!? この人が『白紙の魔道書』さんですか?!」


 友好の印なのか、タイラーは握手を求めててを指しだし、ヘルガは興奮気味にクラウディオの周りをうろちょろと歩き回った。

 ダレンやイーダと違い、歓迎ムードのふたりにクラウディオは思わずたじろいだ。


「タイラーさんには本当、いつもお世話になっています」

「いやぁ、持ちつ持たれつだよぉ。『原本』なんて手にできたのは月乃さんのおかげだしぃ」


 そういえば先ほどの査問会でタイラーは自分を擁護する発言をしていた。

 月乃は普段から彼らとは良い関係を築いているのだろう。


「月乃さん……あのぅよろしければクラウディオさんのデータをとらせていただきたく……」


 ヘルガがもじもじとクラウディオと月乃を交互に見ながら頬を赤らめている。

 ただクラウディオは向けられた眼差しがモルモットをみる研究者のそれに見え、一瞬背筋に寒気を覚えた。


「後日でかまいませんか? 査問会が終わったら凜音さんの顔を見てすぐに帰る予定だったので」

「そっかぁ、残念……」


 あからさまに肩を落としてしょぼくれるヘルガと、内心ホッとするクラウディオ。

 月乃はにこにこしながら人差し指を立てる。


「その代わり『魔道書』を二冊ほどお貸ししますので」

「マジですか! やったぁ! じゃああとで目録チェックしてお願いしますんで!」

「そうそう試作の魔道具、あとで定家くんに持っていってもらうから、ぜひ使ってちょーだいよ」

「ありがとうございます」


 嵐のようなふたりが去った後、ようやく静けさが戻ってきた。

 正人が腕時計を確認し、顔を上げる。


「月乃、そろそろ面会の準備ができた頃だ」


 正人の言葉で月乃は立ち上がる。定家もカップを置いて席を立った。

 月乃はクラウディオの方に視線をやり、首をかたむける。


「クラウディオも行きますか? 『眠り姫』に会いに」

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