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第32話 「査問会」04

 正人が戻ってきて、ダレンが咳払いをする。


「それで、話を戻すがクラウディオ補佐の処遇について……」

「先ほどから聞いていればずいぶん一方的にお話しなさいますのね」


 月乃はダレンの言葉を遮る。

 その表情はうんざりを通り越し、ダレンに向けた視線はどろんと生気がない。

 わざとらしく長いため息を見せて、胸に手を当てる姿は少々芝居がかっている。


「お忘れですか? わたくし『第八図書館』に所属して、研究協力も収集協力もいたしますとしました。でも契約時基本的に『裁量は自由』としたはずです」

「その度が過ぎているというのだ!」


 ダレンが言葉を荒げる。

 何度もやりとりしたのだろう。いいかげんにして欲しいと言わんばかりに月乃は姿勢を崩した。


「おたくのマッケンジーさんには大変迷惑かけられましたが、管理部門に対しては不問にしてさし上げましたのに?」

「それとこれとは別だ! 『写本』であってもひとり一冊か二冊が限度の『魔道書』をあれだけ所有していることが問題なのだ! あれらは本来『第八図書館』管理部門の元に置くべきはずものだ!」

「何度も説明したではありませんか。それに関してはタイラー研究部門長のお墨付きでしてよ?」

「うん。どれも完璧に支配できているよぉ。まあ今回のクラウディオ補佐の件は暴走がきっかけで判明したわけだし、名前を刻めば問題はないだろうねぇ」


 タイラーはにこにこと上機嫌に話す。

 クラウディオはタイラーの言葉に少し引っかかりを覚えた。

 それを確認するよりも先に月乃が話を修正する。


「話がずれましたね。クラウディオの今後ですが、彼は引き続きわたくしの助手として手元に置かせていただきます。わたくしの『魔道書』や魔術師に関わる事件、解決・収集の実績から助手の処遇程度であれこれ言われる筋合いありません」


 もう結論は出ていると言わんばかりの月乃ははっきりと言い放つ。定家は肩を震えさせて笑いをこらえ、正人は額を押さえていた。

 そんな月乃の態度にダレンは額に血管を浮かべぶるぶると震え出す。

 しかも唾を飛ばしながら喚き始めた。


「そんな勝手なふるまい、許されると思っているのか! 『白紙の魔道書』だぞ! 封印指定が妥当だ!」


 怒りにまかせて喚くダレンの言葉に本音が出たなと言わんばかりに月乃はそっぽを向く。その仕草にさらに頭に血が上ったのか、ダレンは身を乗り出した。


「貴様がそのような態度をとるならこちらにも考えがあるぞ! 『眠り姫』の保護を打ち切ってもかまわないのか?!」


 「眠り姫」という単語を聞いた瞬間、月乃はダレンを睨みつける。

 クラウディオも胃の腑をつかまれるようなすさまじいプレッシャーを放つ月乃。彼女の影がぐにゃりと形を変え、山羊のように見えた。


「……いいかげんになさって。どちらが『お願いする』立場であるかお忘れですか?」


 目を見ひらいて深淵の眼差しをダレンに向けた。あまりにも暗いその眼差しに、ダレンは息を呑み、カティは「ひっ」と小さく悲鳴を上げタイラーは興奮気味に月乃を食い入るように見ていた。

 クラウディオは月乃が肝心なことをいっていないことを思いだし、肩を掴んで彼女を止めた。


「クラウディオだ。発言させてもらう」


 一歩進み出し、クラウディオはネクタイを弛めた。そしてぐい、と今朝刻まれたばかりの文字を襟を引っぱって見せつけた。


「俺はすでに月乃に所有印を刻まれている。俺は月乃のものだ」

「なっ!? またそんな勝手を!」

「クラウディオ補佐の意志です。俺が保証します」


 定家が一歩踏み出し、挙手をして発言する。クラウディオは定家がやや強引に所有印を刻ませた理由がようやくわかった。

 クラウディオの所有や封印を「図書館」にさせないために先手を打ったということだったらしい。

 定家はバチン、とクラウディオに向かってウィンクをしてきた。


「血縁者の意見が信用できるか!」


 ダレンの言葉に今度は定家がすさまじいプレッシャーを放つ。あの飄々とした態度からは想像ができないほどの圧が、かけられている。


「『魔女』が誓約持ち出してんだぞ? 何様だ?」


 月乃そっくりな深淵の眼差し。そして影が不定形に歪む。

 ざわざわと部屋の中の影から異質な気配がした誰もいないはずなのに、たしかにそこに感じる無数の気配。

 爆弾のスイッチに手がかかっているような、そんな緊張感が走った。


――パンパンッ!


 手を叩く乾いた音が二回、響く。

 一斉に音の方向を皆が注視する。

 張本人の調査部門長イェルカは品のいいたたずまいを保っていた。


「すでに『白紙の魔道書』ことクラウディオ補佐には月乃司書の所有印が刻まれ、暴走などの心配はない。そして月乃司書は今後も我々『第八図書館』の収集および研究に協力していただける――そこに間違いは無いですか?」

「ええ、間違いありません」

 その言葉を確認するとイェルカはほうれい線を深くして上品な笑みを浮かべた。

「でしたら問題ありませんね。今後も『魔女』であるご姉弟に協力していただくためにも、もうよろしいではありませんか」

「イェルカ部門長!」

「お黙りなさいダレン管理部門長。『図書館』は大きな声で話す場所ではなくてよ」


 イェルカの言葉にダレンはぐっと言葉を飲み込む。ダレンを黙らせたイェルカは月乃に艶のある視線を流した。


「ただ月乃司書。今回は事後処理を含めあなたの不在の間『第八図書館』は多くの労力をかけました」

「それにつきましては感謝いたしていますわ」

「感謝してもらえるのなら、三つほど『魔道書』絡みと思われる案件、お願いできないかしら? 持ちつ持たれつ、ということで」


 月乃にイェルカは両手を合わせて首を傾ける。まるでおねだりをする少女のようだ。

 イェルカはこの査問会を月乃の希望を通して終わらせるために交渉している。ダレンを含め、月乃を気に入らない一派を黙らせるために自分が一役買おうということらしかった。

 月乃は胸に手を当て、姿勢を正す。


「月乃司書、承らせていただきますわ」

「ありがとう、助かるわ」


 「皆さんもよろしくて?」と視線を一周させるイェルカ。誰も反論はさせないと言わんばかりの雰囲気があった。


「それでは今回の査問会は滞りなく終了と言うことで」


 イェルカが進行役の青年に視線を投げ、青年ははっとした。


「こっ、これにて査問会を終了いたします!」


 ひっくり返りそうな青年の声でもって、閉会となった。

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