第29話 「査問会」01
おおよそ一か月後。
月乃はバンドも右腕の吊り下げ布も外してゆっくりと腕を動かせるようになった。
鎖骨はきれいにくっついたようで、レントゲンを見た限り問題はないとのことである。
ふわふわのショートヘアにした月乃は「司書」の制服に身を包んでいた。
「クラウディオ。午後から査問会ですから、用意しておいた服を着てくださいね」
「ああ、了解した」
オーダーメイドらしいスリーピースのスーツはクラウディオの巨体にもぴったりで、動きも柔軟である。正直なところ布代だけでいくらしたのかと計算機が頭の中でせわしなく音を立てていた。
ドアノッカーが音を立て、月乃が席を立つ前にクラウディオは手を上げて制する。
玄関扉を開ければそこにいたのは二色頭の定家だった。
「よぉ」
「……」
口元には笑みが張り付いているが、けんか腰にも捕らえかねない様子の定家に、クラウディオは無言で迎える。
「おい、定家。いつまでそこに立ってるつもりだ」
定家の巨体の影から正人が顔を出す。
正人が現れたタイミングで、月乃は戻りの遅いクラウディオの様子を見に玄関に来てしまったらしい。
「月乃、少し早いが来させてもらった」
「正人がせっかちだから来ちゃった~」
正人の頭をその大きな手でかき混ぜるように撫でる定家。そしてその脇を取り出した刀の柄で殴る正人。
「あふんっ」と妙な声を上げた定家にクラウディオはなめくじを見た様な感覚になる。月乃は見慣れているらしく、コントにはノーコメントでふたりを迎え入れた。
「ふたりともいらっしゃい。ちょうど良かった。『図書館』へ行く前にクラウディオの封印外すから、立ち会って欲しくて」
絵画の扉を通り、「魔道書」を収めた書庫へ入る。
正人と定家が立ち会う中、月乃はクラウディオの胸に手を当てた。そして二重の音の呪文を口ずさんだ。
『翼を広げた鷲、野を駆ける猫、水色の鍵。その目を忘我にて濁らせる者には鎖をかけよ。ここに汝の力を解放する』
月乃の呪文が光になり、クラウディオを貫く。クラウディオの中でひとつをのぞき、力が解放された感覚がわかった。
「よし、これでオーケーでしてよ」
ふんす、と問題なく使えた力に胸を張る様子の月乃と、それじゃあそろそろ行くかと準備の姿勢に入るクラウディオと正人。
そんな三人に向かって定家は「止まれ」のポーズをした。
「ちょいまち。ひとつ聞きたいことがある」
ぴ、と定家はクラウディオに向かって指を突きつけた。
睨めつけるように定家はクラウディオを見上げている。
「お前これからも月乃の助手としてやってくの?」
定家の問いかけはクラウディオには愚問であった。聞くまでもなく、クラウディオは月乃を守るために助手を続けるつもりである。
「ああ、もちろんだ」
クラウディオの返答に定家は目つきを変えない。値踏みするように見ている。
「だったらこの場で月乃に所有印刻まれろ。他の『魔道書』と同じように、だ」
「定家! 絶対服従の縛りだぞ?!」
真っ先に声を上げたのは正人だった。
定家がそんなことを言い出すと思っていなかったのか、定家の服の裾を引っぱって止めようとする。
月乃も困ったように定家とクラウディオを交互に見た。
「そこまでしなくても……」
「俺はこいつに覚悟を問うてるの。どうなんだよ?」
返答によっては、とその眼差しが言っていた。
クラウディオはとうの昔に覚悟は決めている。返答に迷いはなかった。
「俺は構わない」
「だって」
定家の表情は「やれ」と言っている。
クラウディオも同じ顔をしていた。
月乃は頬をかいてからクラウディオにしゃがむように言う。そしてそのやわらかな両手を首にあてがい、唇に音を乗せた。
『満たされた杯、紐の結び目、門番たる獣。黒の結びにより我が名を刻む』
月乃が呪文を唱えると、クラウディオの首に一瞬熱が走る。その太い首には月乃の持つ「魔道書」に刻まれた文字と同じものが首輪のように浮かんでいた。月乃が申し訳なさそうな顔をしてから軽く撫でるとそれは肌に馴染む色になる。
「できましたよ。以前手につけたものは必要無くなっちゃいましたね」
「所有印、いつも見えるようにしときゃぁいいじゃん。デコにでも刻んでやれば良かったのに」
「さすがにいつも見えるところに刻むのは」
不服そうな定家に月乃は首をかたむける。定家はひらめいたように言った。
「あ、下腹部に刻んでやれば良かったじゃん」
定家の後頭部を正人が柄で殴りつける。
正人が少々顔を赤らめて「やめろ……」と言った意味が、クラウディオはよくわかっていなかった。
「クラウディオ、着替えていきましょうか?」
背後で何やら言い合いながら正人に殴られている定家を無視し、月乃は書庫を後にする。
「そうだ、クラウディオ、これ」
月乃はクラウディオに一本、ネクタイを見せる。クラウディオの髪の色と同じネクタイだった。
「座って、結んでさし上げますわ」
そう言って椅子を指さす。
クラウディオは着席し、月乃はその首にネクタイを巻き付ける。
その距離感にクラウディオは妙に緊張してしまった。シュルシュルと手際よく、月乃はネクタイの形を作る。
クラウディオの太い首にもちょうど良いバランスになるように設えられたらしい。ネクタイはオーダーメイドのスーツのパーツとよくあっている。
「ありがとう」
「どういたしまして。似合っていましてよ」
クラウディオが礼を言いえば満足そうに月乃は笑みをかえす。
クラウディオの胸に温かいものがともった。ムズムズする胸の感覚はクラウディオの耳に熱を持たせる。
「えー? 何これ新婚見せつけられてる?」
頭にたんこぶを作った定家が現れるまでは。
クラウディオは冷静にネクタイを確認し、立ち上がる。
「お前は何を言っているんだ」
「えー? この一か月なんもなかったの?」
「やめないか」
正人が首をかしげる定家の頭部に手刀を入れて止める。その顔は嫌味のようなものを感じさせなくなっていた。




