表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/80

第28話 「白紙の魔道書」

 寝起きの姿のベッドで真面目な話をするのはちょっと、と言う月乃の主張に着替えを手伝い、朝食を済ませてから改めて向き合う。

 クラウディオも月乃も、真剣な眼差しをしていた。


「まず『白紙』と言うものが何かを説明しますわ」


 クラウディオは少々の緊張から、組んだ指先に力が入る。月乃はクラウディオの目を見つめながら口を開いた。


「『白紙』というのは正式名称『白紙の魔道書』といいます。制作魔術師は不明、今まで複数確認されています。人の形をしていて、通常時は人と変わりません」


 クラウディオは自分以外にも『白紙の魔道書』が存在したことに、少しだけホッとしていた。

 月乃は言葉を続ける。


「そして『白紙の魔道書』は他の『魔道書』の力を写し取る性質があります」


 今まで降ろされた「魔道書」の力――コカトリス、クルースニク、ヴァンパイア、そしてベルセルク――が己のからだに宿っているということらしい。

 クラウディオは胸に手を当てた。

 「魔道書」の力はすさまじい。

 使用者である分理解していた。対峙したときのその超常の力の恐ろしさを。いかに鍛えられた肉体の持ち主であっても、荒事になれた者でも造作なく命を奪う。

 一冊であっても驚異だが、それをストックできるというのはとてつもない兵器になり得る。それこそ月乃のもつ大量の「魔道書」をクラウディオに集約できると容易に推測できた。


「それ以外は本当に、ただの人なんです。ただ人より頑丈だったり、生命力が強かったりはしますが」

「……そうか」


 クラウディオは月乃の言葉に目を伏せた。「それ以外は」というこの言葉は逆に「人間でない」ということを表している。

 月乃は目を伏せたクラウディオの返答に説明を止めた。その様子に少し考える仕草をしてから問いかける。


「わたくし『魔道書』に関わらないことはあまり興味がないのを覚えていらっしゃいます?」


 あれは監査官の正人が最初におとずれた日。正人によるチャームで暴走する前にそんな話をしていた覚えがあった。

 こく、と無言で肯定すれば月乃は口元に笑みをたたえる。


「わたくしは魔女なので」


 月乃が言わんとすることをクラウディオは察する。そのまま月乃を見つめ、言葉を待った。

 目を細めて笑う月乃はどこか――ほんのわずかな時間、寂しそうな顔をしているように見えた。


「クラウディオが『魔道書』だなんて、驚きはしますけど嬉しいという気持ちのほうが強かったんです」


 月乃も月乃で思うものがあったらしい。

 「魔道書」は人を狂わせる。そんなものに関わるのなら、只人をそばに置くことはできない。

 本人は「『魔道書』意外興味がない」と称されていたが、それで孤独がなかったのかといえば別なのかも知れない、とクラウディオは考える。


「月乃、俺は」


 クラウディオが言葉をつむぎかけたとき、水晶通信の音が鳴る。

 「出るまでならすぞ」という強い意志を感じさせる着信。月乃が申し訳なさそうに席を立ち、話は一度区切られることになった。

 月乃はクラウディオに受話器を取らせ、自身の耳に当てさせる。月乃がクラウディオの手を取り、小さく呪文を唱えた。


「もしもし?」


 受話器を取ると以前は聞こえなかった通信内容が少々のノイズがあるものの聞き取れた。


「月乃、正人だ」

「正人くん、どうかしたの?」


 クラウディオは予想していたものの、通信の相手があの眼鏡の男であることが的中し、なんとなく眉間にしわが寄った。

 向こうはこちらが何をしているかなどわからないのだから仕方ないのだが、真直ぐな告白に横やりを入れられた気分だったのだ。


「部門長たちから連絡がある。『白紙』と一緒に『図書館』に来るように、だそうだ。間違いなく査問会だろう」

「わたくし骨が折れていますが?」


 月乃が溜息をつくと、通信の向こうで正人も同じように溜息をついているのが聞こえる。眉間に指をあて、皺を伸ばしているのが目に浮かんだ。


「そういうことだから、定家が怪我を理由に延期している」

「助かります。定家にもありがとうと伝えて?」

「ああ、わかった。しっかり養生してくれよ」

「お言葉に甘えて、しばらく休ませていただきます」


 受話器を置いて通信は終わる。

 クラウディオは月乃の顔を覗きこんだ。


「査問会?」


 月乃はクラウディオを一度見てから言いにくそうに目を伏せる。予想外に苦いカラメルを口にしたときのような、珍しく渋い表情をする。


「今回クラウディオが魔術師によって狂化されてしまったことが『図書館』で少し問題視されてしまって……」


 耳の後ろをかく月乃の顔には「面倒くさいなぁ」と書かれていた。月乃が「第八図書館」を好んでいないのは端々で気付いていた。そのため自分が原因になってしまったことには罪悪感がわく。


「悪かった……」


 申し訳なさからクラウディオは少々落ち込んだ声を上げた。そして表情もらしくない。その様子に月乃は慌てて左手を振って見せ、わたわたとしていた。


「あの! 気になさらないでください! わたくしが気に入らない一派がいるんです。今回もその人たちが騒いだだけだと……!」


 今まで見たことのない様子で慌てふためく月乃。

 月乃の言葉にクラウディオは思わず顔を上げる。気になった単語があったからだ。


「『今回も』?」

「……」


 月乃は沈黙した。

 余計なことは言うまいと、口を閉ざしているのは明らかである。その視線が飲酒運転のように蛇行する。

 月乃はクラウディオから目をそらし、素知らぬ顔で唇を尖らせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ