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第27話 「守るべきもの」04

 一杯水を飲んでからベッドへ、となったとき、月乃が枕を持ってクラウディオの部屋に訪れる。


「……自分の部屋で寝ないのか」


 セミダブルのベッドをつなげたクラウディオの寝床は充分な広さがある。ふたりで寝ること自体は問題ない。

 ないのだが……


「寝るのはともかく起きあがることも寝返り打つことも大変なんです」


 クラウディオは月乃の言葉に返す言葉は「そうか」、しか持ち合わせていなかった。

 さすがに同衾は、と思い床で寝ようとするクラウディオ。しかし月乃はベッドの隣をポスポスと叩いて「ちゃんとベッドで寝ろ」とジェスチャーをしてくる。

 月乃の横たわる位置を調整してやってから、クラウディオはなるべくベッドの端に陣取る。月乃に極力触れないよう、努めた。


「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 明かりを消し、月乃が目を閉じて寝息が聞こえるまでさほど時間はかからない。

 クラウディオも目を閉じると、さほど時間がかからず意識がまどろんできた。

 今日起きたことがあまりにもめまぐるしくて、疲れがどっと押し寄せてくる。この家に来てから、こんなに疲れたのは初めてだった。

 月乃と正人からは説明がないといってもいい状態である。定家の断片的な言葉と推測が、今のクラウディオのすべてだった。

 自分が「白紙」とか言う得体の知れない存在であること。

 覚えてはいないが自分が月乃を傷つけたらしいこと。

 わからないことだらけだ。

 月乃は「辞めてもいい」と逃げ道を用意してくれている。そして記憶処理といっていた。「ただのクラウディオ」として生きられるように。

 しかしこのまま逃げ、何も知らず、忘れて責任すら放棄するのは違う――そう思った。




---------------------------------------------------------------------------------------




 それは夢の中だった。

 クラウディオはそれが明確に「夢」であることを理解していた。臭いもない、熱もない。けれど少し念じれば鮮明にそれを思い出せる程度に記憶に焼き付いていた。

 顔の左側、特に耳の辺りが熱くてドクドクと脈打っている。

 視線を落とせば自分の率いる小隊の隊員全員が転がっている。

 黒焦げであったり、生焼けだったり。肉の焼ける臭いがした。

 肌や唇に感じるべたつきは空気中に飛散した人体の脂肪だろう。

 彼らはようやくクソッタレなレーションと最低な寝床から解放されると笑い、愛しき故郷へ共に帰るはずだった。

 伏しているダミアには年老いた両親がいた。生焼けになっているマーチはまだ幼い子どもと若い妻がいた。

 死んだ。

 帰りを待つ人がいる、帰るべき人が皆死んだ。自分だけが生き延びた。

 その酷い有様に心を病まない筈がない。

 守れなかったことへの罪の意識は根深く、上の判断で強制送還されそのまま軍を退役した。

 遺族に顔を合わせることもできず、誰も知らない場所へと流れ着いた。

 守るべき存在を守れぬまま、自分だけが生きながらえた過去。その先にあったのは苦しみだ。

 ただ漫然と用心棒として過ごしていた時の出会い。

――わたくしに買われません?

 女が自分を見下ろしていた。

 眉間に指をあててくる女の顔は逆光でうかがえない。





 クラウディオの意識が浮上する。

 隣に人の体温があった。

 上体を少し上げて、隣で眠る人物を見下ろす。隣で眠る月乃は骨折の痛みか、寝返りが打てないためか少しだけ寝苦しそうだ。

 そっと頬に触れ、そののまま首に移動させる。指先に感じる体温と脈、そして聞こえる寝息に彼女の生を確認した。


――月乃はまだ生きている。


 今回のことは本当に幸運だった。月乃にも、自分にも。

 クラウディオは静かに決意をする。

 月乃が小さく息を吸い込み、吐き出して脱力する。まぶたがピクピクと動き、目覚めの気配を感じさせた。


「ん……」


 月乃が唇をふにゃふにゃと動かし、ふわ、とあくびをする。うっすらと開いた月乃の目を見て、クラウディオは「おはよう」と声をかけた。


「ぉあよ、ごじゃ……ふぁ」


 月乃は朝が弱い。

 その意識が夢の世界から戻るまで、クラウディオは待った。


「お前が知っていること、全て教えてくれ」


 目を覚ました月乃への、クラウディオの第一声。

 まだぼんやりとしている月乃を抱き起こし、眼差しがはっきりするまでクラウディオは待った。


「くらうでぃお、それはどういう……」


 寝起きの少しかすれた声で月乃は問うた。クラウディオは淀みなく言葉をつむぐ。


「ショーンと名乗ったあの男は『また会おう』と言っていた。ならば、こちらも相応の対策が必要だ。できることは全てする。そのために『白紙』のこと、今回のこと……はなして欲しい」


 月乃はしばし呆然とし、ゆっくりと口を開いた。


「……辞めないのですか?」


 月乃の問いかけにクラウディオは正直に答えた。


「俺はもう二度と逃げたくない。守るべきものを失いたくないんだ」


 クラウディオの握られた手に力が込められているのを月乃は見た。そしてクラウディオは月乃の目をまっすぐに見て向き合った。


「月乃、お前を守らせてくれ」


 その言葉は重く強いものだった。

 クラウディオは自身の抱えていた過去を、月乃に全て打ち明けた。

 カーテンから朝日が差し込み、鳥がさえずる。

 夜が明けたのだ。

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