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第26話 「守るべきもの」03

「ごちそうさまでした。ありがとうございます」

「ああ、問題ない」


 月乃が食事をしやすいようにパンや肉は小さく切り、スープはポタージュに。

 そういった気遣いが嬉しかったのか、月乃は満足そうに食事を終えた。

 食後の紅茶を飲み終えてクラウディオが食器を洗った後、月乃はクラウディオの背中をつついた。


「お風呂入りたいです」

「ああ、待ってろ」


 風呂に湯を張るため、栓をしに行く。月乃に合わせてすっかり湯船に浸かることがクラウディオの習慣になっていた。少し湯がたまってから入浴剤を一匙いれる。

 入浴剤の色が湯船に広がる様子を見ているとき、ふと疑問が浮かんだ。


「(ひとりでどこまでできるんだ?)」


 鎖骨が折れていると言うことは腕を上げることができない。つまり服の脱ぎ着は勿論、下着も難儀するのが目に見えている。

 湯が充分にたまってから、クラウディオは足早に月乃の部屋へ向かった。

 月乃の部屋の扉をノックすると、下着と正人が用意したらしいパジャマをカゴに入れた月乃が出てくる。


「もう入れますか?」

「あ、ああ。準備はできている」


 月乃が持つカゴを取り、後ろをついて脱衣場へ向かう。


「それじゃあ、手伝っていただけますか?」

「どうすればいい?」


 戸惑いつつ、素直に月乃にたずねる。

 クラウディオは妙な緊張感に襲われていた。軍役時代、重要な任務を遂行するときとはまた違ったものだ。

 記憶になくとも一度は自身の手で傷つけてしまった、花か蝶のように脆く壊れやすい女体。

 そんなクラウディオの緊張も気に留めていないようで、月乃は背を向ける。


「まずバンドを外してください。それから服を脱ぐのを手伝ってください」

「……了解した」


 月乃が鎖骨を押さえている内に、バンドを外す。そしてボタンを外したシャツをひとつひとつ丁寧な仕草で脱がせていった。

 なるべく月乃の肌や下着を見ないように、クラウディオは努めた。不自然に視線を逸らすクラウディオに気付いたのか、月乃は肩越しに彼を見る。


「別に見てもかまいませんよ?」


 何でもないように月乃は言った。

 クラウディオはその言葉に思わず手がはね、持っていた月乃のシャツを落としてしまう。動揺を振り払うように置かれていた洗濯カゴにシャツを入れて目に入る月乃の脚。

 初心なわけではない。しかしいざ目の前に月乃の華奢なからだがあると動揺してしまう。 左の首元から肩にかけて張られていたガーゼを取り外し、露わになる傷痕。すでに塞がってはいるが、深々とつけられた噛み痕は痛ましい。


「ホック、外してくれませんか?」


 月乃の言葉に従い、クラウディオは背中のホックに手を伸ばす。

 ホックを外し乳房が解放される。肩紐を片方ずつ外すのをクラウディオは手伝い、カゴに入れた。

 そして月乃は自分でショーツを脱ぎ、カゴに落とす。

 月乃はからだを隠すこともしなかった。

 折れた鎖骨を押さえる月乃のために、クラウディオは扉を開け、自分に背中を向けさせるように椅子に座らせる。

 裾と袖をまくり上げ、クラウディオも浴室に続く。

 彼女のやわい肌に細かいひっかき傷やぶつけた痣があちこちに見られた。クラウディオはシャワーを手に取り、熱さを確認する。

 冷たくなく、心地よい温かさになったのを確認し、月乃に声をかけた。


「手を出してくれ。シャワーをかけるぞ」


 月乃が出した手にそっとシャワーをかける。クラウディオは注意深く様子を確認した。


「熱くないか?」

「ええ、大丈夫です」

「なら、背中からかけていくぞ」


 背中から腰にかけて湯をかけていき、肌を濡らす。クラウディオは今一度断りを入れてから髪を湯で濡らしていった。

 共有で使っている洗髪剤を手に取り、泡立ててから月乃の髪に指を差し込む。

 つかめてしまう頭、傷だらけの肌、短くなってしまった髪に、クラウディオは自責やら何やらでモヤモヤしてしまった。そんな感情を一緒に流してしまうように、頭部の泡を洗い流す。

 背中もやわらかいスポンジでたっぷりの泡を作って撫でるように洗った。


「前は自分でやってくれ」


 月乃は差し出されたスポンジを手に、もたつきながらも肌を磨く。

 クラウディオは再びシャワーを用意して月乃のからだの泡を流した。

 充分に泡を流しきったことを確認すると、月乃は湯船にゆっくりと浸かる。水圧か浮力か。少しからだが楽になるようで表情を緩ませた。

 クラウディオが手足や床の泡を流していると、月乃が湯船の中から声をかけてくる。


「どうせ濡れるならクラウディオも一緒に入ってしまえばいいのに」

「は?」


 さすがに言葉がわかっても、意図が理解できずに言葉が飛び出した。

 当の月乃はきょとんとしたあと、いつもの笑みを浮かべてくる。そして色のついた湯をすくい、クラウディオのズボン目がけてぱしゃりとかけてきた。


「一緒に入ってしまうほうが楽ではありませんか?」


 クラウディオが言葉を返そうとしている内に、また服に湯をかけられる。クラウディオはグ、と喉の奥で唸った。


「……脱いでくる」


 クラウディオは観念して脱衣場に戻り、服を脱いでカゴに放り込む。当然ながら腰にタオルを巻いた。

 月乃が鼻歌を歌いながら湯船に浸かっている間に、手早くからだや頭を洗う。


「少し寄ってくれ」


 月乃と向き合うようにして湯船に浸かれば、ざばりと湯があふれた。


「ふふ、象が入ってきたみたい」


 無邪気な――だがクラウディオにとっては酷く挑発的な笑みを浮かべる月乃は、頬に滴をしたたらせる。濡れた髪を頬に張り付け、窮屈そうに脚を縮めていた。

 自分ほどではないが、傷だらけになってしまった肌をまともに視界に入れることはクラウディオは辛くてならない。

 笑う月乃を目の前に、クラウディオは頭の中で銃の解体と組み立てを思い出しながら時間をやり過ごした。

 そうして充分に温まるまで浸かったあと、クラウディオは先に出て乱雑にからだをぬぐって下着だけ身につけ戻ってきた。

 脱衣場で待っていた月乃からバスタオルを受け取り、後ろから水気をぬぐっていく。


「これもお願いします」


 月乃に手渡されたショーツを受け取り、向きを間違えないように履かせ、シャツを着せた。ポンチョ型のパジャマを着せてやり、また固定のバンドを着けてやる。

 そして自分よりも先に月乃の髪を乾かす。

 丁寧にタオルドライをしたあとに、熱風が顔にかからないよう、ドライヤーの風を当てる。

 不揃いな髪が乾いてふわりとして、毛足の長い猫のようになる。


「ありがとう、クラウディオ」

「いや、大丈夫だ」


 微笑む月乃に対してクラウディオは少々気疲れをしていた。自分と彼女の温度差にいたたまれなさを感じる。

 月乃が顔にクリームやら何やら塗っている間に、クラウディオは自分の髪を乾かし、パジャマに着替えた。

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