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第21話 「魔術師」02

 アンリは次に、クラウディオを見た。前髪の隙間からのぞく眉と目が歪む。それは人の中に紛れた異物を見つけたような、そんな驚きと違和感に揺れた眼差しだった。


「なんだコイツ? 人間か?」


 アンリの言葉にクラウディオは傷つきはしなかった。昔から怪物だの化け物だの言われており、顔から胸にかけて大きな傷ができてからは目を背けられることも多かった。

 「ジャック・ポット」のマスターや月乃、正人がたまたま見た目に忌避感を露わにしなかった、とクラウディオは思っている。


「たしかにからだは大きいが……」


 正人はフォローの言葉を漏らすが、アンリは無言でクラウディオを見つめる。

 アンリが観察するような、それでいて値踏みするような眼差しを向け続け、クラウディオはかすかに眉をしかめた。

 そんな様子が見ていられなかったのか、あえて空気を読まずに――月乃の場合、素である可能性が高いが――月乃が割り込む。


「これから仲良くいたしましょう、アンリ」


 満面の笑みを浮かべ、両手を握って上下に激しくふる様子にその場の全員が毒気を抜かれたようだった。

 「原本」化も無事に終わり、正人は監査の仕事が終了したと言うことで引き上げるらしい。

 監査官は忙しいのだそうだ。


「それじゃあ俺は『図書館』に報告に戻る。何かあったら連絡をくれ」

「ええ。今度来るときは仕事と関係ないところだと嬉しいわ、正人くん」


 「原本」が手に入ってよほど嬉しかったのか、上機嫌な月乃に正人は少し口元に笑みを浮かべる。

 正人は携帯端末をとりだし、迎えを頼んでいた。相手がなにやらあれこれ言っているようで、途端、眉間に皺を寄せている。


「それじゃあ月乃、またな」

「またね」


 ヒラヒラと手を振り正人の背中を見送る月乃。

 見送りがすむと月乃はくるりとクラウディオに向き直り、パン、と手をたたいた。


「さて、実体化できることはわかりましたし、わたくしが所有者になれました。次は触媒を買いに行きませんと」




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 月乃の家にはクラウディオが使用できる移動手段がなかった。月乃の愛用しているらしいのは自転車とスクーターであったし、当然のようにひとり用である。加えてクラウディオの体格にはあまりにも大きさが足らず、彼に貸すこともできない。

 当然ふたりが選ぶ手段は徒歩だ。

 クラウディオは月乃の歩く速さに合わせることになる。

 ロングスカートにブラウス、そして首元にはリボン。アンリの「魔道書」はバッグの中らしい。


「クラウディオは今度服を買いましょう。いくら何でも手持ちの服が少なすぎますわ」


 クラウディオはいつもの黒い襟付きシャツだ。サイズがなかなかない、ということも大きな理由である。

 借金の返済が終わればあの家を出て行くことになるのだろう。そう思えば余計な荷物を増やしたくはない。

 クラウディオはそう思いつつ、雇い主の厚意を無下にするのは気が引けた。


「ならエプロンにしてくれ」

「そういうのではなくて……」


 もう、と唇を尖らせる姿は少し幼い。

 ようやくバスに乗り、都市の中央部についた頃には少々の空腹に見舞われていた。

 オレンジクリームを挟んだパン菓子とカフェオレをつまんでから、猫の散歩道のような古い石畳の道を進んでゆく。

 観光の中心になっているところから離れた閑散としたその道を歩くこと十数分。

 月乃が急にクラウディオの手を取った。

 疑問符を浮かべていると杖とフラスコの形を組み合わせた鉄の看板を掲げた建物がひっそりと現れる。


「ごめんあそばし」


 古げな扉を押せば、チリリン、とベルが鳴る。一見して東洋と西洋の空気が混ざり合っていた。棚には大量の素材が瓶詰めが並び、巨大な薬棚の引き出しがある。かと思えば宝石の原石が並んでいたり、古びた武器やアンティークコイン、それから肉食獣から草食獣、海獣の頭骨まであった。

 天井からは見たことがあるようなないような植物がぶら下がっている。

 アンティークの宝石店、漢方薬局と武器屋、黒魔術と五行信仰、ブードゥー、ケルティック……そんなごった煮としか称することができない、謎空間である。


「いらっしゃい」


 チョコレート色の肌の女がにかりと白い歯を見せて迎えた。

 大きな丸眼鏡には月と星の飾り付きのチェーンがつきずいぶんと洒落ている。

 それだけではない。

 立て襟シャツの上にカラフルな幾何学模様の着物、そして大きなピアスを着けたなんともパンチのある出で立ちである。


「おじゃましますわ、店長さん」

「ゆっくりして行きな」

「少し『魔道書』を開かせてくださいね」

「あいよ」


 腕に着けたいくつもの飾りをジャラと鳴らして月乃に手をふる。


――顔なじみか。


 月乃は勝手知ったる、という風で持ってきたアンリの「魔道書」を開いて実体化させた。いつの間にか借りたらしいカゴを持つと、アンリにあれこれと尋ねながら素材を見繕い始める。


「月乃、持つぞ」

「助かりますわ。お願いします」


 クラウディオは月乃の後につき商品のラベルを見た。

『千年狐の封じ石』

『二尾猫の爪』

『黒曜石の鏡』

『二股の笛』

 なんとも用途不明な物ばかりで、クラウディオは由来さえもよくわからなかった。だがもの自体よりもその下に書かれた値段のほうに目を丸くする。


――こんな物が食費の五ヶ月分……?!


 月乃とアンリの触媒選びはまだまだ続いていた。


「人狼は狼の牙で大丈夫ですか?」

「ああ、ただあの大きく立派な物にしろ。あれは立派に生を全うした老狼のものだ」

「あるだけ買っておきましょう」


 大きな獣の牙を出ているだけすべてカゴに入れる。それに続いてサンザシの杭と白い羊膜、銀の弾丸をクラウディオの持つカゴに入れられてられた。

 次々とカゴに入れられていく素材はあっという間にひとつカゴを一杯にしてしまう。


「吸血鬼の触媒はやっぱり血液だったりします? 血玉石では駄目ですか?」


 瓶入りの「処女の血の結晶」と書かれたものを掲げて月乃は光にかざす。結晶になった血液はまるでガーネットの原石のようだった。アンリはこっくりうなづき答える。


「そうだな。特に処女の血が好ましいぞ」

「さいですか……」


 少し悩んでから瓶をカゴに入れる月乃に、アンリは不思議そうな目を向けていた。月乃がそれに気付き首をかしげる。

 アンリも顎に手をやり首をかしげた。


「今のところいつでも用意できるだろう?」


 アンリの言葉に月乃は目をカッと目を開き見つめる。その目は深淵をのぞき込んだようだったと、アンリは後に語る。

 クラウディオも真後ろでふたりのそのやりとりを見ていたが、アンリの言葉を理解し、顔を背けた。

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