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第17話 「監査官の男」02

「先日の『吸血鬼』騒動があっただろう? あれで少々『図書館』がごたついたが、片がついたから報告に来たんだ」


 先日、『陰の書』が起こした「吸血鬼」事件と魔術師ボリスが起こした『陰の書』『陽の書』強奪未遂事件である。あのあと月乃もクラウディオもしばらく聞き取り調査であの街にとどまる羽目になった。

 着替えがないのであの場で何着か購入することになったのが、クラウディオに合うサイズがなかなか見つからなかったのを覚えている。


「『陰の書』が起こした事件自体は偶発的……ミナと言う人物が『陰の書』に取り憑かれて起こしたものであって『図書館』内の人物が意図的に起こした事件では無かった」


 クラウディオは「ミナ」の名を聞き、少しだけ苦い顔をする。あの時掴んだミナの顔の感触が思い出せる程度に、あれはまだ鮮明だった。

 クラウディオの様子をちらりと見て、正人は続ける。


「そしてボリスは彼の上司、マッケンジーの命令で動いていた。君の持つ『陽の書』を、回収した『陰の書』と一緒に入手するつもりだったらしい。要するに手柄の横取りだな」

「マッケンジーさんですか……」

「ああ、あの二流魔術師マッケンジーのジジイだ」


 正人と月乃がそろって溜息をつく。

 ふたりにとってそのマッケンジーとやらは頭痛の種なのか正人は眉間をほぐし、月乃は遠い目をしている。


「やっぱりですかー、あの人ですかー……わたくしが『図書館』所属になってからずーーーっとねちねちしつこかったあの方ですかー……」

「だが今回の件で監査から厳しく追及できた。マッケンジーはもう何の力も無い」

「それは重畳」


 知らぬ人物の名前が出てきて、クラウディオはまた疑問符が浮かぶ。起きた事件の原因と犯人はわかったが、目的がいまいち理解できなかった。


「月乃は『第八図書館』の『司書』なんだろう? 何故わざわざ月乃から取り上げる必要があるんだ?」


 所在は別として、結局「第八図書館」のモノであることには変わりない。クラウディオはそう思った。クラウディオの疑問も兼ねた質問に、正人が答える。


「『陰の書』と『陽の書』は少し特別でな。あの二冊は合わせると『原本』になるようなんだ」

「『原本』?」


 また出てきた新しい単語に疑問を浮かべる。「司書」が言葉通りの働きをしていないのだ。おそらくそれもそういうことなのだろう。

 クラウディオが月乃のほうを見ると、今度は月乃が説明を始める。


「前に少しだけ話したと思うんですが、覚えていますか? 『魔道書』には二種類種類があるって」


 そういえばそんなことを言っていたな、とクラウディオは記憶をたどる。

 あの時はまだ言ってもわからないだろうと説明されていなかった。


「『写本』と『原本』というのがありまして、『原本』というのはわかりやすく言うと、魔術師が姿を変えたものですの」

「は?」

「普通そう言う反応になるよな」

「すべての魔術師がそうなるわけでは無いんです。力ある魔術師が死ぬ前に自身を『魔道書』に変化させたものを『原本』と言うんです」

「『写本』というのは魔術師が生前生み出した力を持つ『魔道書』、『原本』は魔術師そのものと言うべきものなんだ。つまり魔術師のすべてがつまっていると過言ではない」


 クラウディオは次から次へと飛び出すファンタジーな内容に真顔になった。月乃も正人もクラウディオの反応に「まあそうなるか」という顔をする。


「『原本』が何をしようとするかというと、魔術師が復活するための肉体を探すんです。『写本』も基本、魔術師が復活するための器を探すために動いているんです」

「つまりお前が倒したミナと言う女はからだを乗っ取られて、魔術師復活の器にされるところだったんだ」


 あれはかなり危険な状態だったんだ、と正人はため息交じりに言う。月乃も面倒臭そうな表情をしている。


「魔術師の受肉は『第八図書館』としては防ぎたいことなんです。何せ魔道書化ができる魔術師は他人は燃料か材料と考えているタイプが多いですし、力は強いから世界の法則が歪みかねないですし……」

――なるほど。

 クラウディオは「魔道書」の危険性自体は今までのことで理解していた。しかし危険性の方向としては獣害のタイプだと思っていた。どうやら魔術師という単独犯によるテロ……いや、意志ある災害のようなものだと考えたほうがいいらしい、と理解する。

 月乃は頬に手をやり、ふぅ、と小さく溜息をつく。正人も眼鏡のブリッジを持ちあげ、眉間に皺を寄せた。


「ただその分、その『魔道書』は強力だ。マッケンジーは『原本』入手の功績を欲したのもあるだろうが、何よりそれを月乃の所有にさせたくなかったんだろうさ」

「わたくしが『第八図書館』の司書という首輪を付けただけで満足しなかったんですね、あの方。『全部寄贈しろ!』ってうるさかったですし……」

「月乃から所有権を奪えて押さえられるなら見てみたいもんだ」


 まったくもって頭痛がする、と正人はぼやく。月乃もまったくだ、とうんうんうなずいている。

 先ほどから月乃と正人はずいぶんと息が合っているようにクラウディオは感じた。長い付き合いをしているようにも見える。気心知れた仲というのだろうか……気安さとお互いのことをよく理解している雰囲気があった。


「話はずれたが事件については以上だ。それと月乃」

「なぁに、正人くん?」

「君は身元調査もしていない相手と同居するんじゃあない」


 胸元のポケットから一枚紙をとりだし、ぱしん、とテーブルに軽く叩きつけるようにそれを置く。

 月乃の文字が書かれていた。


「『助手をひとり住み込みで雇うことにしました。元バウンサーで「魔道書」の力を降ろせるとっても強い方です。』……いくら何でも端的すぎるぞ」

「あら、駄目?」

「駄目に決まっているだろう」


 こめかみに手を当て正人は言う。

 自分の身元を疑われていることよりも、月乃のあまりにも大雑把な行動にクラウディオも呆れた目を向けてしまう。

 当の月乃は何でもなさそうな顔をしているが。


「『図書館』所属の司書になったとき、それくらいの裁量はもらえたかと思ったけど」

「雇う人間に関して裁量はあっても、君が助手として彼を雇うなら『第八図書館』の所属だ。だから提出するものは提出して欲しい」

「クラウディオを『図書館』の所属にするつもりはないのだけれど……ああ、だから正人くんが来たのね」


 納得、と言う月乃。クラウディオは正人に視線をやる。

 正人は眼鏡をかけ直し、レンズ越しにクラウディオをじっと見てきた。


「要するにクラウディオ、君のことを調べに来たんだ」

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