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第14話 「吸血鬼」05

「もう、階段……登りたく、あり、ま……せん……」

「もうすぐです。がんばってください!」


 長い長い階段を登り、その半ばで脚を止めひいひいと息を切らせる月乃をミナが励ます。クラウディオは月乃の様子からしばらく考えてから片腕で抱き上げた。


「ひゃっ!」

「すごい……片腕で軽々と……」

「登り切るまで大人しくしていてくれ」


 フルの歩兵装備より軽い月乃ならさほど問題ない、と言わんばかりにクラウディオはどんどん階段を登っていく。月乃はその間に体力回復のためか、エナジータブレットを口に放り込んでいた。


「クラウディオも食べてください」


 月乃の手からタブレットとカプセルを口に入れられる。クラウディオはそれを口に含み、無言で進んだ。

 長い階段を上りきり、広間へ続く扉の前に至った。クラウディオは月乃を降ろし、マスケットを構え直す。担がれていた間に多少回復したのか、月乃は屈伸をした。


「この先に吸血鬼がいたんです……準備は、良いですか?」


 ミナがふたりに向かって神妙な顔をしながら扉に手を置く。クラウディオと月乃はこくりとうなづき、各々武器を構えた。

 古城の高く広い、おそらく昔は領主が座していたであろう場所。剣の玉座には男がひとり、かけていた。それを見たミナが小さく叫ぶ。


「あいつです……! あいつが私たちを襲った吸血鬼です……ッ!」


 見るからに青白い肌をし、爛々と輝く赤い光彩が薄暗がりの中に浮かぶ。にたぁ、と笑うと異様に大きい乱杭歯が剥き出しになる。

 吸血鬼と称するに相応しい見た目のその男に、クラウディオは銃を構えた。

 男がぎょろりと赤い目を動かすと、そのからだは浮かび上がり、滑空しながら襲いかかってきた。鳥よりも速いその動きであっても、必中の弾丸であればそのからだを打ち抜くことが出来る。

 引き金を引こうとしたとき、月乃が叫んだ。


「クラウディオ! 今何発目ですの?!」

「七発目だ!」

「『赤い宝石』を撃って!」


 月乃が叫ぶと同時にクラウディオは引き金を引く。弾丸が軌道を変え、男の首元を飾る「赤い宝石」を砕いた。


「がぁっ!」


 途端男は墜落し、床に顔を強打する。そのままピクリとも動かなくなり、クラウディオは駆けよった。

 からだをひっくり返し、男の顔を確認すると、その顔はただの痩せこけた普通の男で、乱杭歯は消え失せていた。


「最後の行方不明者……?」


 クラウディオが呟いた瞬間、視界の端から大量のコウモリが顔面めがけて飛んでくる。その目くらましにクラウディオが一瞬目をつぶると、背中に硬いものの先があてられた。


「動くんじゃない。動いたら腎臓えぐりとるぞ」


 クラウディオの背後から聞こえたのはミナの声だ。クラウディオは冷静に両手を挙げ、月乃に視線をやった。月乃も両手を挙げ、ミナを見ている。


「あなた『陰の書』ですよね?」

「ハッ、いつから気付いていた?」

「味方でないことは最初から」


 「物語だと無理についてくる人物って敵か足手まといかが相場ですよね」と、月乃は事も無げに語る。


「嫌な女だ」


 『陰の書』が顔を歪め、吐き捨てた。

 鋭く尖った爪をクラウディオに突きつけるその目は赤い。


「使い魔は役に立たない、一般人でも平気で攻撃する……ッたくなんなんだよお前」


 苛立ちからか、『陰の書』はミナの胸元に鋭い爪をつきたてぐちゃぐちゃと抉る。そこから黒い表紙の『魔道書』がのぞくと、月乃は眉を寄せてうんざりした口調でぼやいた。


「あー……完全に同化してますわ……ミナさん、運が悪かった上によほど欲深でしたのね……」


 深い溜息をつく月乃に『陰の書』は血と肉片がまとわりついた手を振り回し、乱杭歯を剥き出しにして叫ぶ。


「だが仲間が人質になればさすがに手出ししないな! さあ、『陽の書』を渡せ!」


 勝ち誇った表情の『陰の書』は声高に命じる。しかし月乃の表情に変化はなかった。


「クラウディオ」


 月乃の呼びかけですっかり置物と化していたクラウディオは少しばかり嫌な顔をした。

 『陰の書』が一瞬、困惑した表情を浮かべる。


「助けられないので、もういいですよ」

「……了解した」


 その言葉を聞いた瞬間、クラウディオはぶち、と口内のカプセルを噛み潰す。

 たちまち光りがあふれ、その眩しさに目をくらませた『陰の書』の胸元に蹄がめり込む。バキバキと肋骨の砕ける音がしたかと思うと、その華奢な身体は壁に叩きつけられた。


「ガッ!」


 クラウディオがいた場所には白く巨大な馬がたたずんでいた。

 菩薩のように微笑む月乃が、まるで舞台中央に立つ役者のように大きく腕を広げた。


「クルースニク。あなたの天敵ですわよ? 吸血鬼さん」



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 遡ること列車での話。

 昼食後、月乃はクラウディオに「魔道書」の力を触媒に降ろすときの説明をしていた。


「触媒にあらかじめ力を降ろしておいて、それを摂取することで、自分に改めて力を降ろすことも出来ますのよ」


 そう言ってツールボックスから取り出したのは、白い粉末の入ったカプセルのだった。

 クラウディオはカプセルを受け取り、まじまじと眺める。二センチ程度のそれは特に何の変哲も無い、カプセル錠だ。


「薬か?」


 クラウディオが月乃を見ると、月乃は笑みを浮かべる。


「特殊な羊膜です」


 思わずクラウディオは嫌な顔をする。

 先ほどまでの説明を思うと、これを自分に飲めということなのだろうと察したからだ。

 月乃は「魔道書」を開き、カプセルに手をかざす。


『白きに包まれ生まれし者、白き高貴と情熱に変ずる者、黒き厄災を滅する者。ここに封じられたまえ、クルースニク』


 呪文により「魔道書」の力を込められたらしいカプセル錠を見るクラウディオ。月乃はそれを受け取りポケットに入れる。


「必要なときに口に含んでもらいますので、合図したら噛み潰してくださいね?」

「……了解した」

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