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第13話 「吸血鬼」04

 古城の中にたどり着く頃には日が落ち、石造りの城内はひんやりした空気が漂い始めた。明かりもほとんど無く、所々に設置されている鏡は壊れていた。

 本来であれば観光か、文化保護と言うことで修繕もされているはずだろうに。

 歩幅の違う足音が三つ響く程度で音がなく、静まりかえっている。


「不思議なんですが、いわゆる親玉ってどうしてお城で待ち構えているのでしょう?」

「それ相応の場所にいなければ迫力が無いからじゃないのか?」


 暢気で緊張感の無い会話は、ミナのためだろう。彼女の恐怖心を和らげようとしているのか、相変わらずのんびりとした穏やかな声だ。


「ミナさん、あなたどうやって逃げ出しましたの?」

「……吸血鬼が、他のさらってきた人たちを化け物に変えていたんです。私はその子たちが暴れた隙を見て……」


 痛ましい表情をするミナに、月乃は興味深げに質問を続ける。


「ちなみにどんな化け物でしたか?」

「えっと、人狼でした……二本足で歩く、大きな……」

「なるほど、人狼ですか。なら黒い狼やコウモリは倒して問題なし、と」


 周囲を警戒していたクラウディオが天井から滑空してきた大きなコウモリを撃ち抜く。弾丸が命中した瞬間、コウモリは霧散する。

 死骸で汚れたり破壊されないだけ良いとクラウディオは思った。それもこれも「ジャック・ポット」で作ってしまった借金のことが頭にあるからだ。この弾丸であれば歴史のありそうなシャンデリアや燭台を壊すことはせずに済みそうである。


「こっちのダンスホールを抜けて行きましょう」


 ダンスホールであった場所には特にものはなく、説明のプレートと誘導のポールが壁際にあるだけだった。


「あっ!」


 ミナが声を上げ、ホールの高いところに視線が釘付けになっている。青ざめ口元を押さえるミナの視線を追い、見上げればそこには三体の怪物がいた。

 頭部は狼、からだは人の骨格に似ているが体毛に覆われている。長く伸びた剣歯と大きくて鋭利な歯を剥き出しに、唸り声をあげていた。


「さ、さらわれた人たちです!」

「ミナさん、さがって!」


 人狼たちは遠吠えを上げ、ホールに向かって飛び降りてくる。きらりと首元に何かが光った。


――赤い宝石?


「お願い! 撃たないで!」


 必中の弾丸であるが故に必ず撃ち抜くことが出来る。しかしそれはからだを撃ち抜かれることが決定することになってしまう。クラウディオは指示を仰ぐように月乃を見やると、いつもの笑みを浮かべた。


「ちょっと痛いですよ?」


 人狼たちは一斉にその強力な顎でもって獲物を食いちぎろうと襲いかかる。爛々としたその目を、月乃は見据え――


「えいや」


 鞭を振るった。


 ビュオ、と無慈悲に風を切る音と同時に人狼たちが打ち据えられて悲鳴を上げる。

 情けない泣き声がホールに響く。頑丈そうな毛皮に覆われていてもあの鞭はさぞ痛いのだろう。一番手前にいた人狼はまともに鞭を喰らいのたうち回っている。

 かろうじてかすめただけの一体に向かって鞭がしなった。その鼻面を縛り上げたかと思うと月乃はそのまま引きずり倒す。

 そして片足を軸に鞭を人狼ごと振り回し残る一体に投げつけた。鞭を振り回しているときは腕力が強化されているのか、人狼の巨体を易々と扱う。

 最後に仕上げと言わんばかりに月乃はまとめて三体の首を締め上げる様子は容赦ない。ちょうど良い具合に締め上げたのか、あまり待たずに三体は白目を剥き、よだれを垂らして気を失った。


「終わりましたよ」


 月乃は穏やかでやわらかな声で、ふたりに手を振る。

 クラウディオはあっけにとられていた。

 ミナに至っては顔をさらに青ざめさせている。「撃つな」と言ってたしかに撃ちはしなかったが、月乃のあまりにも容赦ない鞭打ちはすさまじい。


「大丈夫。人狼の毛皮は分厚いですし、からだに傷はついてないはずですわ。治療も後ほど行いますし、ご安心ください」


 一応配慮はあったらしい。


 命を奪わない加減に自信があったからだろう。まあ、銃で撃たれるのと鞭で打たれるのであれば後者のほうがからだの損傷は少ないはずである。

 クラウディオがそんなことを考えているとパシンッ、と音を立てて月乃は鞭を巻き取る。その様子と発言に怯えたのか、ミナはクラウディオの後ろに隠れてしまった。

 クラウディオは「何をやっているんだ」という視線を月乃に送るが、月乃は人狼の元に行き、何やらからだをまさぐっている。


「えーっと……たしかこの辺りに……あった」


 月乃が人狼の首元からぶち、と音を立てて何かを引きちぎる。同じように他の人狼のからだもまさぐり、何かを引きちぎった。


「女性、男性、女性……三人」


 何をしているのかとクラウディオがのぞきに行くと、その手には赤い宝石が輝いている。ルビーよりも赤黒い色味のそれは美しいというより禍々しい。


「それは?」

「洗脳用の魔道具ですね」


 さらりと答えた月乃にクラウディオはぎょっと目を見ひらく。手の中で何度か宝石を転がしてから、月乃はクラウディオを見た。


「暴れたという話でしたし、命令を聞くように着けられていたのでしょう」


 そんなものを使うのかとクラウディオがぞっとしていると、月乃は少し考え込むように顎に手をやった。しばらくうぅん、と唸ってから宝石をクラウディオに渡す。


「クラウディオ、これ壊しちゃってくださいな」

「ああ、わかった」


 宝石を投げ、そのまま銃を三発撃つ。弾丸が赤い宝石を砕き、弾ける音がした。

 飴細工のようにきれいに砕ける様を見てクラウディオが少しホッとしているかたわら、月乃はまだ考え込んでいる。


「どうした、さっきから唸って」

「少し気に掛かることがありまして……」

「なんだ?」

「『魔道書』の写本だったら洗脳の魔道具なんて使いませんし、あの方々は生きてませんわ」


 月乃はまたぶつぶつと考え込む。


「とりあえず縛り上げて、処理をしましょうか」


 月乃はクラウディオの手を借り、彼らを柱に縛り付け、近くに銀製の球香炉をぶら下げた。香に火をつけるとすぐに煙と匂いが広がる。

 怪しい行動に怯えたのか、ミナは部屋の端で月乃を見ていた。


「あれは何をしたんだ?」

「吸血鬼用の魔除けです。銀なら触れられないですし、あの匂いは苦手なんです」


 クラウディオは鼻に残る香の匂いにスン、と音を立てる。

 伝説にある吸血鬼であるならそうだが、『魔術師』によって作られた吸血鬼も弱点があるのか、と疑問が浮かぶ。


「効くのか、あれは」

「ええ、効くはずですよ。これに書いてありましたから」


 月乃がぽん、と腰の「魔道書」を叩いて見せる。


「『陽の書』はそういう『魔道書』ですの」

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