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第12話 「吸血鬼」03

「どうかなさいました?」

「いや……」


 いつも通りの笑みを浮かべる月乃から、クラウディオは顔をそらす。月乃がクラウディオに魔弾入りのマスケット銃を与えた後、月乃も武器を出した。


「何か言いたいことがあるならいってくださいな」

「なんでもない……」


 ただそれが、鞭なのだ。

 一本の長い、いわゆるブルウィップという鞭だ。グリップに銀の装飾が施されているそれは月乃曰く魔払いのためのものらしいが、どう見ても拷問や刑罰のそれである。

 穏やかそうな見た目でそのようなものを振り回す様を想像すると、ギャップがあるような、逆によく似合っているような……口にするとそのまま「叩いてさし上げましょうか?」などと言い出しかねないのではと思い、クラウディオは口をつぐんでいた。

 口を割らないクラウディオに、月乃は少々不服そうな顔をしている。クラウディオは月乃の無警戒さに溜息をつき、頭を掴んで前を向かせた。


「周囲の警戒をしたらどうだ? 突然襲われたらどうする」

「むしろ襲ってきてくれたほうが早くありません? たくさん歩くと疲れますもの」


 ふう、と困ったように頬に手を当てて言う月乃にクラウディオは思わず顔を覆う。強さ故の高慢さか、本当にたくさん歩きたくないから出た言葉なのか、クラウディオには判断がつかなかった。

 比較的ゆっくりとした歩みの月乃は午後の散歩の気楽ささえ感じさせる。これから吸血鬼退治だというのに、とてもリラックスしているのだ。


「いやあぁあぁっ!」


 つんざくような悲鳴がふたりの耳に届く。若い女の声だった。走り出すクラウディオの後を月乃も追う。

 悲鳴の方向には夜を切り取ったような黒い狼たちに追われる娘がいた。脚をもつれさせ、必死に逃げる彼女を包囲するように狼たちがかけてくる。

 赤い眼が光り、尾を引くように獲物を追う姿は恐ろしさよりも不気味さがあった。


「狼の排除!」

「イエス・マム」


 月乃の命令に、クラウディオは走ったままマスケット銃を構える。娘に飛びかかろうとする狼二匹に発砲した。照準を完全にあわせずとも弾丸は完璧に狼の額を打ち抜く。クラウディオの横を月乃が駆け抜け、それを援護するようにクラウディオは立て続けに発砲した。月乃がいても弾丸は有り得ない軌道を描き目標を打ち抜く。


――本当に必中の弾丸なのか……


 クラウディオは驚きを感じつつ月乃を目で追った。月乃が娘と狼の間に出た瞬間、彼女は薙ぎ払うように鞭を振るう。

 ビュオと空気を切り裂く音がしたかと思うと、次の瞬間に鞭は月乃の手に納まっていた。打ち据えられた狼たちは真っ二つに裂け、悲鳴を上げる間もなく影のようにとけた。

 クラウディオは周囲を警戒し、新手が無いことを確認する。


 気配は無い。

 静かなものだった。


「クリア。問題ない」


 クラウディオの言葉に、月乃は両膝に手を置きはーっ、と息を吐き出す。

 急に走ったことで息が乱れたらしい。呼吸を整えようと何度か深呼吸をしている。


――本当に体力が無いんだな……


 自己申告通りの様子にクラウディオは黙した。いくら何でも体力がなさ過ぎると思い、これが終わったら基礎体力向上のため少々トレーニングを施そうと心に決める。


「(心肺機能向上と筋肉増強か……食事内容も考えよう)」

「あ、あのっ! 助けてくださって、ありがとうございます!」


 クラウディオのヘソの高さから、緊張を帯びた声がかけられた。追われていた娘のものである。涙をこぼしそうな目をした、さらりとしたブルネットの髪の娘だ。


「怪我は無いか」

「はい……本当にありがとうございます……」


 頭を下げる娘は、まだ指先を震えさせ、青ざめた顔をしている。あんな目に遭えば当然か、とクラウディオは彼女のつむじを見た。


「今の今で申し訳ありませんがお嬢さん、あなたどこから来ましたの?」


 呼吸を整え終えたらしい月乃が問いかける。すると娘ははっとしてクラウディオにすがりついてきた。


「わっ、私! 怪物から逃げてきたんです! 吸血鬼です! 信じてください……!」


 動転しているらしい彼女はさらに顔を青ざめさせる。月乃は彼女をクラウディオから引き離し、落ち着ついて、と背中をさすった。

 ガタガタと震える彼女がポツポツと話しだす。


「私……しばらく前に友達と出かけていたときに、血の気の無い顔の男に捕まって……」

「大丈夫。わたくしたち、吸血鬼退治に来ましたのよ。安心してください」


 わっと泣き出す彼女の背中を月乃はぽんぽんとたたく。クラウディオは月乃を見て、方針を仰いだ。


「村の外に出れば保護してもらえます。わたくしたちは他の人も保護しなくてはいけないのでついてはいけないのですが……」

「いやです! お願いです! 一緒にいてください!」


 泣き出す彼女にどうしたものかとクラウディオは考えた。彼女を保護してもらうために一度引き返すのも手ではあるが、月乃のあの体力を思うと悩むところである。

 クラウディオは小さな声で月乃に話しかけた。


「どうする? 俺が封鎖地区外まで連れて行くか?」

「んー……どうしましょうか」

「記憶処理がどうとか言っていただろう?」

「ええ、準備は出来ていますから情報漏洩の面では問題は無いんですけど、ただあの方多分……」


 ひそひそと話し合う月乃の言葉に、娘の言葉が被さる。


「私ッ! 捕まってたお城の案内できます! 足手まといにならないようにがんばるので連れて行ってください!」


 ガバッと頭を下げる娘にふたりは顔を見合わせた。よほどひとりになるのが怖いらしい。

 だがクラウディオとしては余計な人間を連れ回すことは気が引けた。パフォーマンスは落ちるし、守りながら進むというのは厄介である。

 ちら、と月乃を見ると、彼女は娘の手を握り、ぶんぶんと握手をしていた。


「それは助かります! ぜひお願いいたしますわ」


 なんということだ。

 いくら何でも無責任過ぎではないかと思いたくなる。


「私、ミナっていいます。よろしくお願いします」


 ボスの決定に、クラウディオは従わなければならない。思わぬ吸血鬼退治ツアーに、思わず頭をかいた。

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