第11話 「吸血鬼」02
四時間列車に揺られ、駅に降り立ったのはいつもなら最も高いところから傾いて、一番気温が高くなる頃合いだった。しかしぶ厚い雲に覆われていてほんの少し肌寒い。
街並みもどこかくすんで見えるのはそのせいだろう。
月乃は身体を猫のように伸ばし、脱力する。ほぼ座りっぱなしに疲れたようで、月乃はうんざりとした表情をしていた。
「正直なことを言うと一泊してから『魔道書』の回収に行きたいです……」
「昼食の準備もほとんど出来ない状態で出てきたのにか」
腕を左右に振りながら腰を捻る月乃は「わかっています」と顔に貼り付けている。クラウディオは軽く首を左右に伸ばすだけで問題ないらしい。
遠くに古城が見える、一見穏やかな田舎の都市だ。黒い山々の隙間に旧市街地が遠目にうつる。お伽噺を連想させるその様子を、月乃は眺めていた。
空で大きな鳥が旋回しているのが見えたとき、榛色の髪の男が月乃に向かって手を振って来た。クラウディオがそれに気付き、月乃を腕を軽く引けば月乃も彼に気付く。
小走りで駆けよってきた男は穏やかそうな顔つきをしていた。
男は月乃の前に立ち、胸に手を置く。彼の胸元には剣と秤を模した飾りがあった。
「ようこそお越しくださいました、月乃司書。自分は担当魔術師のボリスと言います」
魔術師、という単語にクラウディオは警戒するが、月乃に軽く脇腹を小突かれて眉間の皺を消す。何故睨まれたかわかっていないボリスだけが、慌てていた。
「あの、こちらの方は……」
「わたくしの助手です」
「あ、ああ! そうでしたか。てっきり……」
「てっきり、なんだ?」
思わず低い声が出たクラウディオの脇腹に、再び月乃の肘がぶつかる。細められた目で見てくる月乃を、クラウディオはじっと見つめた。月乃の「や・め・て」と動き、クラウディオは黙る。
ボリスは両指をくちゃくちゃと絡め、落ち着かなそうにふたりに声をかけてきた。
「そちらに車を用意しております。どうぞお乗りください」
「ありがとうございます」
月乃があらかじめ大きい車を頼んだためか、クラウディオが身をかがめる必要は無く、乗車できた。ただクラウディオの体重分、しっかり片側が沈んだのはしかたの無いことである。
「それで、今回の被害状況と任務内容は?」
まだ新しい市街地を走り、少しばかり寂れて寂しさを感じさせる旧市街地へ向かう。旧市街地に人気はあまりない。
おそらく吸血鬼騒ぎのためだろう。見かける人々もどこか不安で陰気な眼差しをしていた。
「行方不明になっているのは五名、女性三名と男性二名です。任務としては『魔道書』の回収を最優先とし、可能であれ行方不明者の保護を」
「わかりましたわ。ちなみに秘匿処理の準備は出来ていますの?」
「はい、『魔道書』があると予測される地区の封鎖はすでに完了。救助者の記憶処理、『魔道書』回収後の周辺地区への対応の準備もできております」
「それではわたくしたちはそのまま『魔道書』回収に向かいます。ボリスさんは封鎖地区周辺での待機をお願いいたしますわ」
「はい、承りました。荷物はお預かりしておきます」
車が停止し、ボリスが下車を促す。
封鎖地区の入り口に着くと、一層陰気な空気が漂ってくる。クラウディオは思わず顔をしかめた。
曇天の空である。
クラウディオははなをスン、とならして空気を吸い込むが、雨の匂いも湿り気も無い。しかしどうにも嫌な感じと言うのだろうか、そういうものが漂っていた。
日の光が全くないというだけでこうも陰湿な雰囲気になるのだろうか。
「それでは行って参ります」
「月乃司書、ご武運を」
険しい表情で見送るボリスに対して、月乃はいつもの肩に力を入れない、やわらかな表情を向けて手を振る。クラウディオも月乃に続き封鎖地区へ踏みこんだ。
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しばらく静かな居住区をクラウディオが警戒しながら進む途中、ふいに月乃が口を開く。
「そういえば『魔道書』に関しては説明しましたが、魔術師に関してはきちんと説明していませんでしたね」
クラウディオがボリスに警戒していたことが気に掛かっていたのだろう。神経を研ぎ澄ませているクラウディオに、月乃は世間話のように話し始める。
「まずわたくしのような『司書』が所属……しているのが『第八図書館』という『魔道書』の管理回収組織です。剣と秤がシンボルマークになってますの」
月乃が言いよどんだところが気に掛かったが、クラウディオは黙したまま、話に耳を傾ける。
「『第八図書館』にも所属する魔術師は存在します。勝手に『魔道書』をばらまいたり作成しない契約の元、保護と管理がされていますの」
保護と管理、という単語にも引っかかりを覚える。クラウディオの知るところで「保護」と「管理」いう単語が文字通りでないことが多々あるからだ。
「そもそも『魔道書』が作れる魔術師はあまりいないのです。わたくしが知る限り、『第八図書館』には片手で数えられるくらいしかいませんし」
月乃はそこまで言ってからクラウディオを見た。
「ボリスさんは『魔道書』作れる方ではありませんよ」
「言わんとすることはわかりますね?」という月乃の視線に、クラウディオはうなずく。
その反応に月乃もうなずき、ツールバッグからごそごそと何かをとりだした。
「クラウディオ、銃は使えますか?」
「ああ、一通りは」
「ならこちらを」
クラウディオにその手を突き出しす。有無を言わさぬ笑みを浮かべる月乃からそれを受け取ると、それは白銀の弾丸だった。
月乃は白い「魔道書」を開き、弾丸に手を掲げる。形容しがたい二重の音の呪文を口ずさむ。
『悪魔が造りし必中なるもの、すべてであり個であるもの、恋人は主の意に魔術師は悪魔の意に。降りよ、魔弾』
クラウディオの手の中の、銀の弾丸に光が集まる。次の瞬間それはフロントフリックのクラシックな銃……マスケットに変化していた。
現代兵器に慣れ親しんだクラウディオからするとそのアンティークな代物に、思わず月乃を見る。
「それは六発はクラウディオの思う通りに、七発目はわたくしの指示したものを打ち抜く必中の弾丸が入った銃です。普通のマスケット銃ではないので連射も出来ますし、オートでリロード出来ますから、七発目を撃つときは声をかけてください」
「了解した」
「ただ対応出来ない場合もありますので『人間以外』、としておきますね」
クラウディオは存外手に馴染むマスケット銃を構える。そして「必中の弾丸」からふとオペラを思い出した。
――つまり月乃が悪魔か……
クラウディオがちら、と月乃を見ると口で弧を描き、目を三日月のようにして見せる。頭の中を読まれたような居心地の悪さに、クラウディオは目をそらした。




