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第0話 「安寧は蚕食される」

 辺りは暗闇に支配されていた。

 月もなく、星もなく――真っ暗な夜空は空恐ろしい。繁華街の人気も明かりもない狭い道に「それ」はいた。



――ぴちゃ、くちゃ、ちゅる……



 全身を毛に覆われた「それ」が何かを舐め啜っていたのだ。それの傍らには背の高い影があり、肩を震わせている。口元を抑え、影の男はとうとう我慢できずに声を上げた。


「だーっはっは! あー、すっげぇ! ソイツの必死な抵抗マジで面白かったわ!」


 腹を抱え、バシバシと膝を叩く姿は今にも地べたを転がりそうな勢いで笑い続けていた。最高のコメディアンが至高の笑いを届けてもこうはいくまい。

 彼が腹の筋肉を引きつらせ、酸素が足りなくなって咳き込む直前まで笑い、ようやく収まる。

 そのころには毛むくじゃらの「それ」は舐め啜っていたものをゴトリと落とす。

 そこに転がっていたのは頭をきれいに割られ、脳みそが空っぽにされた男のからだだった。その顔は恐怖に引きつり、涙と涎と血で汚れ、ズボンは失禁したらしくシミができている。

 散々抵抗したのだろう。その腕は傷だらけであるし、爪は剥がれ、近くに転がる分厚く刃渡りのあるナイフには血がついていた。

 影の男はポケットから煙草を取り出し、ライターも使わずに火をつけた。口元に品のよくない笑みを浮かべ、先ほどまでの愉快なショーを脳内で反芻し味わっている。

 それだけでエクスタシーを感じるのだろうか。唇を震えさせて漏らす吐息は熱っぽい。


「それにしてもこんな面白い本、埃被せておくなんて勿体ないことするよなぁ」


 影はくつくつと喉の奥で笑う。

 裏路地特有の湿った生臭さや油臭さに、鉄さびの臭いが混ざった。影の男は実に楽しげに、思わずと言わんばかりにステップを踏み出す。上機嫌に鼻歌で「虹の彼方に」を歌い、ミュージカル映画のように踊る。

 影は上機嫌に毛むくじゃらの「それ」を見た。

 先ほどまで頭の中身を丁寧に舐めていた「それ」は、ぶるりと身震いする。するとみるみる縮んでゆき、大人の男の形になった。だが「それ」にはパーツが欠けていた。手首から先がないのだ。

 それに気付いた影の男は腰を折ってその腕を見る。


「あー、抵抗されたのはそっちのときか。さすがにそのままだとまずいなぁ」


 影の男は顎を撫でながら少しばかり思案する。

 だがそれもほんの三秒程度だった。


「次の見付けるか。ならもう食っちまえよ」


 そう言うとバキバキと男の頭蓋が音を立てて割れ出す。

 影の男はにたりと口元だけに笑みを作り、煙草の煙を肺一杯に吸い込む。紫煙と供に深く息を吐き出し、短くなった煙草を火も消さずに放り投げるとなにもないというのに突然ぐしゃりとと握りつぶされる。

 火も消え、不自然な放物線を描きぽたりと灰皿スタンドに落とされた。

 まるで男とは別の者でもいたかのように。


「さて、ユーモアのないクソッタレな神様の箱庭を楽しく彩ろうじゃねえか」


 空になった頭骨から生えてきた平たい四角の物体を拾い上げ、影の男は鼻歌で「虹の彼方に」を歌う。

 彼はステップを踏みながら、空中を階段でも上るように何歩か進むと煙のようにかき消えた。



 静かに、静かに人々の安寧を蚕食する存在に、多くの者は気付かない。

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