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とある街の門番さんの話  作者: メンダコ
1/5

突然の変化

街の門番ってのは安定した職業だ。

何が起ころうが門がなくなることはないから職にあぶれることはないし、魔獣や人間と切った張ったをすることなんてそうそうないから怪我だって基本的にしない。

それ故に給金が少し少ないのが玉に瑕と言ったところだ。

それだって平民よりは多く貰っている。


そう、門番ってのは安定し過ぎてる。

平たく言えば地味。

だってそうだろ?

朝、決まった時間に開く門の前に決められた時間だけ立って、それが過ぎたら交代。

夜までそれの繰り返しだ。

覇気も無くなるってもんさ、代わり映えがしないんだもの。


だからかどうかは知らないが、俺は生まれてこの方“いい人”が出来たことがない。

ただの一度もだ。

幼馴染は別の男に靡いてたし学舎に通ってた頃に気になってた女にはフラれた。

仕官してからは訓練、訓練、訓練三昧で出会いなんざありゃしない。

こうして三十路間近になるまで来年こそはって自分に言い訳して、それでこのザマだ!


ん、なんだ?

先輩みたいにはなりたく無いです、だ?

ふざけやがって!


── ん“あ”っ!? いてててて……。


痛がるくらいなら最初っから言うんじゃねぇ!!

…しかし、まぁ、そうだなぁ。

お前さんは早めに考えておくといいさ。

俺みたいになる前にな。



声にもならないうめき声と共に目が覚めた。

クソったれな気分だ。

どうやら飲みすぎたらしい。

酒場で後輩にグチっていたところまでは覚えているが…。

いかんせんその後の記憶がなかった。

どうやって宿舎まで帰ってきたのかすら思い出せない。


まぁ度々あることだ。

吐き気と頭痛を堪えてゆっくりと起き上がる。

水を飲んで、それから熱い湯にでも浸かりたいもんだ。


そんな、どこかうすらぼんやりとした思考は次の瞬間には消し飛んでいた。


なんだこれ!?


掛け布を引っぺがした先、広がっていたのはいつもと違う光景だった。

一見服が縮んだだけにも見える。

だが違う、と俺の本能ははっきり理解していた。


下世話だが、いつも寝起きに感じていた突っ張るような感覚がない。

慌てて服の上から(まさぐ)っても、何も掴む()()がない。

寝具の上で立ち上がってずり下ろして確認するも、やはりない。

俺が二十九年間大切に守ってきた息子が家出してしまっていた。


「クソッ…!」


そう嘆く声すら高くなっていて、余計混乱は深まるばかりだった。


それから俺は小一時間奮闘した。

このクソみたいな夢から覚めようとした。

ベタに頬を抓ってみたり…これは普通に痛かった。

掛け布を被ってもう一度寝ようとしてみたり…二日酔いで無理だった。

とにかく水をがぶ飲みしてみたり…用を足したくなるだけでなんの効果も無かった。

用を足そうとして一悶着あって、ついに俺は、これが現実だと認めざるを得なくなっていた。


そりゃあ”いい人“が欲しいとは思ったさ…。

でもさ、神様。

俺が”いい人“になりたかったわけじゃないんだよ!?


心の中でいくら騒ごうが何も解決しない。

幸いなのは今日と明日が非番の日だったってことか。

今日明日中に身の振り方を考えなきゃいけない。


俺は一体、どうすればいいんだろうなぁ…?


俺は天を仰いで嘆いたが、見えたのは宿舎の薄い天井だけだった。


混乱の真っ只中ではあったが、何もしないわけにもいかない。

俺がまず行ったのは熱い湯を浴びることだった。

汗を洗い流し、石鹸で油と汚れを擦り取る。

街の門番として最低限の身なりを整え終わる頃には酔いもだいぶ覚めてきて、はっきりと物事を考えられるようになってきた。

なんだろう、体に染み付いているからか?

とにかく呆然としながらも手早く身支度を終えた俺は、湯に映る自分の姿を確認していた。


当然ながら()の俺とは似ても似つかない姿になっている。

見た目的には大体一四から一五歳くらいだろうか?

身体の節々を取り巻く”老い“の楔が全く感じられないので、見た目だけでなく肉体もしっかりと若返っているようだ。

そんな若々しい少女のような自分の身体で、一番最初に目が行ったのは胸だ。

小ぶりながらも形が良く、触ってみるとハリがあって大変健康的に感じる。

ただし自分の胸なので興奮したりとかは全く無かった。

髪はいつの間にか伸びて肩に掛かるくらいまでの長さになっていた。

(からす)の濡れ羽色というやつだ。

俺の父親の、そのまた父親の代は東方の国に住んでいたらしく、俺はしっかりとその血を受け継いでいた。

身長は大分縮んだみたいで、視点がいつもより低く、逆に周りのものが少し大きく見える。

だというのに歩いたりするのになんの問題もない。

普通ここまで重心がズレたら、感覚の違いで酔うくらいはありそうなものだが。


顔は元々そこまで悪く無かった(と思いたい)わけだが、女になった今ではそこそこ美人じゃないかと思う。

身体だってよく引き締まっていて、細身のいい女と言った雰囲気だ。

ただ一箇所、目を引く傷跡さえなければ。


「あぁ、やっぱり残るよなぁ…。」


聖書にある生まれ変わりとか、そういう類の現象ではないと分かっていた。

であれば、この身体は自分の身体がそのまま女に変化しただけであることも自明だ。


でも、でも。

この傷だけは消えていて欲しかった。


左腕から手先にかけてうっすら残る火傷のような傷跡。

そして右肩から臍にかけて、まるで鋭い刃物で斬られた後に乱暴に焼かれたような傷跡

まるで、ではない。

本当にそうされたのだ。

体の傷跡をなぞると共に(にが)(くる)しい思い出が蘇る。

当時の治療師の懸命な治療によって、今となっては殆ど痛みはない。

それでも心の底に痛みは残っている。


やはり()()は、この身体は自分の身体なのだと再認識した。



さて、湯から上がった俺だったが、とある大きな問題に直面していた。


「このままだと外に出れねぇ…!?」


お気づきの方も居るかもしれないが、そう、服の問題だ。

男、しかも独り身の俺が女物の服なんざ持っているわけがない。

このままだと外に出ようとしてもブカブカの男の服を着て外に出ることになるが、そんなことをすれば当然目立つ。

もしも後輩に今の姿を見られでもしたら…。


考えるだけでもイライラしてくるが、奴は()が俺だと分かればきっと軽口を叩いてくるだろう。


── えぇ〜、先輩……。()()するより先に女にされちゃったんすか!?

── ククッ……さすが先輩、誰も出来ないことを平然とやってのける!


そこに痺れる憧れるゥ!といい笑顔で言い放ったヤツの鼻っ柱を叩き折る妄想を終え、俺は外に出るための準備を始めた。

これでも独り身なだけあって最低限の炊事洗濯は出来るし、仕事柄、すぐダメになる衣服を修繕することもできる。

仕立て直すことも時間は掛かるがやってやれないことはない。

動きやすさの観点から、冒険者であれば女であっても男物の服を着るので、冒険者に扮して外を歩けば何の問題もないはずだ。


この身体がいつまで女のままかは全くの不明だ。

だが見当はつく。

子供の頃母親に読み聞かせてもらったお伽噺、その中に呪いで小鳥に姿を変えられてしまった少女の物語があった。

詳細は省くが、婚約者が少女の呪いを解いたは良いものの、結局少女は呪いの反動で死んでしまったのだ。

他のお話でも、大抵は呪いを解くと反動で死ぬ。

つまり逆に言ってしまえば、俺の身体は死ぬまでずっと女のままだという可能性が高い。


今の姿の()が俺だったということを証明することは相当難しいだろう。

何せ俺自身そんな話を聞いたこともないし、反対に俺がそんな話を聞かされても信じない。

よって、俺はどうにかして新しい食い扶持を見つけなければいけないのだ。


この部屋に居られるのは明後日の夜明けまで。

それを過ぎてしまえば、時間になっても起きてこない俺のことを同僚が起こしに来るだろう。

そうなってしまえば一巻の終わりだ。


不法侵入者として捕らえられ、最悪、門番の失踪に関わっているとして殺されるかもしれない。

それまでに準備を整えてここを出る必要がある。


……ふぅ、とゆっくりと息を吐く。


目を瞑って深呼吸。


すー、はー。


「……よし。」


やってやれないわけじゃない。

街の門番舐めんな。


俺は覚悟を決め、行動を開始した。



── そして翌々日の朝、


まだ暗く、日も登っていない。

寒々しい空気の中、俺は感慨深い心持ちで宿舎を見ていた。


「人間、やればできるもんだなぁ…。」


あれから俺は必死に旅装を整えていた。

慣れないながらも半日かけて服を仕立て直し、次の日の早朝になってから、同じ宿舎に住む仲間たちに鉢合わせしないようにしながら外出。

へそくりをやりくりして、自分ではどうしようもない下着や、替えの服、旅に必要な諸々を揃え、一応心配してくれるであろう後輩へと書き置きを残した。

そして今、誰もが寝静まっている今、全ての荷物を持って宿舎を抜け出したというわけだ。


出来る限りのことはやったが、不安も残る。

まず防具。

俺はもう貸し出しの防具や武器を卒業し、自分の金で自分のものを仕立ててもらっていた。

よって持ち出しても然程問題はない、のだが。

手甲と脚甲は良かったのだ。

問題は胴の部分の鎧だ。

いくら革とはいえ、調節の聞く手足のものと違って胴の部分はどうしようもなかった。

それでも無理矢理付けていこうとして胸の先が擦れて痛くなったのでやめた。

外套は元々雨天時の勤務用に用意してあったので問題はなし。

重くて街の目印の入っている兜は持っていけないので問題はなし。

武器良し、食糧良し。

そして、体調も良し。


今日はいい天気になりそうだ。

絶好の旅日和じゃないか。


目指すは隣街、目標は冒険者になること。

安定した職業とは程遠いが、丁度良い、飽き飽きする毎日にはうんざりしてたところだ。


朝日が差し込み、街の門がゆっくりと開く。


さぁ、行こうじゃないか。


門番が後輩へと宛てた手紙


ケイン(後輩)へ


この手紙が読まれている頃には、俺が居なくなって騒ぎが起きてるだろう。

それに関しては申し訳なく思う。

さて、俺はちょっとした事情で街を出なきゃいけなくなった。

つってもお貴族様に逆らったとかそういうヤバい話じゃないから安心してほしい。

俺は無事だ。

だが恐らくお前と二度と会うことはないだろう。

お前と飲む酒は旨かっただけに残念だ。

直接言えないのが残念でならないが、今までありがとう。

お前と下らない話で盛り上がるのは中々楽しかったよ。

俺の金はギルドの口座に預けてある。

俺の身分証を見せれば引き出せるはずだ。

何か困った時に使ってくれ。

お前はさっさと“いい人”見つけろよ。


親愛なる先輩より

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