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同時刻の出来事

この話は、R15なろう版で出していいレベルか自信がありません。露骨な表現は控え、行為そのものは記載しませんでしたが――


(行為をにおわせるレベルは、コミカライズされたメジャーな作品中でも見たことがあるのですが……こんなダークな内容ではありませんでしたので)


まずいと感じられたかたは、サイトに通報でもメッセージでもなんでもいいので、早めに教えていただけると早めに修正できるのでありがたいです。

長い指先が、つつ、とストッキング越しに肌を伝う。(ブラック)胡桃(ウォールナット)材の床にマッチした革張りのソファーに豊かな体を預けた女の足元に(ひざまず)いて、男はハイヒールの足を(うやうや)しく持ち上げた。一見すると、(かかと)が高いだけで普通に見える黒いハイヒールであるが、その革の内側は鮮烈な赤い色をしている――知る人ぞ知る高級ブランド製のものである。


「情熱的なデザインですね。」

「意外と普通の反応ね。」

即座に切り返された女の返答に男は苦笑して、その足から(ハイヒール)を抜き取る。


「ちょっと……ッ、」

怒気を(あらわ)にした声も、男の唇がその足先に落とされた瞬間に途切れた。


「筋肉のこわばりをほぐすと、楽になるそうですよ。」

さらさらの金の髪に美しい空色の瞳をした男はそう言うと、淡い薔薇色をした形のよい唇の端を引き上げる。


「高いヒールをはいていたから、ガチガチじゃありませんか。」

器用に掌で女の脚をほぐしつつ、時々、指でスジに沿って羽根で触れるようなタッチで(なぞら)える。その度に女の体は軽く跳ねて、甘い息を漏らした。


「私は昔ピアノをやっていましてね、指使いは器用と言われるんですよ。」

白い膝裏から太ももの付け根までをほぐしつつ、内腿の内転筋に沿って指を這わせて、男は笑った。


「美しいものが奏でる音色は格別でしてね。楽器でも女性でもね。」

甘い声をあげながらも、女は鋭い目線を男に投げ掛ける。


「そんな事を言って……本当はもっと若い子を抱きたいんでしょう?」

試すような眼差しで、女はふっと笑う。その瞳は、獲物を品定めする肉食獣にどこか似ていた。


「ワインと同じで、若いものは出た時期だけ香りを楽しめばじゅうぶんですね。」

男は肩をすくめてそつなく笑う。


「私はそれより、年月のなか熟成されて味も香りも深みを増した女性に興味をそそられる性質(たち)でして。」

濡れて艶めく紅い唇が三日月を形作る。


「ふふ、いいわ、それなら――。」

肉付きのよい腕が男の手を捕らえた。


「焦らすのはやめて、このストッキングを破り捨てる権利を貴方へと譲渡しましょう。」

女の声が終わるか終わらないかのタイミングで男はその体を横抱き(お姫様抱っこ)にした。シャワーを浴びもせずなだれ込んだ――ベッドシーツが波打って()れた。


――――

豊かな肢体をだらん、と投げ出して満足げにシーツに横たわりつつ、女は男に甘ったるい声で話し掛けていた。その肌は情事の名残か、未だに火照った色を残している。


「ふふ、それで……あなたの望みはなぁに?」

優秀な男はそれなりに認められるべきだと私は思っているのよ?と、女は顎先をちょっと突き出すようにして笑った。


「実績は――これからのようだけど、血筋は確かよね。あなた次第では知り合いに紹介してあげても、」

「身に余るお言葉ですが、」

海外の映画俳優か、という美貌の男は、()()の後とは思えぬ涼やかな表情で口を開く。


「私の望みは(おのれ)の身を立てることではありません。」

「あらそう、ではどういうことかしら?」

「……あなたが()()()()いらっしゃる(くだん)の書類でございます。」

その瞬間、女の柳眉が険しく吊り上がった。


「あなた、この私に、()()()()()に手を貸せ、と……?」

男は肩をすくめる。


「私はただ、私の可愛い部下達を守り、養っていく務めを全うしようとしているだけのこと。」

「法と秩序を乱すことに荷担はできません!」

不正と言われるのは心外だ、と言外に示す男を前に、女はつんと横を向いた。


「無法地帯を拡大させ、()()()を養う手助けなど、致しかねます。」

とりつく島もない女の様子に、男は溜め息をついて肩をすくめた。


「あなたが正義感が強く公正なかたなのは存じ上げております。されど、私どもの組織は貴女が仰る無法者を取締り、無法地帯の拡大を抑止するためのもの。あなたが守ろうとされている社会の秩序を守る矛や盾となりこそすれ、私の部下は無法者の(そし)りを受けるべき者たちではありません。」

男のその話が終わらない内に、女はくるりと背を向け、脱ぎ捨てられた下着に手を伸ばした。


「お話にもなりませんわ。お帰りください。」

冷たくあしらう様子を気にする風でもなく、男は大袈裟に肩をすくめて、おどけるように言った。


「あなたは、()()キャラメル色の巻き毛のかたよりは、話が通じそうに思えたんですけどねぇ。」

女の表情が変わる。


「……何ですって?」

「あなたが想像されたかたですよ。」

男はくっくっと笑った。その空色の瞳は、冬空のように冷たい。


「あのメロンのように熟れた乳房をした女性より、貴女のほうが、素直に心も体も開いてくださったと思ったんですけどねぇ。」

「あなた……!」

女はかっと目を見開くと、真っ赤なマニキュアをした爪の先を立てて男の頬を張り、引っ掻いた。男の白い肌の薄皮が剥けて、血の混じった組織液がにじむ。


「許さないわよ、覚悟なさい!」

「書類にサインするご協力はいただけない、そういうことですね。」

表情ひとつ変えることなく、男は彼用に仕立てられた上質なシャツに腕を通した。


「あなた……言葉の意味もわからないほどバカなの?」

嘲るように笑った女に男は溜め息をついて、目を閉じ、ゆっくりと確認する。


「ご協力を願えませんか、ねぇ。」

「何度も同じ事を……っ!?」


ぱちん、と、男は指を鳴らした。2秒後、表で静かに何かが倒れる音がした。特に騒ぎが起きた様子はなく、静寂が支配する。それでも、ただならぬ気配と殺気が辺りに満ちている事実を感知した女は、怒りで紅潮していた顔を青白くしていた。終始強気だった声色も、既に弱々しく掠れ、震えている。


「……何をしたの。」

男は笑う。


「いえ……()()にね、打ち合わせどおりに動いてもらっただけですよ。」

堅固なシステムと訓練されたプロフェッショナルに守られた空間のはずだった。だがそれが容易く破られたことを、勘の良い彼女は本能的に察知していた。


「あなた、なにを……」

「大丈夫ですよ。私たちの組織は、この世界の秩序を守るためのもの。むやみに人を傷つけたりするわけがないじゃありませんか。」

男は女に、上質なタオル地のローブを手渡す。


「どうぞお召しを。あなたの肌を、私以外の者に触れさせたくはないのです。」

たとえ相手が、私の可愛い隊員たちだったとしてもね――と振り返ったスカイブルーの瞳に宿る残酷な光に、女はひっ、と声をあげた。――その表情には最早、勝ち気な女の面影はない。


「やれやれ、手のかかるお方だ。」

男はローブを引ったくると、強引に女の腕を袖に通して、前を締めた。


「――入っていいぞ。」

女の恐怖が最高潮に高まる。おぞましい荒くれものたちが侵入してきて、()()()()()()()()()()様子を思い浮かべ絶望した、その時。


「失礼いたします。」

よく通る凛とした声に野獣じみた要素は皆無だった。なんとなく、そこにいるのは美しい男のような気がして――女はうっすら目を開ける。数秒後入ってきたのは、艶のある黒髪、鋭く美しいスミレ色の瞳をした若い男、一人だけ――だった。長身の見目麗しきその青年に、女の目は釘付けとなった。


「眠っていただきましたが、怪我はないはずです。」

女を前にすっと礼をする――その所作も佇まいも全てが女が理想とする軍人を体現したかのように端整で、高貴ささえ感じ取れるものだった。


「ご苦労。」

男はその美青年――臨に向かって労いの言葉をかける。


「頬のお怪我は?」

臨を見て呆けていた女がみせた狼狽(うろた)えた目の動きを、金の髪の男は見逃さなかった。


「サインだろうさ。」

返すための貸しを()()()()作ってくださった”んだよ、と――男はそう言ってにこやかな笑顔を浮かべた。が、口許は朗らかでも、その空色の瞳は笑ってはいない。


「よきご回答を期待していますよ。願わくは――もう一度、お会いしたいですからね。」

その台詞が二度目の会瀬(おうせ)を期待したものでないのは――明らかだった。

____


ホテルの前には黒いリムジンが停車していた。中から恰幅のいい初老の男が顔を覗かせる。


「やぁやぁ、どうだったかい、例の件は。」

金髪の男はにこやかな笑顔で、まだなんとも、とお茶を濁した。


「……あまり事を荒立てたくはないのですがね。」

「いやいや、あの好色だがガードは固い、めんどうな女の寝所に上がって弱味を握れただけでも成果さ。」

初老の男が笑う。


「優秀な女性ではあるけどねぇ。まぁ、サインそのものは、しかるべき立場にいる人間がしてくれたら、それでオッケー、だからねぇ。」

朗らかな声で笑いながら“代わりはいくらでもいる”と平然と言い放つ――その目の奥の暗がりは深い。陰謀蠢く世界を(くぐ)り抜けてきた猛者だけがもつ毒と凄みのようなものがそこにはあった。


「しかし、君の部下は優秀だねぇ。強く、でしゃばらず、必要なことだけ確実にこなす賢さもある。立ってるだけでも品がある。男のわしから見ても文句なしのいい男だ。……こんな世界にいるのは心底、惜しい気がするよ。私のそばに引き抜きたいくらいだね。」

男は苦笑し――懐のケースから普段の遮光レンズが入った眼鏡を取り出した。


「ご勘弁を。そうでなくても、臨は引く手あまたでして。いつどこぞに取られるのではないかと戦々恐々としているのです。」

夜が開け白む頃、金の髪の男――竜司令は所望したものを手に入れていた。

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