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帰る場所は、ここしか知らないから

ベッドサイドに置かれたクマの縫いぐるみ(テディベア)は、蓮華が水谷とはじめて出会った日――面談の場面で水谷が押しつけてきたものである。軽く粘着テープ(コロコロ)をかけて、テーブルを拭いてから、また置き直した。


(手作りかな……)

はっきりわかるわけじゃない。それでも……縫い合わせた布の間にかすかに見える、縫い目の雰囲気が既製品とは違う気がした。


(誰の手作りなんだろ。)

あまり深く考えたくない気もした。気をとりなおし、支給されているiPad程度の大きさの電子ノートに、今日の出来事を書き起こす。対策できそうなことだけを左上に箇条書き、それ以外は消した。


(いったん、休憩しようかな。)

……明日の研修で使うもの着るものなど準備、洗面や歯磨きを済ませてから、また机に向かう。左上の項目に沿って、対策――明日やれそうなことを思いつくだけ書きつけてから、簡単に取り組めそうなことと、それ以外に優先順位が高そうなことにチェックをいれた。


――最後に、今日起きた良かったことを思い出して一番下に少し大きく書き残す。明日の朝、またそれを読み返して、ほっこりすることができるように……。それを端末のカメラでも撮影する。


前世からの習慣……ではない。


前世の蓮華、その女は、深夜に帰宅した後、缶チューハイを片手にコンビニ弁当、そのままベッドへと倒れこんで化粧も落とさず眠りこけてしまう……そんな女だった。――毎日日記をつけ、明日のタイムスケジュールと目標を整理し直すような几帳面なタイプではなく、その場しのぎの日々を繰り返し生きていた。


頑張っていないわけではなかった。けれどもいつも上手くはいかずに、目の前のことだけでいっぱいいっぱいで、朝起きた瞬間から、帰宅後のことを妄想しては、ベッドから起き上がりたくない自分を必死で叱咤して、寝ぼけた頭を栄養ドリンク剤でたたき起こし、重たい身体を引きずるように玄関から出ていた。


――部屋に戻る頃には、何かを始める気力も既に残っていない。そんな感じの……地味な生活を送る不器用な女で、素敵な日々を謳歌するポジティブな女性とは程遠い存在だった。


でも、この世界で生きていくためには、できるだけきちんとしておかないと、恐ろしいことが起こる気がしたのだった。頑張らなければ、と半ば強迫観念のような意識が蓮華を駆り立てる。


(組織のなかのはずなのに、――普通に襲われたりしたし……)

増設と改築を繰り返し、破棄された建物も壊されず放置されている敷地のなか。射撃訓練所から戻る途中で道を間違えたことがあった。迷い込んだ先で――蓮華は突然、数人に仕掛けられたことがあった。研修生という新入りで、戦闘員でもない補助職になる予定。しかも女。それなのに足しげく訓練所に通っていたことで、生意気だと見なされたようだった。


(新人ひとりに……集団で、なんて。)

おどかす程度のつもりだったのかもしれない。それでも、何もしていない相手に対して、死角から攻撃を仕掛けてくるなんて信じられない。

許せない――恐怖心より、その憤りのほうが勝ったことと、たまたま有利な条件が揃っていたこともあって、蓮華も立ち向かうことができた。そして救いの手も入り、事なきを得た。けれど――と思う。


(研修の立場でいられるうちに、ちゃんとした習慣をつけておかないと――)

自分の部屋といっても、ここも職場の一部だ。組織の隊員へ支給された一室で、蓮華にとって家と呼べる場所じゃない。――それ以外に帰るところもない。少なくとも、今生の記憶が欠けた蓮華には、帰ることができる場所を思い付くこともできなかった。


隊員だからここにいられる。条件付きの帰る場所――だから、ここでつぶれてしまったら自分はどうなるんだろう――どこに行けば……と、想像すると怖かった。


不安を努力で塗りつぶすようにして、せめて、今の自分にでもやれそうなことだけは、頑張ってやるようにはじめた。やれるだけ頑張ったんだから、って、自分に言い聞かせて……安心して眠れるようにしたかったから。


(縫いぐるみなんて、別に好きじゃなかったのにな。)

なのに今は、もらった縫いぐるみを抱き締めていると、安心して眠れるような気がしてしまっていた。


うつらうつら、と微睡みながら蓮華は思い出す。それは、ちょっと前にあった出来事から――

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