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前世の記憶で生きる、今生の記憶のないわたし

女が転生したのは、ここは日本なのか、と彼女が混同したほどに様々なものが似通った世界だった。


ダークレッドの口紅のように艶やかな、ゆるいウェーブヘアー。目鼻立ちはくっきりしていて、お人形さんのような瞳は印象的な鮮やかな青い色をしている。そして、やたらと色っぽく肉付きの良い体をしていた――その若い女の名は緋宮(ひみや)蓮華(れんげ)というらしい。


(リアリティがない。)

緋宮蓮華として歩んできたはずの人生の記憶はそっくりそのまま欠けていた。言葉も身の回りのものの名前も含め、前世で慣れ親しんだ世界とほとんどが共通していたことは救いだと思う。それでも時々、()()()()()は眠っている状態で、ここは夢のなかの世界なんじゃないのか、と……そんなことを思うことさえある。


(あんまり夢のある世界じゃないけど……)

華やかな美女であるはずの蓮華だったが、その美貌ゆえに優しくされていたのか、というと――決してそんなことはなかった。


蓮華が所属したそこ(・・)は、明確な上下関係に基づく縦社会で、強い者が認められる男ばかりの世界だった。


むろん、美貌と色香をエサにして、強い者に取り入る道を蓮華が選んでいたのなら、処遇は変わっていたのかも知れない。だが良くも悪くも()()がつくほどまじめで不器用で――それでいて、自分にあまり自信がなくて、まして異性関係には苦手意識さえあった……そんな前世の女の記憶を引き継ぐ蓮華に、それは無理な話だった。


美しい女が持て囃されるのは、「これからの関係発展」を期待させる要素があるためか、あるいは「高嶺の花」「オレらのマドンナ」「みんなのアイドル」的な評価、つまり「人気があるから」というのが大きい。


逆に「嫌われもの」になると、減点評価で扱われやすくなる。――努力家だが要領が悪く、愛想を振り撒くのも下手くそな蓮華は、多くの男たちから見れば「見た目はいいが、つまらない女」だった。


さらに言えば女としてみても身体能力も凡庸で、男を基準にカリキュラムを組まれた訓練ではしばしば落ちこぼれだった――そんな蓮華が、周囲から冷ややかな眼差しを浴びせられるようになるまで時間はかからなかった。


美人なだけというのでは、見慣れてしまえば、やがて飽きるものなのである。そこに「足手まとい」として「邪魔な存在だ」という認識がつけばなおさら。


結果、蓮華は――男ばかりのなか、厳しい訓練でしごかれ、体力的についていけず怒鳴られ、理不尽なことで叱られ、これだから女は……と明らかに見下した態度でバカにされた。面倒な作業は押し付けられもした。


――はっきり言って、前世のほうがまだマシだったかもしれないという状況だったが、それでも蓮華がやってこれる程度には、悪いことばかりでもなかった。そんな蓮華に優しく接してくれた人間たちもいたのである。


(男の人から優しくされたの、はじめてだった――な。)

それが美女特典なのかは疑問だった。――なぜなら、蓮華がいちばん優しくしてもらえた気がするその男は、ほかの女たちにも分け隔てなく優しく振る舞っているように見えたからである。


◆◆◆◆

――そんな蓮華は今、目の前に立ち塞がる女から両肩を掴まれ、激しく揺さぶられている。


「あんた、司令の妹なんだってね?」

泣いているような笑っているような、それでいて怒気さえ伝わってくるような――なんとも言えない雰囲気。彼女の情緒がひどく乱れていることだけは理解できた。


「ねぇ、そうなんでしょ……!?」

問いかけられたところで、はいそうです、と答えるわけにもいかない。しびれを切らしたかのように、女は蓮華の襟首を掴んできた。


「ちょっ……放してくださ……」

喉が締め付けられる。静脈(血の帰り道)が塞がれて、顔面が怒張していくような感覚がした。息苦しくて噎せる。女は我に返ったように手を放してから、ああごめん苦しかったね……、などとへつらうように笑って、今度はやたら親しげに背中を撫でてきた。――隊員のための射撃演習場、その受付をしていた女だった。


(いつもは、挨拶しても目も合わせてくれなかったくせに……)

訓練生のなかで、戦闘員ではない補助職種(サポート要員)になることが決まっていた蓮華である。無料利用ぶんは戦闘員の1割しかなく、給与天引きの形で、自費で演習場に通っていた。


戦闘訓練では明らかに落ちこぼれだった蓮華が唯一、周りの男の訓練生よりうまく扱えた武器、拳銃。それを少しでも伸ばそうと頑張っていた。そんな努力を嘲笑され、聞こえよがしに悪口を言われていた記憶が甦る。あんまりな対応に軽く殺意を覚えたことさえあった。


(私が()()()()だって知った途端に、すり寄ってきて……)

それでも、泣き腫らした真っ赤な瞳で、必死ですがり付いてくる様子を前にすると、今さらなんなんですか、知りませんよ……と突っぱねるのも可哀想に思えてしまう。


「だったらさ、なんとかしてよ。ね?わかるだろ?今回だけだから、さ。……お願いします!」

この体の持ち主――緋宮(ひみや)蓮華(れんげ)には二人の兄がいる。二番目の兄は、蓮華が入った組織のなかで上から三番目の役職にある“司令”をつとめていた。


(印象が、ちょっと微妙な兄だったけど……)

蓮華が司令の妹であることは一部の人間しか知らない秘密のはずだった。……それなのに、彼女はいったい、どこから聞きつけたのだろうと思う。


「あたしには、小さな子どもがいてッ……病気で、どうしても金が必要だったんだ……」

コンテナに2つ分の弾薬を蓮華の個人練習用として特別に融通した。そういうことにしてほしい、と泣きつかれる。なんとなく()()()()においがする、無茶苦茶な要求であることはすぐわかった。


(そんなの、困る――)

畳み掛けるように、涙目の彼女は、土下座してきた。……もしかしたら、蓮華の自信のなさ、「NOを切り出すのが苦手」な弱点まで察しているのかもしれない、そう感じた。


「すみません、わからないので……担当に相談してきますッ!」

なんとなくまずい気配を感じて、それでも自分では上手な断り文句が思いつかずに蓮華は(きびす)を返した。


(!)

手首が掴まれる。信じられないほど強い力で引っ張られた――が、訓練された手順どおりにふりほどいて、()のもとへと走った。


◆◆◆◆

なにかあったらいつでもおいで――と、研修中である蓮華を指導サポートする担当者……直属の上司でもある水谷(みずや)教官は言ってくれていた。組織には教官らが集まる部屋があるらしいが、水谷の定位置は許可を得て借りられる談話室だ。


(“使用中”で、鍵を開けている部屋がそうだ、と言ってたけど……)

ずらりと並んだ談話室、そのなかのどれか。“使用中”が少ないのがせめてもの救いだが、会議や打ち合わせ、面談中のほかの人達の邪魔はしたくないと思う。


(どこだろう……)

いつでもおいでと言ってくれるなら、今日は何号室を借りたのか――専用の端末(スマホのようなもの)にメッセージを残すなりして、教えてくれたらいいのに、と、思わずため息が漏れた。

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