『なまこ×どりる』のコスプレをしたい彼女とそれを阻止したい僕の話。〈二次創作9〉
*こちらの作品は、
ξ˚⊿˚)ξ <ただのぎょー(Gyo¥0-)様作品の
『なまこ×どりる』
(https://ncode.syosetu.com/n3777fc/)の
二次創作になります。
未読の方でも楽しく読めます。既読の方はさらに。
作中のネタを詰め込んだものの作品のネタバレはしない奇妙な短編に仕上がりました。
「アレクサのコスプレしたいんですのー!」
「ああ、うん、可愛いと思うよ」
パソコンに向かったまま僕が答えると、部屋の入り口で彼女の桜が一瞬黙った。
鳥籠の中にいるインコが羽根を広げる音がする。
会話は終わりかなと仕事に集中しようとした途端、不穏な言葉が続いた。
「…じゃ、じゃあ、林くん、相方のクロ、やってね」
「いやいやいやいや。無理だから」
「限定グッズ販売で並ぶ時に買った黒いシュラフあるじゃない。あれでクロになれるわよ」
「ああ、たしかに。って、いや、やらないから」
パソコンチェアを回転させて、桜の顔を見て、右手を勢いよく左右に振った。
なまこ、コスプレ、無理。
「大丈夫よ。bar業屋のクリスマスパーティーに出るだけなんだから。『なまこ×どりる』教えてくれたのマスターでしょ?きっとマスターにウケるわ」
「それなら、縦ロールのアレクサ単独の方がいいじゃないか。なんでなまこ」
「金髪縦ロールで学園の制服キャラなんて、ごろごろいるからニセクロナマコのクロが必要なの!」
「いや、古代神のコスプレとか恐れ多くて」
「大丈夫。黒いシュラフでのたうちまわって、何か言われれば煽り返せばいいから」
「クロのキャラ設定でそこのチョイスするのおかしくない?」
「だって、〔能力下賜〕とか〔領域展開〕とか多重発動〈魔術壁〉とかできないでしょ?」
「コスプレにそこまで求めるのはおかしいと思う。あと、普通にそれ無理だから」
「じゃあ、寝転がってればいいから」
あの狭いbar業屋の店内で寝転がってクリスマスパーティー?なんの苦行だ。踏まれるし、埃っぽいし、コロナ禍でマスクしながら寝転がっているなんてコスプレ以前の問題だ。
「断る」
断固拒否の姿勢を示すが、彼女は聞いていない。
むしろ、勝手に妄想を始めている。
どうする、これ。
「ウェブ小説のキャラならきっと他の人とかぶらないと思うし、それに、私たちに小説をおすすめしてくれたのはマスターだから、きっと喜ばれると思うの。しかもアレクサとクロのセットのコスプレでいけば、絶対マスターに褒められるわ!気怠げに紫煙を燻らせるマスターに『似合うね』って言って微笑んでもらいたいんですのー!きゃー!」
そう言いながら、背中まで伸びた髪を2つに分けて、耳の前に持ってきてくるくると指先で巻いている。
僕の拒否は聞いてないし、妄想の中でノリノリだ。
「だから、やらないってば。あれ?でも毎年マスターコスプレしてたっけ?」
ふと思い出して聞いてみるが、すっかりアレクサ脳になった彼女は語尾に「ですの」をつけて、指先をくるくる髪をねじらせながら答えた。
「マスターなら、毎年猫のツケ耳をするだけですの」
「ゆるゆるだなー」
「それで"にゃーん"って言ってもらうんですのー」
「絶対やる気ないなー」
適当な会話をして流そうとしたが、急に彼女の何かのスイッチが入った。
「何を言っているんですの?!自称おっさんが、猫耳でにゃーんって言うんですのよ!しかもやる気なさげに!おっさんが!
加齢と共に醸し出されるその希少性がわからないなんて、クロ失格ですわ!」
「それ、マスターをディスってるの?誉めてるの?」
「……………」
「そこで黙るなー!!」
そっと目を逸らした彼女が、僕のパソコンチェアをくるりと回して、僕の肩に両手を置いた。
そして、ゆっくりとその手を動かし始めた。
肩の凝りがじんわりとほぐされる。
「……うぅ」
「ここか?ここがええのんか?」
「どんな接客術だよ」
彼女は整骨院で働いている。
だが、このコロナ禍で急に客足が落ちたのが去年の春。
付き合って3ヶ月くらいの時で、収入減少がけっこうリアルな問題としてあった頃。
僕は僕で、テレワーク中心の生活になり、人に会わない生活にちょっと心を病み始めた。
仕事はどんどん送られてくるのに、雑談をするリフレッシュも何もない。なんとかしようと鳥を飼い始めたが、やっぱり限界が来た。
そこで、家賃折半で同棲しませんかと彼女に申し込んだのが去年の夏。
エアコン代の節約にかこつけて、アイス持ち込みで僕の家に来ていた彼女はあっさりと頷いた。
このまま婚姻届でもと思ったけど、そこはちょっと自重した。勢いは大事だけど、前の彼氏で結構酷い目に遭ったらしいので慎重にすることにした。
そんな感じで1年以上。
思ったよりものんびりと一緒に暮らせていると思う。
そこで、行きつけのbar業屋のマスターに相談して、クリスマスパーティーの日にサプライズでプロポーズをしようと計画をしている。
そう、プロポーズだ。
なのになんで、なまこのコスプレで黒いシュラフ姿でパーティに臨席しなければならないのか?!
却下だ。
両手さえ使えない状態でどうやって花束と指輪を見せろというのか?
黒歴史になると分かりながら、頷けるわけが無い。
ここは何をどう言われようが拒否一択だ。
それでも肩を揉みほぐす指先は気持ちが良く、このまま流されてニセクロナマコのコスプレを許してしまわないように気を張り詰めた。
「ねぇ…」
「なんですの?」
アレクサごっこはまだ続くの?
思わず言いそうになったが、僕はこらえた。
それとは別に代替案だ。
相手の提案を断るなら代替案を提示しよう。それがせめてもの誠意だ。
「クロも重要キャラだけど、アレクサの相手ならレオナルドじゃないの?レオナルドのコスプレじゃ」
「その顔でレオナルド?もう1回なまどり読み直して顔洗って鏡見てから言ってみるといいわ。
そのなまこ面をホヤにするわよ」
食い気味で否定された上にディスられた。
思わず顔面を両手で覆って叫んだ。
「やめて!顔がグロい彼氏なんて嫌でしょ?!」
「ふん、別にそれだけが目的で一緒いるわけじゃありませんの!」
なんか爆弾投げ込まれた。
「酷いことする前提で、いい事言わないで!どうすればいいの!僕の気持ちを2方向から揺さぶらないで〜!」
ちょっと自分の耳が赤い気がするが、気のせいだ、きっと。
「いや、ちょっと待って。なまこ面ってひどくないか?」
ちょっとだけ我にかえる。
「え、言ってない、言ってないよ。ねぇ、ぴーちゃん?」
『いえすまむー』
「ぴーちゃん?!」
インコのぴーちゃんにそれは教えてないぞ?!
鳥籠の中でカタカタと止まり木を移動するぴーちゃん。
「いつの間に…」
「テレワークで構ってもらえない時間に仕込んだんですの〜」
「ぴーちゃん…」
『いえすまむー』
桜の本気度が怖い。
絶対なまこにさせられる。
だが、僕だってプロポーズをなまこ姿でやりたくはない!
「あのさ、アレクサとなら他のキャラでも」
「作品タイトルの否定するつもり?」
「いや、そんなつもりは…」
万事休す。
なんとかニセクロナマコ以外で妥協してもらわねば…。
その時。
ピンポーン
インターホンが鳴らされた。
「あ、はーい」
桜がぱたぱたと玄関へ向かう。
僕は脱力してパソコンの前に突っ伏した。
「えー…プロポーズ知ってて阻止してるんじゃないよなぁ…」
色々と僕より察しのいい桜は何か気付いているんじゃないかと思ってしまう。
「なまこ姿でプロポーズして欲しい?いやいやまさかそんな」
『いえすまむー』
「ぴーちゃん?!本当にシャレにならないからその相槌やめてくれよ…」
涙目でインコのぴーちゃんを見るが、我関せずの顔で、かかかっと勢いよく餌を食べている。
「うう…せめてレオナルドなら『アレクサンドラ、全ては君のもの』とか言えたのに…」
いや、それはそれで恥ずかしいから嫌だな。
「はぁー…」
ため息しか出ない。
桜が中々戻って来ないので、パソコンチェアから立ち上がってリビングへ向かった。
リビングの床では、桜が〈竜殺し〉と書かれたダンボール箱をあさっていた。
「どうしたの?それ」
「んー、実家からの仕送りですの」
そう言って、箱から日本酒の4合瓶を掲げて見せた。
「地酒の〈竜殺し〉の純米酒に、漬け物やおつまみが入ってましたの」
「うわぁ、それはありがたい。けど、同棲って知ってないよね?」
「うん。家賃安いところに引っ越したとしか言ってないですわ」
「…そのアレクサごっこ、まだ続くの?」
同棲を内緒にされていることにちょっともやっとしたせいか、トゲのある言い方になった。
それが桜に伝わってしまったと思った時はもう遅かった。
「…ねえ、なまどり、読んだよね?」
低い声で桜が言う。
「うん」
何かヤバいことになったと僕は感じているが、ここまで来たら軌道修正が出来ない事態だとこの1年以上の同棲で理解している。
心臓が早鐘を打つ。
「じゃあ、意味分かるよね?」
そう言って彼女は、届いた宅配便の箱から胡桃を取り出すと、2つ右手で握った。
ーーーーぱきぱきっ
軽快な音を立てて、桜の右手の中で胡桃の殻が割れた。
ゆっくりと右手を開いた彼女が微笑みながら言った。
「ねえ、なまこのクロ、やってくれるよね?」
トドメのように、にっこりと彼女が笑う。
目が笑ってない。
この時、僕は唯一許された答えを口にした。
「……はい、よろこんで」
そっと僕は立ったまま、両膝を寄せて身を震わせた。
…自分の木の実は守りたい。
涙目になりながら、絶対に死守することを決めた。たとえ、なまこ姿になっても。
この時僕は、夕飯の食卓で〈竜殺し〉を酌み交わしながら、桜からプロポーズされる事をまだ知らなかった。
〈おしまい〉