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7.棄てられた令嬢

 クラウスは、その日、王城北側の森に入っていた。


 近ごろ、収穫量が異常だと報告を受けていたのだ。


 森の木の実は、季節によってなるものは違うが、災害でもない限り、ある程度一定の量がとれていた。


 だが、今年は異常に少ないと言う。


 また、森周辺で行方知れずになる者も目立った。




 クラウスは騎士団を束ねていることもあり、腕には覚えがある。


 だからこそ、一人で入った。


 気兼ねなく調査をするためと、少しばかり疲れていたからだった。




 彼はモニカの素行の悪さに頭を抱えていた。


 いまや王城のすべてがぎすぎすし始めていたのだ。


 モニカの王子妃教育は相変わらず進んでいないし、兄のさぼり癖はひどくなっている。


 しかも、兄だけでは飽き足らず、その側近たちまで丸ごと侍らせている。




 中でもひどく心酔しているのが、宰相候補と謳われるドミニクであった。


 ところ構わずモニカに愛を囁き、モニカも満更でもなさそうである。


 王城のほとんどが彼らに冷めた目を向けているのだが、当の本人たちは気がつかない。




 そのとき、茂みの向こうからかさかさと音がした。クラウスは反射的に身構える。


 そこから顔を出したのは、壮年の男と少女であった。


「ティベリア嬢……?」


 男に支えられるようによろよろと歩いているのは、モルゲンシュテルン公爵家の長女、ティベリアであった。


 件のドミニクの婚約者である。





 ティベリアは弱々しく顔を上げた。


 苛烈な印象のある瞳はどこかうつろで、見たことの無い表情に、クラウスは頭を殴られたような衝撃を受けた。



 頭を蜘蛛の巣まみれにし、泥だらけになったドレス。


 今朝見た時は美しく結い上げられていたぶどう色の髪はほつれている。


 いつも気高く澄んでいる黒い目の下には涙のあとがあった。




「彼女は森の奥地に捨てられていたのだよ」


 壮年の男が、憎々しげに言う。


「あなたは……」


 クラウスは何度か見かけただけであった、人嫌いの変人公爵、アダム・ミューヴィセン。


 彼は、一年前に兄と婚約解消をしたフラヴィアの父その人であった。


「ドミニクの坊やは、自らの婚約者がモニカを貶めたとして、あろうことか貴族令嬢を森に追放しようとしていたのだよ。

 娘のときと同じように、ね」


 アダムは鷹のような目をさらに鋭く細めて言った。




「--だから王家との婚約など反対したのだ。それなのに父が勝手に事を進めてしまうから……」


「ミューヴィセン公、……すまない、今なんと?」


 クラウスは耳を疑った。


「おや? 私は何度も捜索嘆願書を出しているはずだがご存知ないのか。

 わが娘フラヴィアは、あなたの兄上と下賎な娘によって、森に捨てられたのだよ」


「まさか、……そんな非人道的なこと」


「そのまさかを、君は今目の前で見ているのでは?」


 クラウスはなにも言い返せなかった。


 だが、あの温厚な兄がそのようなことをするだろうか。--いや、しかし最近の彼を見ていればあるいは。


 じっと押し黙ってしまったクラウスを見て、アダムはため息をついた。



「すまない。……私のところには、そのような報告は入っていない」


 クラウスが慌てて言うと、アダムの目が鋭く細められた。整った薄いくちびるは皮肉げに歪んでいる。


「おおかた、あの文官も下賎な女の虜だということだろう。--それから、王家の影も」


 森林管理局の担当はたしか、シュリー伯爵家の次男坊であったか。夕闇のように薄紫の髪をした、中性的な美青年である。


「とりあえず、私が行ける範囲で探してみよう」


「一年もの間探しても、見つからなかったと言うのに?」


 帰城したら捜索命令を出すつもりではあるが、森の奥深くまで入ってしまっていれば、捜索隊を組むことさえ許可が降りなくなってしまう。


 それほどまでに深く、未知なのだ。この森は。


 クラウスの心は、より強い兄への失望に冷え、一方では正義感に燃えていた。




 貴族令嬢が、それも公爵家の娘が、一年もの間森で生き延びられるとは思えない。


 だがせめて、その骸だけでも連れ帰ってやりたいと思った。




 本来聡明なはずの彼は、だからこそ失念していた。


 息抜きや調査がてら森を散策したらどうかと提案したのが、王家の影であったことを。






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