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6.食べるということ

「それが終わったら、草取りとみずやりね」


 体を動かすことなどほとんどないフラヴィアは、外で作業をしているだけでもすでにくたくたになっていたが、チェリーは無邪気に告げた。


 はしたなくもしゃがみこんで、蔓延った草をぷちぷちと抜きながら、フラヴィアは感心していた。



 こうして見ると、草にもさまざまなものがあることがわかる。


 すっと引き抜けるものもあれば、根元を両手で掴んでぐっと全身で引っ張ってようやく取れるもの。


 這うように広がり、絡み合って抜きにくいもの。



「この花の種はね、甘い糖蜜のようなもので、包まれているのよ」


 チェリーが指さしたのは、清楚に風に揺れる、薄紫の花であった。


「あら、食べられるのかしら?」


  フラヴィアが聞くと、なにがおかしいのか、チェリーは笑いころげた。



 それから咳き込み、ひいひいと苦しげにしたかとら思うと、ふいに真面目な顔をして続ける。


「ちがうちがう。あのね、甘いのには理由があるのよ。

 種がはじけて、地面にぽろぽろと落ちるでしょ? そしたら蟻が食べものだと思って、巣まで運んでいくの。

 そうしたら、動けなくても勝手に遠くまで行けるでしょう?

 この花はね、そうやって旅をしているのよ 」


「生き残る道って、きっといろいろあるのね」


 フラヴィアが言うと、チェリーはにこにこしながら答えた。


「そうだね。きっと、なにを選ぶかが大事なのよ」


 だが、その目はどこか悲しげであった。





「ああ、おなかがすいた」


 フラヴィアが宛てがわれたのは、チェリーの家の二階であった。


 その家は青いきのこでできていた。


 だが、壁はしっかりと硬く、中はふつうの建物と同じように見える。


 農園から戻ってきたフラヴィアは、ふらふらと吸い寄せられるように椅子にもたれた。



「あら、フリフラヴィアリア、なにしてるの? 早くランチをつくりましょう」


 チェリーがてきぱきとエプロンをつけながら振り向く。


 部屋の隅には、車輪のついた旅行鞄があり、彼女はそれを開けると、中から食べものを取り出した。


「な、……それは、どうなっているの?」


 フラヴィアが目を丸くして聞くと、チェリーは大したことでもないというふうに「これ?」と聞き返した。


「これは魔法鞄だよ。食べものを新鮮なまま入れておけるんだ」


「魔法鞄ならわたくしも知っているけれど、--劣化は防げないはずよ」


「あら、それは妖精の技術力のたまものじゃない?」


 チェリーはにこにこして言った。




 チェリーが取り出したのは、たっぷりのきのこにトマト、えび、たまご、レモン、砂糖、白パン、それからニンニクだった。


 知識としては知っているが、実物を見るのははじめてで、食べる時とは違った姿にフラヴィアは感嘆した。




 先ほど収穫したシブレベリーも水に放して洗い、鍋に入れて、上から雪のようにたっぷりと砂糖をかける。


「シブレベリーはジャムにするのよ」

「まあ! ジャムって家でも作れるの?」


 フラヴィアが聞くと、チェリーは呆れた目をして答えずに続けた。


「すこし時間がかかるから、先に進めましょう。シブレベリーにはたっぷりのお砂糖をかけておくの。きっちりしなくてもよくて、大体、果物の重さの半分くらい。

 お砂糖はケチっちゃだめよ。日持ちしにくくなるわ」


 チェリーが書き付けておくようにと五月蝿いので、それからしばらくかけて、教えてもらったことを逐一記録しておいた。




 チェリーは、ジャムを火にかけると「あくが出てきたらすくってね」とフラヴィアに道具を渡した。


「悪……?」


 フラヴィアが尋ねると、なぜだかチェリーは呆れた顔をした。




 それからえびを取り出すと、ふたたび解説がはじまった。


「まず、えびはくさみをとるために、下ごしらえをするの」


 チェリーがえびに粉をかけて洗いながらつぶやく。それから、臭み取りの調味料などを揉みこんで、粉を全体的にまぶしていた。


「熱した鍋に油とにんにくを入れるの。薄く切ったにんにくの香りがしてくるでしょう?」

「まあ、これって、にんにくの香りだったの」


 フラヴィアが感心していると、チェリーは「フリフラヴィアリアって、本当になにも知らないのね」と、くつくつわらった。


「まずはえびをさっと焼くの。

 それからきのこやトマトも入れて、蓋をして蒸し煮にするのよ。

 くったりしたらお水を入れて、海藻をすこしぱらり。あ、フリフラヴィアリア、たまごをといてくれる?」


 フラヴィアがどうしていいかわからずに固まっていると、チェリーは手早く玉子を割り、かき混ぜて、スープに注いだ。


 それか丁寧にすくった金色のスープを小皿に移し、味見をする。ぺろりと舌を出して、すこし考え、塩と胡椒を足していた。


「 さあ、ごはんにしましょう」





 その日のランチは、これまでフラヴィアが食べたこともないほど簡素なものだった。



 白パンにシブレベリーのジャム、具だくさんのスープ。


 それなのに、これまで食べたどんな料理よりもおいしく感じた。



 涙がつう、と落ちるほどに。


 それが伝染したのだろうか。チェリーもどこか涙ぐんでいるように、見えた。



「でも、……食事ってものすごく手間のかかることなのね。

 わたくしは、席に着いたら温かい料理がぽんと出てくるのが当たり前だと思っていたわ」


「そうよ。食べるっていうのは、恵みをいただくってことなの。ここのものだって、わたしたちだけで完成してるわけじゃないわ。

 川エビは隣のリドリゲルがとって来てくれたものだし、たまごは卵係のトムトモスが育てた鶏の産んだものよ。

 わたしたちの口に入るまでは、たくさんの人の手がかかっているの」


 チェリーは腰に手をあてて、諭すように言った。


「--あなたって、なんだか母親のようなことを言うのね。

 わたくしよりずっと年下でしょうに」


 フラヴィアがぽつりとこぼすと、チェリーはまんまるく目を見開き、それから顔を真っ赤にして、涙目のまま怒った。


「失礼な! あたしはこう見えても、四百歳なんですからね」



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